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電脳ダイブ  作者: 音無 響
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第三話   欠落した記憶

 病院から退院した自分は、その足で自分の勤め先であるニューフロンティア・サポート社を訪れていた。職員用通路から会社内へアクセスするため、通用口に社員証をかざすが、エラー表示が出て扉を通過することが出来ない。仕方なく正面入り口から会社へ入り受付に向かう。


「社員の綾瀬三月ですが、この社員証ではアクセスエラー起きるのですが、何か問題があるのでしょうか。」


 受付AIがとても嬉しそうに微笑む。感情のないロボットと分かっていても、非常に美しい女性に喜ばれたら、男としては嬉しいものだろうなと思いつつ、周囲の監視カメラをそれとなく窺う。


「しばらくお待ち下さい。担当者に確認致します。」


 しばらく受付で待っていると警備員を連れた、事務職の男性が現れた。


「貴方が綾瀬三月さん。確か入院されている筈なのですが。」


「えぇ、本日退院しました。カウンセリングとストレス数値の状況を確認して、具体的な復帰の日付を決めるとの事で出社しました。」


 その言葉に事務職の男性は、何か思い当たったのか。不機嫌そうな態度から一転し、来客用のカードを渡し、今日はこれを使って下さいと言われた。


(ただの平社員にVIPカードとは。しかも、急激な態度の変化は、この男は何か知っているのか。)


 「まず、カウンセリングですね。3階のカウンセリングルーム3Aへ行って下さい。いつもの担当カウンセラーは、今日はお休みですので、違う担当を手配します。」


 事務職の男性は、それだけ言うと警備の男性を従えて下がって行く。去り際に、警備の男性が厳しい視線を向けて来た。目付きが鋭く隙がない、初めて見る人物だった。


(新しく雇った人間か、外部の専門的な人材か、もしくは軍人か。)


 そんな感じの人物だった。とにかく情報が不足している、俺一人が蚊帳の外にいる気分がして嫌な感じだった。カウンセラーは女性ではなく男性が担当した。どうやらサポートAIの対応ではないようだ。


「いつもの担当者が不在ですので、本日は私が担当します。島津といいます。」


 物腰の柔らかい青年が話し掛けて来る。現在ではカウンセリングもリアル世界とバーチャル空間の、どちらかを選べるのが一般的だった。バーチャル空間のカウンセリングで何が分かるのか疑問だったが、人前に出る事を嫌う人間や、身動きができない人や体が不自由な人には喜ばれる対応だった。


「早速ですが、事故当日の業務内容を時系列で説明して頂けますでしょうか。もちろん、会社の秘匿義務違反にはなりません。あくまでカウンセリングと診断の為に必要な事柄ですので。」


 どうも穏やかで、この至れり尽くせり感が不自然に感じられた。医者やそれに付随する職務の者は、高飛車なイメージがあり、実際高圧的な人物が多くエリート意識の塊に見えるものだった。しかし、目の前の人物は、そう見えない。その事が警戒心を異様にあおる。不用意な発言を控え、事務的に事実だけを伝える事に徹した。目の前の男は薄らと微笑んでいるが、目の中に宿るものは消えていない。この男も初めて見る顔だった。


 何となくだが、感情を抑えた事務的な話に、不愉快な雰囲気を漂わせるカウンセラー。


(もっと面白い話が聞きたかったか?)


 言葉にはしないが、自分が目の前のカウンセラーと同様に、薄らと笑っている事に気付いた。


(変だな、俺はこんな性格だったか?昔は、何事にも自信が持てず、オドオドしていたように思うが、成長した? …いや、そんな事はないな…)


 明らかな笑顔を作ると、目の前の薄ら笑いは消えていた。


(いかん。相手の変なスイッチを押してしまったようだ。適当に誤摩化すか?それとも、更に挑発してみるか?何か出て来るとは思えないのだが。まぁ、気になっている事もあるし、確認だけでもするか。)


「事故当時なのですが、私が担当していた対象者がいましたが、都内の特別養護老人ホームにいたのですよね。警察が急行し、本人の死亡が確認された。そのとき、既に死後数時間が過ぎていた。故に私が仮想空間で話していた老婆は、別人だとオペレーターは言っていました。では、あの老婆は何者だったのですか?アクセスポイントから対象者を割り出し確認した。その上でのアプローチの筈ですよね。機械の誤作動で、本人確認が出来ていなかった?私は現場で思ったのですが、彼女以外の対象者は一人もいなかった。加えて言えば、彼女の姿はアバターではなく、彼女の本当の姿だったのではないですか?」


「何を根拠に言っているのですか?その妄想は、少し問題ですよ。たとえ仮想空間であっても、ダイバーには常に冷静な判断と対応が求められる。思い込みや妄想は、正確な判断を狂わせる。申し訳ないが、しばらく様子を見る事をお勧めします。実際の業務に戻る前に、鑑定を受けて下さい。問題があれば、職場への復帰を認める訳には行きません。」


(おぉ、随分と焦って威しを掛けて来たな。何かあるな。しかし、これ以上は危険だな。ここが潮時か。)


「あぁ、いえ違います。その場に対象者以外のアバターが見当たらなかったので、そう思っただけですよ。あのとき自分を取り巻く世界がブラックアウトして、思い出せない部分があるのです。」


「ほぉ、記憶障害ですね。まぁ、自覚がお有りの様子だ。問題はないでしょう。本当に問題がある場合は、自覚症状がないものです。先程の会話や出来事を覚えているのであれば、問題はありません。とにかく、暫く様子を診ましょう。また、明日の午後にでも来て下さい。機械を使った診断に移ります。」


(ちっ、ミスったか。しかし、確定だな。明日は、耳の中にある監視装置のことには触れないだろうな。もしかしたら外してもらえるのか?まぁ、それはないな。つまり、俺が勤めている会社と、目の前にいる奴が所属する組織との間で、密約が成立しているな。差し詰め、軍関連からの新しい技術の提供か?)


「明日の午後ですね。時間は4時前後で。」


「えぇ、明日は社員証が使用出来ますので、通用口からカウンセリングルームへ直接お越し下さい。ルームナンバー3Aです。」


 僅かに頷きながら席を立つ。扉まで歩き、不意に思い出した事を聞いてみる。


「例えば、アバターを通してリアルな現実世界で、そのアバターを操作する人間の特長や性格を当てる事は可能でしょうか。」


 この問いかけにカウンセラーは暫し沈黙し、何かを思い出しているのか、一点を見詰め動きは緩慢になっていた。


「アバターにもよりますが、人型のアバターであれば可能性として、可能と思われます。アバターは外見が違うだけで、中身は普通の人間ですから、その人物の動作や癖が出ます。更に直接会話することで、その人の人となりも理解出来る。大まかな感じで可能という意味です。具体的な身体的な特徴となりますと、その方の職業上のスキルや個人の洞察力によると思います。法医学者などは身体的な特長を熟知していますから、言い当てることも可能かと。」


「人型のアバターでなかった場合は?」


「そうですね。外見的には非常に分かり難いですね。もし、私の前に人型以外のアバターで現れる人物がいれば、自分は最大限の警戒をすると思います。」


(今のは、本音だな。しかし、なぜ分かる。初めて会う人物だ。性格や人柄を理解するには、あまりに短い時間だ。)


 カウンセラーには少し怪訝な顔をされたが、ボロを出さないうちに部屋を後にした。閑散とした廊下を出口に向いながら、それとなく監視カメラの配置を見る。当然だが死角など存在しない。複数のカメラが重複する形で配置されていた。


(用心深い。あれを騙すのは不可能に近いか。)


 受付にVIPカードを返却後、今日のところは帰宅することにし、正面入り口から会社の外へ出た。そこで複数の人物に挨拶する、見知った顔を見つけた。


「教官じゃないですか。」


 そう呼ばれた初老の男性は、嬉しそうに微笑んでいた。


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