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電脳ダイブ  作者: 音無 響
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第六話   哀しい生き物

 赤坂見附のおでん屋を後にした三月は、サポートAIに酷似こくじした女のストーカー行為から逃れるため、近くのスーパーマーケットの入り口を潜っていた。考えてみると入院していたことで、家にある食材は食べられなくなっている。ここで買い物を済ませ、ストーカーの様子を窺い、隙あらば逃げ出す計画だった。


 入り口でカゴを持ち、スーパーの野菜売り場から回り始める。目につく野菜を手に取ろうとして手が止まる。


(高い、高過ぎる!また、野菜が値上がりしている。)


 22世紀を目前にして、ネットや仮想空間関連のビジネスは相変わらず好調だが、農業や畜産、更に水産業などの第一次産業は、衰退の一途を辿っていた。人手不足や後継者不足と騒がれた頃は、まだ余裕があったのだ。国内人口の低下は、そのまま国内自給率の低下に繋がった。当然の事だが、重労働で天候や環境の変化に左右される仕事を、誰も好き好んでやろうとは思わなかったのだ。


 結果的に、国内産は庶民にとって高嶺の花となり、以前は割安でお手頃な価格だった、海外のモノまで最近では高騰していた。第一次産業に携わる人間が、世界的に減少している証拠だった。これらの問題に対して、各国政府も黙認していた訳ではなかった。この第一次産業に関しては、積極的にサポートAIの導入が検討され、実際に農業や畜産、水産業の現場に導入されたが、結果は芳しくなかった。


 農業、畜産、水産業は、全て生き物を扱う部分が問題となった。実際の人間のような柔軟な対応が出来なかったのだ。その為、作業の現場に実際の人間がいる事を前提とした、サポートAIの開発が進められたが、その現場にいる筈の人間が圧倒的に少なかった。さらに問題なのが、サポートAIを導入する金額が、余りにも高額で、第一次産業でその金額を支払うには、大規模な経営に転換する意外に方法がなかったのだ。しかし、大規模になれば人手が必要になり、新たなサポートAIを導入すれば、更なる拡大が必要になる悪循環が生まれた。


 結果から言えば、国内の生産量は最低水準まで落ちていた。食料自給率は10%前後と目を覆いたくなる光景だ。かつては普通の家庭で普通に食べられていた食材が、ある日を境に高級食材の仲間入りをするなど、日常茶飯事になっていたのだ。


 そこで目を付けられたのが、フェイク食品の技術だった。つまり、カニに対してのカニカマであり、バターに対してのマーガリンのような、技術とアイディアによる代用品。それと現在主流となりつつある、合成食品と言われるものだった。この合成食品を作り出す工場は、まさに化学工場であり、専門家の説明は雲を掴む話だった。代表的なものは、現在作られている合成肉だ。酵母を肉状に加工したものであり、その他に無機質の窒素や炭素から有機質のたんぱく質や炭水化物を効率的に生産することで、さまざまな合成食品が作られていた。


(何度聞いても、現代の錬金術師にしか聞こえない。)


 合成食品は、味に関しても当然偽物と分かるものだ。ただ、本物を知っている自分達だから理解できることだが、世代を越えた我々の後の世代はどうだろうか。合成食品が偽物だと理解し、本物を求めるのだろうか。そして、食べ物の殆どが合成食品に置き換えられた世代は、食事を楽しむという文化が理解できるだろうか。


(……ん?……)


(違う!そんな事を考えている場合ではなかった。とにかく、女ストーカーから逃げなければ。)


 あまりの高値に、思わず落としてしまいそうになった超高級品のトマトを、ソッと棚に戻し周囲を窺う。あれほど執拗に付き纏っていた女の姿が、何処にも見えなくなっていた。


(諦めたのか。それなら助かるが。)


 三月は、正直どうするべきか決めかねていたが、これで安心して買い物ができると思っていた。生鮮関係の食材は、どれも値段が高過ぎて手が出せない。諦めて紙パックのトマト風食材や冷凍食品の加工野菜風食材なる偽物を買い、かつて空港に設置されていた手荷物検査機に似たレジを抜ける。


 会計を済ませ、流れて来た自分の買い物カゴを回収し、店の出口へ向かい少し歩いたところで足が止まった。


 そこに女ストーカーが立っていたのだ。ただ、女はこちらを見ていたのではなく、スーパーマーケット内にあるお弁当屋の弁当を持っていた。しかも、お金を持ってないのか、その店の店員から弁当を戻せと怒鳴られているところだった。


 三月は、この意味不明な小芝居に目眩めまいを覚えた。必死に踏ん張らなければ、足下から崩れ落ちそうになる。


(こっ、この女は何をしている。全く理解ができない。)


 驚愕し顔が引き攣る。本当は、ここで立ち止まってはいけなかったのだ。この場で三月の取るべき行動は、無視して歩き去るのが正解だったのだ。女ストーカーは、三月を見つけると困ったような表情をし、そして手に持った弁当と三月の顔を交互に見た。


(ハッ?まさか、見ず知らずの俺に弁当を買えとアピールしているのか。)


 すると弁当屋の若者が、その様子に気付き話しかけて来た。


「旦那さんですか、困るんですよ。天然素材使用の弁当を注文されて、作った後で、お金がないとか。とにかくお金を払って下さい。」


「いや、俺は…」


 反論しようとして周囲を見ると、いつもは人気がないスーパーマーケットで、何故か人垣ができていた。


「お母さん、何であの男の人、お嫁さんに買って上げないの。」


「裕紀ちゃん、よく見ておきなさい。こういう状況での行動でね、その男の価値が決まるの。不甲斐ない男を選んではダメよ。」


(…えっ?…今、この親子連れ何を…言った。)


「え〜何あれ、奥さんにサポートAIみたいな格好させて、食事すら与えてないのね。なんか最悪ね。」


(どうして今日に限って、こんなに大勢の人がいる。いつもは、もっと閑散としているだろ。もしかして、ここでシカトすると、俺はこの街に住めなくなるのか。そんな理不尽な事が許されるのか。いやいや冗談ではないぞ、下手な事をすると、即座にネット上に公表されかねないのが、現代の恐ろしいところだ。)


 仮に後で間違いだと分かったとしても、誰一人、間違いでしたと情報をアップする事も無く、間違いは間違いのまま拡散する。そんな時の為の保険もあるが、個人では高額過ぎて加入を考えてしまうのが現状だ。


(とにかく、こんな嫌がらせのような状況が許される筈がない。速やかに警察に連絡をして、このストーカー女を……。嫌がらせ、状況……何だ、何か今。重要な事に触れた気がしたが。何だ…。)


 周囲の冷たい視線を他所に、三月は思考の海に沈んで行く。彼は自分の思考が、一瞬だけ一つの流れとなって繋がったことで、何かに気付いたのだ。そして今日一日の行動を思い返し確信する。


(俺の勤め先のニューフロンティア・サポートは、軍と何らかの取引をした、会社に入り込んだ複数の軍関係者。そして柏木教官も、この件に関して無関係ではないだろう。さらに不自然なおでん屋。普通に考えれば、あの時刻にあの場所で営業していることがあり得ない。しかし、あれは軍関係ではない。軍があそこまで露骨な行動はしない。既にニューフロンティア・サポート社に潜入しているし、監視カメラに音声監視装置もある。つまり違う組織だ。さらに、あからさまな嫌がらせ行為。軍部に対して、そんな行動が取れるのは警察関係意外には無いだろう。つまり、俺は二つの組織に目を付けられているのか。)


 携帯端末を使い、警察に連絡を入れる寸前で手が止まる。


(もし、ここで俺が警察に連絡すれば、警察は喜んで介入して来るだろう。このストーカー女は、警察の回し者か。だからワザと見つかるように行動していたのか。何だ、この八方塞がりの状況は。)


 ガックリと肩を落とす三月。周囲の厳しい目が、このまま逃亡することを、許してはくれないと理解していた。哀しいのか不安なのか、お弁当を持ったまま、こちらを見詰める残念な女。手に持つ弁当は、海苔弁当だった。三月は溜息を付くと、仕方がないと諦め、弁当屋に聞くのだった。


「幾らだ。」


 ホッとしたのか、嬉しそうに弁当屋が言う。


「五千二百円です。」


「ハッ?五千二百円?のり弁だろ。」


「えぇ、天然素材100%、当店自慢の海苔弁当です。」


 三月は崩れ落ちそうになる自分を、必死に支えるので精一杯だった。


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