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Strayed Replica  作者: 街角之哲人
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2話

 戦は終わった。

 勝敗は男が所属していた陣営が、勝利を納めていた。陥落した敵の砦を、傭兵達が戦利品を欲っさんと嬌声を上げながら略奪を働くのを尻目に、男はダークエルフの少女を縛り上げ、襤褸布に包んで担ぎ上げ、自身の上司――傭兵団長の指揮所に足を運んだ。

 掘立小屋こと、傭兵団の臨時指揮所の入口を潜ると黒鉄色の胸部鎧ブレストアーマーを身に付けた四十代と思しい中年の偉丈夫――傭兵団長であるマキシムが、側近と共に正規軍の騎士達と話し込んでいた。

 男に気付くとマキシムは怪訝な表情で声をかけてきた。


「おう、“矢かわし”。今取り込んでんだが……なに担いでやがんだ?」


“矢かわし”――かつての戦場で男の働きが、二つ名のようになってしまったのだ。男は無造作に担いでいた襤褸布を、そっと地面に横たえた。


「捕虜だ。身なりからして、なかなか位が高そうだったんで、捕まえた」


 そう言って男は襤褸布を取り払い、中身を露わにする。


「ほう、こいつは――」


 マキシムが微かな驚きに目を見開くと、彼の側近である眼鏡をかけた学者のようにも見える男が口を開いた。

 この男はレオニールと呼ばれており、二十歳そこそこの年齢と柔和な外見から、凡そ傭兵とは思えないこの青年は、博識な為にこの傭兵団の――取り分けマキシムの相談役として辣腕を振るっている。


「へぇ、ダークエルフの女の子ですか……と言っても、実年齢は判りませんが――」


「ダークエルフだと!?」


 いきなりレオニールの考察を遮り、最前まで苦虫を噛み潰したような顔付きをしていた騎士の一人が、突然勢い込んで喋り出した。


「マキシム団長! そのダークエルフ、なかなか高位の騎士と見た。我々、銀の拍車騎士団で身柄を預かる!」


 恐らくは正規軍の代表である騎士の言葉に、後に控えていた配下の騎士達も賛同の意を口々に唱える。

 しかし、マキシム団長は騎士の言い分を面白い見世物でもあるかのように、刀傷の刻まれた顔をニヤけさせながら応える。


「別にそっちに渡しても構わねぇが……それ相応の対価は用意できるんだろうなぁ? え?」


 マキシムの言葉に、騎士は更に興奮した口調で捲し立てる


「対価だと!? 貴様らにどれ程の大金を支払ったと思っているのだ! その上、更に集って来るのか!?」


 代表の悋気が伝播したのか、後ろに控える騎士達も口々に追従の言葉を並べ立てる。


「薄汚い傭兵風情が!」


「図に乗りおって!」


 だが、そんな騎士達の憤慨もどこ吹く風といった様子で、マキシムは冷笑を浮かべて返す。


「おやおや、礼節を重んじる騎士様の言葉とは思えんなぁ。良いかね、俺達は報酬分の血を流して来たんだぜ? 何より、捕虜を捕える手柄を立てたのはそいつだ。その分の褒賞を要求する権利があるぜ」


 そう言ってマキシムは、“矢かわし”こと男を顎でしゃくって示す。そして騎士達が反論するよりも速く、剣呑な気配を言葉にまとわり付かせる。


「それでも捕虜の身柄を要求するってんなら――こいつと話し合うか?」


 マキシムは机に立てかけてあった自身の長剣の柄に手を伸ばす。レオニールは魔石マナストーンがあしらわれた指環を突き付け、部屋の隅で黙っていた二人の傭兵も愛用の武器に手を伸ばす。

 男もまた、闘争の気配に腰の短剣の柄に手をかける。


「き、貴様ら……!!」


 代表の騎士が顔を青ざめながら歯噛みする。

 部下の騎士達も各々剣の柄に手をかけるが、余裕の表情を浮かべる傭兵達に対し、緊張の色が濃厚に表情に出ている。

 しばし、両者とも武器の柄に手をかけたまま睨み合っていたが、やがて代表が震える声で命じた。


「諸君、武器から手を離せ……戻るぞ」


「え!?」


「しかし!」


「グズグズするな。我々には任務がある」


 それだけ言うと代表は上衣サーコートを翻し、天幕の出入り口へ向かう。配下の騎士達は不承不承と言った様子で、代表の後に続きそのまま外へと出て行った。


「く――くっははははははははははは!」


「フッフッフッフッフ!」


「ヒッヒッヒッヒッヒ!」


「へっへっへっへっへ!」


 堪え切れずと言った具合にマキシムが笑い出すと、レオニールと護衛の傭兵二人も笑声を発てる。正規軍の騎士をやり込めたことが余程痛快なのであろう。

 一頻り笑い続けると、ようやくマキシムは満足したのかやおら男に詰め寄ると、背中を叩いた。


「良くやったぞ、“矢かわし”! お前さんの大手柄だ!!」


 男はマキシムが何故、これ程上機嫌なのか理解出来なかった。騎士をやり込めたことがそれ程嬉しかったのか? それとも、このダークエルフの少女がそれ程までに価値のある捕虜なのであろうか?


(いったい、どれ程の価値が?)


 マキシムに肩を叩かれている間、男はずっと思考を巡らせていたが、マキシムは男の顔を見ると、再び笑声を迸らせた。その様子に、レオニールら取り巻きもマキシムに倣う。


「……団長?」


 要領を得ぬまま男は疑問を口にしようとしたが、レオニールが先んじて口を開く。


「“矢かわし”、あなたは我々の目標の鍵を手に入れてくれたんですよ。いやぁ、これで探す手間が省けました、ありがとう!」


「目標……?」


「おうよ! この砂漠のどこかに、かつて旧文明が遺したスゲェお宝があるんだとよ。その在処は、この大陸に住むダークエルフ族――特に高位の者だけが知ってるらしいぜ。どうなんだ、小娘?」


 訝しむ男を尻目に、マキシムは床に転がされたダークエルフの少女に声をかけると、少女はビクリと身じろぎした。いつの間にやら、目を覚ましていたらしい。

 ダークエルフの少女は、手足を縛られているにも関わらず器用に身を起こすと、男が戦場で見えた時と些かも衰えぬ強い眼差しで、マキシムを睨み据える。


「……狙いは我らが秘宝か。舐めるなよ、誰が貴様ら下賤な人間共に言うか!」


「ほっほぅ、元気の良いことだ! ――だが物分かりが悪いな。これはちょっと教育してやらねぇとな」


 マキシムはダークエルフの少女に歩み寄ると、無造作に片手で首を掴み上げ、自分の目の高さまで引き上げた。


「ぐ……は、放せ……ッ!」


 気道を圧迫され、苦悶の表情を浮かべる少女の耳に、マキシムは囁きかける。


「知ってるか? 女は男より長いこと苦痛に耐えることができるんだぜ。理由はあるんだが、これはどうでも良い。お前らダークエルフ族のお宝をゲロした野郎は実に簡単だったが……お前はそれよりも長く楽しませてくれるんだろうなぁ?」


「ッ……な、なにを――!?」


 これから何が起きるのか理解したのであろうか、ダークエルフの少女は微かに声を震わせるが、マキシムは少女の喉を掴む手に更に力を加えて遮り、護衛の傭兵に指示を下す。


「おいお前、手枷を持って来い。鎖付きのだ」


「へい」


 指示を受けた護衛の傭兵の片方が、外へと駈け出して行った。その姿に、薄笑いを浮かべつつレオニールが疑問の声を上げる。


「ここでやるんですか? 騒がしくなりそうですが」


「今回は儲けが少なかったからな、話しが終わればこいつは手下共に回してやるさ。だが、まずは俺達が聞き出すついでに味見と行こうじゃねぇの」


マキシムは笑みを浮かべたまま首を横に振り、応える。


「さすがお頭だぜ!」


 残った護衛の一人が、期待に目を爛々と輝かせて快哉を送る。


(いったい何を始める気だ?)


 男はこれから起こることがまったく予想できず、所在無げにその場に立ち尽くすばかりであったが、やがて指示を受けて外に出て行った傭兵達が戻って来た。


「お頭、どうぞ」


「おう」


 マキシムは奴隷商人が奴隷を牽くのに用いる、長い鎖で繋がれた鉄の枷を片側を手に取り、少女の後ろ手に回されて縛られている少女の腕に取り付けると、縄を解いて改めてもう片側の手枷を取り付ける。


「うぅ、くっ! 放せ! 放せぇっ!」


 少女が必死に抵抗しようとするが、華奢な身体が持つ力など、屈強な男の前では赤子も同然であった。伸びた鎖は天井を横に走る梁に通され、ダークエルフの少女は爪先が床に着くか着かないかスレスレの高さで吊るされた。


「んん~、良い格好だな。高貴なダークエルフのお嬢さん♪」


「キッヒッヒッヒ!」


「ゲッヘッヘッヘ!」


 マキシムの冷やかしに、ダークエルフの少女は不安と恐怖の混じった表情を浮かべて耳をしな垂れさせると、その様子に興奮した傭兵達が下卑た笑いを漏らす。


「ふっふっふ、だがぁ、本当に楽しくなるのはここからだ――むんっ!」


 少女の背後に回ったマキシムが、彼女の身体を覆っていた胸甲に手をかけると、気合の一声と共に力を込めると、鎧を留める革帯が一息に引き千切れた。


「ヒッ!? ――ウソ、いやああああああああぁっ!!」


 ダークエルフの少女が悲鳴を上げるのも構わず、マキシムの手は胸甲の下に着込んでいた肌着を引き裂き、容赦無く柔肌を露出させる。

 男は愕然としてその場に立ち尽くすが、傭兵達はそれに気付かず、歓声をあげる。


「良いぞぉ!」


「あぁん! かわいそー」


「フッフッフッフ」


「うぅ、見るなぁ……見ないでよぅ……!」


 先程までの気丈な態度は鳴りを潜め、ダークエルフの少女は弱々しく懇願する。その様に満足げに頷いたマキシムは、やおら男に呼びかける。


「さぁ、“矢かわし”お前さんの出番だぜぇ!」


「!?」


 マキシムはそう言いながらも手を止めない。地面を踏みしめることのできない少女の膝裏に手をかけ、力づくで脚を広げさせると、薄布一枚のみで遮られた少女の秘所までもが曝け出される。


「いやあああああああああああああああああああっ!」


 少女が絶叫と共に首を激しく左右に振り、零となって散った涙が床に痕を残す。今や少女の頬には涙の筋が明確に光り、傭兵達のテンションも最高潮に達する。


「犯れ! お高く留まったお嬢ちゃんに目にモノ見せてやれぃ!」


「お頭のご指名だぜ、うらやましぃ~!」


 護衛の一人に背を押され、茫然自失の体であった男は少女の前にふらりとよろめいた。


「ヒッ……」


「…………」


 もはやダークエルフの少女は諦めたのか、目を閉じて歯を食いしばり、顔を背けて只々涙を流すばかりである。


(何故、こんなことを……)


 五体に力が入らずその場で立ち尽くし、ぼんやりとした思考の中で、ふと男はそう思った。


「ほらどうした“矢かわし”? お前が仕留めた獲物だ。特別にお前にから味見して良いんだぜ?」


(そんな……俺は……)


 男は内心、マキシムの誘いを拒絶していた。

 確かに自身は傭兵であり、人殺しを生業とするが、抗うことのできない少女を蹂躙することなど、許されることではない。だが、マキシムには拾ってくれた借りがある。拒否するのも抵抗が――

 懊悩したまま、男は虚ろな眼差しをダークエルフの少女へ向け、その場から動けなかった。だが、護衛の一人である小柄な傭兵が、一向に動かない男に痺れを切らしたのか、横合いから男を押し退けた。


「!」


「ったく! なにチンタラしてやがる、犯らねぇならオレッチがやってやるぜぇ!」


「いやぁッ!」


 小柄な傭兵の手が、少女の秘所を隠す下着をはぎ取ろうと手をかけた瞬間、男は声を上げる。


「よせっ!!」


 制止するだけでは済まなかった。

 室内に風切音が鳴った瞬間、小柄な傭兵がくぐもった悲鳴を漏らし、僅かに遅れて鮮血が迸った。


「がっ――!?」


 限界まで目を見開き、さながら空気を求めるかのように口をパクパクと開閉させつつ、傷口を押さえる手の隙間から血を流失させてよろよろと後退る小柄な傭兵。

 男の手には、いつの間に抜いたのやら短剣が逆手に握られていた。その様子に、室内の全員が――凶行に及んだ男までもが――唖然として目を見張る。しばしの間、沈黙が場を支配したが最も早く行動を起こしたのは片割れの護衛であった。


「て、てめぇっ!!」


 怒声と共に愛用の戦斧バトルアックスの柄を握る大柄な護衛。続いてレオニールもマキシムも我に返りそれぞれの武器を手にしようとした。

 その行動を目にした男は我に返り、即座に自身が取り返しのつかない立場に踏み込んだ事を悟った。もはや言い訳が通用する段階ではなく、今すぐ行動しなければならない。

 そう思った瞬間、男の五感は馴染みのある感覚に晒された。


(来た――)


“時間の流れが遅延して見える”ことに気付いたのは、いつからであったか……ふと戦場で感じた感覚は次第に回数が多くなり、いつしか任意で見ることができるまでになった。ほんの数秒間ながらも、男は己の感覚が異常なまでに鋭敏化できることを理解し、その能力を利用して戦場を生き残って来たのだ。

 男は瞬時に室内に目を走らせ、状況と排除すべき脅威の優先順位を確認。掌中で短剣を回し、刀身を指で挟むやレオニール目がけて投げつける。

 短剣が手から離れるよりも速く前へ足を踏み出し、息絶えて床に倒れ込む寸前の小柄な傭兵の腰から、喧嘩用小剣カッツバルゲルを抜き取りつつ、戦斧を振りかぶろうとしている傭兵へと迫る。


 これは、実際に男自身が加速しているわけでも、周囲の時の流れが遅くなっているわけではない。

 だが敵がどのように動き、どのような攻撃をしかけて来るのか予測し、どこを攻めれば良いのか判れば優位に立てるだけの実力が、男にはあった。

 それこそ、飛来する一群の矢を避ける程度には。


 視界の中で、目の前の傭兵の表情がゆっくりと、憤怒から恐怖へと移り変わって行くのを男は認めた。傭兵は戦斧を振りかぶった分、胴ががら空きとなっているのを自覚したのであろうか――その時には、奪った喧嘩用小剣の切っ先が革鎧に覆われた胴に食い込みつつある。

 引き伸ばされた感覚の中で、同様に引き伸ばされた一瞬の抵抗がゆっくりと腕に伝わるのも、鋼刃がズブリと肉を刺し貫く湿った感触も、準じて引き伸ばされる。心臓をしっかりと貫く深さまで刃を差し込むのと、視界の端で魔法を放とうとしていたレオニールの肩に、投擲した短剣が突き刺さるのを認めたのは同時。

 次第に頭が締め付けられるような痛みが、大きくなっていくのを男は感じていた。“遅延”していられる限界が迫っているのである。


 喧嘩用小剣を心臓に突き立てた大柄な傭兵を掴み、強引にレオニール目がけて投げ飛ばす。短剣を受けた痛みに怯むレオニールはこの追撃に気付いていない。男は自身の愛刀である大剣の柄に手を伸ばしながら、今度は驚愕に目を見開いたままのダークエルフの少女へと足を繰り出す。

 背中の剣帯から大剣を抜くのと同時に、引き伸ばされていた感覚が次第に戻り始める。


(間に合え!)


 男は心中で叫びつつ、大剣を抜き打ちに薙ぐ。迫る刃に恐怖を覚えたのか、ダークエルフの少女はまたも顔を背けるが、男は構わず刃で薙ぎ払う――少女を捕える鉄鎖を。


「――!?」


 砕けた鉄鎖が飛び散り、戒めの無くなった少女の身体が倒れ込むのと、自身の身体がぐらりと傾くのを感じると同時に“遅延”が終わった。後ろから、鈍い音と共にレオニールの悲鳴が聞こえた。

 気を抜けば崩れそうになる両脚を辛うじて踏み留ませ、左手で倒れ込むダークエルフの少女を引き寄せ、右手は大剣を切っ先を地面へ向けて斜めに角度を付け、頭上へと突き上げる。

 寸前までダークエルフの少女が囚われていた空間ごと、猛烈な衝撃と重圧を伴って振り下ろされた青白い軌跡を曳く縦一文字の斬撃が、男の大剣の鍔元から拳一つ分程、刀身を削り取った。

 破片と化した刃と火花が男の頬を叩き、凄まじい斬撃をいなした右腕に痛みが走る。男の表情は歪み、意図せずして喉から短い苦鳴を漏らす。


「うぐっ……!」


「あ~あ、やってくれたじゃねぇか“矢かわし”」


「がっ――!」


 緊張感の伴わない声でありながらも、マキシムの放った前蹴りが男の鳩尾にめり込み、肺から空気が叩き出される。たまらず男は床に倒れ込むも、腕の中の少女を庇う。


「まさかお前さんが裏切るとはな。見ろよ? お前さんのおかげで手塩にかけて育てた部下が死んじまったぜ。この落とし前、どう着けてくれるんだぁ? ええっ!」


 少女に被害はなさそうだが、それだけに敵への対処が遅れてしまった。霞む視界に、マキシムが青白く輝く魔法の長剣を脇に引きつけて構えるのが映る。こちらを串刺しにするつもりなのだ。


「隙だらけだぞ“矢かわしぃ”っ!!」


 今まさに勝利を確信し、長剣で男を刺し貫かんとするマキシムの雄たけびが重なる。


(駄目だ。間に合わない――)


 今からどう剣を振るおうにも間に合わないことを悟った男は、愕然とする。“遅延”もまだしばらくは使えない。どうしようもない。

 諦めに四肢が萎え、大剣の柄を握る指が緩み――そこへ、凜とした声が男の意識に鞭を加えた。


「F$×L%=W・O・W!!」


 男の腕に抱かれていたダークエルフの少女は手枷がついたままの両手をマキシムに差し向けると、バッと閃光が瞬き、薄暗い室内を瞬時に漂白した。


「ぬわっ!? クソッ! この、どこに居やがる!?」


 直視してしまった閃光に目を焼かれ、眩んだマキシムが長剣を繰り出したが、見当違いの床に突き刺さる。

 男は一瞬早く目を閉じることができたため、視界に残像がチラつきながらもマキシムの姿を認めることができた。敵が狼狽している姿に、男の本能が好機を告げ、身体を突き動かす。


「ぅ……おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 雄叫びを迸らせて男は立ち上がり、大剣の切っ先で床を擦りながらマキシムに迫る。

 一方マキシムは男の雄叫びで大方の位置を掴んだのか、男に向き直り長剣を構えようとしたが、それよりも速く男は大剣を下から斜め上に向けて切り上げる。

 切っ先がマキシムの胸甲を削りながら弧を描いて伸び、顎から斜めに顏を裂き、右目を潰して額へと抜ける。鮮血の尾を引き、長身を仰け反らせて傭兵団長はどうっと床へと倒れ込んだ。


「……はあっ! はぁ……はぁ……はぁ……」


 僅かに間を置き、男は一際大きく息を吐くと、自身の大剣を杖代わりに寄りかかり、荒い呼吸を整えようとするが――


「はぁ……はぁ……俺を、殺すのか……?」


 男は背後に目を向けると、ダークエルフの少女がこちらに両手を差し向け、すぐにでも魔法を放とうとしているのが目に映った。

 ダークエルフの少女は、先程よりも強い緊張の色を露わにして、口を開く。


「……お、お前は何者なのだ? ヒトが――只のヒトが、魔石の助けも無しに、魔法を使うことなどありえないっ!」


 ダークエルフの少女が口にしたことは、正しい。

 ほとんどのヒト種は、自力で魔法を行使することができない。世界を構築する”マナ”へ干渉するのに必要な、魔力が低いのである。

 ごく稀に生まれ持って高い魔力を有するヒトが現れるが、それらは発覚次第、問答無用で魔導士協会に引き取られ、魔法使いとしての人生を余儀なくされる。

 男にとってそんな話しとはこれまで無縁の生活であった為、気にも留めていなかったのだが……


「俺は魔法なんぞ使っていない」


「嘘を言うな! わたしには見えた。お前がここで転がっている下衆共を殺す時、お前に流れる魔力は確かに活性化していた! あれを魔法と言わずなんと言う!」


「……俺は、只の傭兵だ。ヒトなんだ」


 男の否定に、ダークエルフの少女はいよいよ収束させたマナを高め、強い口調で詰問する。


「もう一度聞く! お前は何者だ!?」


 男は僅かに間を置くと素早く、かつ無造作にダークエルフの少女へと歩み寄る。


「なっ!?」


 驚く少女の手の中で、収束された状態のマナの熱量が、男が着ている革鎧の心臓に当たる表面を焦がす。しかし、男は煙を上げるそれに頓着すること無く、真っ向からダークエルフの少女の目を見据え、口を開く。


「……判らない。俺には記憶が無いから」


「……?」


 驚きに目を見開いた少女の黄金色の瞳に、男自身の風貌が反射される。

 歳は二十代半ば程でボサボサに伸びた黒い髪を無造作に後ろで結び、浅黒く日焼けした肌に顎の周りには無精髭が伸びているのが整った顔立ちに男らしさを際立たせ、なによりも目を引くのは磨かれた鋼を思わせる、鈍く輝く銀の瞳が異国の人種を思わせる。

 そして左眼の下――頬に描かれた刺青。男にも周りの傭兵にも、その模様とも記号ともつかぬ刺青の意味を理解できた者は居なかったが、そこには“4221”と描かれていた。

 男は少女の瞳の中で続ける。


「俺は自分がどこで生まれ、誰に育てられたのかさえ判らない。気が付けば、戦場で人を殺していた。後は……」


「……さっさと言え!」


 わずかに手を引き、煙を上げる革鎧からマナを遠ざけて先を促すと、ダークエルフの少女はここに来て、初めて男が表情を変えるのを目の当たりにした。

 それは手練れの傭兵を瞬く間に屠った戦士の表情では無く、さながら迷子になり、途方に暮れている子供を思わせる物であった。


「ここが疼いた。お前が……犯されそうになっているのを、救い出さなければと思った」


 男はそう言って、親指で自身の胸を指す。ちょうど革鎧の胸部に付いた焦げ目の部分を。


「――わ、わけの判らないことを!」


 少女はキッと男を睨み付けると、今度こそ魔法を行使しようとするが――


「奴らを殺せ! 団長の仇だ、奴らを殺した奴には褒賞をやるぞっ!」


 レオニールの叫び声と共に、戸口から次々と室内に火矢が飛び込んで来た。いつの間にやらレオニールは逃げ延び、手勢を集めて戻って来たらしい。飛び込んだ火矢はたちまち掘立小屋の壁に引火しつつある。

 それを目にした男は咄嗟に少女の腕を掴み、戸口とは反対側の壁へと向けさせる。


「え――ひゃっ!?」


 少女が驚くと同時に魔法が解放され、壁に命中した魔法は申し訳程度の板壁に穴を開けた。人が潜り抜けるのに、十分な大きさの。


「来い!」


「ちょ――キャアアアアアア!」


 悲鳴を上げるのも構わず、男はダークエルフの少女を易々と肩に担ぎ上げると、壁に開いた穴から脱兎の如く外へ飛び出した。

 背後からは逃げたぞ、追え! というレオニールの指図と、放たれた矢がすぐ横を掠め飛ぶ。もしも運が悪ければ、男か少女、どちらかにいつ矢が刺さってもおかしくはない状況であったが、幸運なことにそうはならなかった。指揮所の周りには傭兵達が寝起きする天幕がいくつも配置されていたため、矢から身を隠すのは容易であった。


「こ、この! 今すぐ降ろせ! そして衣服をよこせ! このような不当な扱いなど――きゃうッ!?」


「黙っていろ、舌を噛むぞ!」


 天幕の間を駆け抜けつつ、男は馬が繋がれている厩舎へと駆け込むと、一人の傭兵が、ちょうど馬に鐙と荷物を取り付けようとしているのに出くわした。


「な、なんだお前――」


 全てを言い切る前に、その傭兵は片手で振るわれた大剣に肩口から斜めに斬り裂かれて絶息する。

 男はダークエルフの少女を荷物の一つでもあるかのように馬の背に載せると、自身は大剣を鞘に納めて鐙に跨るや一声叫ぶ。


「しっかり掴まっていろ!」


「もう嫌あああああああああああああッ!」


 もはや悲鳴しか出て来ないダークエルフの少女。

 しかし男にしてみればそれを気にかける余裕など無く、馬に鞭を加えて弾丸の如く厩舎から飛び出した。


「あそこだ!」


「逃がすな! 追え!」


 殺気立つ声に追い立てられ、男は更に鞭を加える。

 今はまだ先行していられるが、じきに追手が追い付いてくるであろう。こちらの馬は二人分の重量が加わっているが、追手はこちらよりも軽装で済む為、このまま走り続ければ追い付かれるのは必至である。


(どこかでやり過ごさねば……)


 砦のすぐ外は、砂漠へと続いていた。可能であれば、至近の街へと逃げ込みたいところであるが、それまでに追い付かれる可能性の方が大きい。やはりどこかでやり過ごさなければならない。男は馬を疾駆させつつ、必死に周辺の地形を思い出そうとしていた。この砂漠は山岳地帯に隣接しているため、身を隠すのは決して難しくはない。

 いずれかの場所で待ち伏せして、追手をやり過ごすか始末するのが最良か――等と考えている内に、またも後方から飛来した矢がすぐ横を掠め去って行く。


「もう来たか……」


 険しい声で呟いた男は、後方に視線を走らせると六騎の追手が確認できた。追手の先頭を務める二人の傭兵は、騎乗で弓弦を引きつつ器用に馬を疾駆させている。男は咄嗟に手綱を操り、馬の進路を斜めに逸れさせると、数本の矢が先程までいた位置に届く。

 このままではいずれ矢を受けてしまう。なんとかしなければならないが……男は思考を巡らせ続けるが、何も手段が思い浮かばない。こちらの武器は背の大剣のみ、馬上で振るおうにも間合いが離れすぎている上に、敵に向き直ろうにもそうしている間に弓手に仕留められてしまう。

“遅延”もまだ使えない。減速して並走しながら戦うのも同しく不可能、手詰まりである。


 そこへ、存在を忘れかけていたダークエルフの少女が悲鳴を上げた。


「い、射て来たじゃないの! 何とかしなさいよ!」


 後ろで抗議の声を上げるダークエルフの少女に苛立ちながらも、律儀に返事をする。


「どうしようもない、こっちには剣しかないんだ!」


「もうっ! ――S#×S%=W・W!!」


 ダークエルフの少女が何やら精霊語を唱えた途端、男は前から流れて来る風が、一瞬逆巻いたような感触を確かに覚えた。


「なにをしたんだ!?」


「これでわたし達に矢は当たらない! 早くあいつらを倒して!」


 本当だろうか? と、男は疑ったが他に手段も無く、このまま遠からず矢で射ぬかれるのを待つばかりならば、と思い直し、馬の腹を蹴って一旦加速させ、その勢いのまま進路を大きくカーブさせる。即ち、追手の真正面へと向き直ったのである。

 追手は男の行動を破れかぶれの反撃と見たのか、ここぞとばかりに矢を射かけて来たが――


「これは――!」


 驚きの声を上げる男。

 殺到する矢が男の目の前まで来ると旋風が巻き起こり、さながら流水が岩を避けるかの如く、矢が後ろに流れて行く。


(これも魔法の力か……!)


 今まで魔法には攻撃された記憶しかないが、支援されるとこれ程心強い物は無いと思った男は、追手に向かって更に馬を加速させる。追手達はしきりと矢を放つが、一矢たりとも男にかすりもせず、その様子に見るからに狼狽しているのが見て取れた。


(好機――!)


 男は己が間合いに弓手を捉えた瞬間、一挙動で大剣を抜き、すれ違いざまに一人を逆袈裟斬りで葬り、もう一人は剣を振り抜いた余勢を利用して腕を回し、死角である背後から胴を貫く。

 瞬く間に二人を失った追手は、サッと左右に分かれて男を避けるが、反応の遅れた最後尾の一人の首を、男は容赦なく横薙ぎに大剣を振り、斬り飛ばす。

 再び馬の向きを変え、男は残りの追手と相対する。数の上ではまだこちらが不利ながらも、不思議と男は負ける気がしなかった。


 反対に優勢を確信していた追手達は、瞬く間に仲間が半分に減ったのを目の当たりにして、明らかに及び腰になっていた。最も、それで相手を見逃す程、男は甘くなかった。

 無言のまま大剣をかざす男の姿に、追手の一人が仲間を鼓舞する為に喚いた。


「クソッ、お前らなにボーっとしてやがる! 全員でかかりゃあ、一溜りもねぇはずだ!!」


「「お、おう!!」」


 男と追手、どちらも同時に馬の走らせる。追手はそれぞれの武器を夕日に閃かせ、男は高々と大剣を振り上げる。

 またも交錯。そして結果も同じであった。弓手を除く二人の追手はどちらも胴を切り裂かれて絶命し、恐怖に駆られた弓手は健気に矢を放つが、いずれも男に矢が届くことは無く、無造作に馬を進めて間合いを詰めた男の大剣に肩口から心臓まで斬り裂かれ、あえなく事切れた。


「…………」


 日が沈みつつある砂漠で、男は馬上で血塗れの大剣を手に下げたまま、しばらく無言で追手を見下ろしていたが、やがて馬を降りて倒した追手の亡骸へと歩み寄る。


「あ――お、おい?」


 今まで馬の背に在ったダークエルフの少女が呼びかけるが、男はそれに耳を貸すことは無く、男は淡々と六つの死体から必要な物を回収する。

 投擲用の短剣六本、長弓と矢筒、予備の武器として追手の一人が持っていた細身の長剣バスタードソード、血が付着しているがまだ使えるケープに、僅かばかりの貨幣。まだ近くにいた一頭の馬からは水がたっぷり詰まった革袋と、干し肉が数切れ、加えてフード付きのケープが背に括り付けられていたので、これは馬ごと戴くことにした。

 回収した物を身に付けれるだけ身に付けると、男は少女の元へと引き返す。不安げな表情を浮かべたまま、乳房を両手で隠したまま馬に跨っていたダークエルフの少女に、男は馬から回収したケープを投げ渡した。


「なんだ、これは?」


 ケープを手に取りぱちくりと目をしばたたかせるダークエルフの少女に、男は応える。


「着る物だ。知っていると思うが、砂漠で素肌を晒していると死ぬぞ」


 実際、砂漠を往くのに丈の長いゆったりとしたケープは必需品である。日中は照り付ける太陽から皮膚を守り、湿気が外に逃げない造りになっている。夜は夜で氷点下近く気温が下がるので、冷気から身体を守るのである。


「なっ――そんなことは解っておるわ、馬鹿者! わたしが聞きたいのは、何故これを寄越すのかということだ!」


 顔を赤らめたダークエルフの少女は、半ば悲鳴に近い声音で男を詰問にするが、男は訝しげな口調で返す。


「お前自身が要求しただろう、衣服をよこせと」


「ぅなっ――!? あっ!」


 確かにダークエルフの少女は砦で男に手を引かれている時に、衣服を要求していた。自身でそれに思い至った少女は驚き、慌てて露わになっていた胸元をケープで覆い隠し、言葉にならない呟きを漏らした。

 しばらく待ってそれに続く言葉が出て来ないと判断した男は、新たに調達した馬に跨り緩々と歩を進めさせた。


「行くぞ。こうしている間にも、次の追手が迫って来ているはずだ。山岳地帯に逃げ込めば、少しは身を隠すこともできるだろう」


「ぅ……か、勝手に話しを進めるな、下賤な人間め! し、仕方なく付き合ってやっているのだから、感謝するのだぞ!?」


 高飛車に言い放ちながらも、ダークエルフの少女は馬を操り男の後に素直に続いた。

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