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即興シリーズ

remind

作者:




「ただいま」



扉を開けてそう言っても、真っ暗な部屋からは何も返ってはこなくて。もうしばらく、あなたがいなくなった寂しさはこの部屋に残り続けるんだろう。

部屋の明かりをつける。少し前まであったはずのあなたの私物が分かりやすく抜けていて。二人で住むには少し狭いこの部屋が、私一人になったらとても広くて寂しく見える。

白いソファー、背の高いあなたが横になるといつもはみ出していたっけ。服も着替えずにソファーに身体を預ける。あなたには小さかったけれど、私には大きく感じる。


目を閉じて、真っ暗な世界を作り出す。 私はあなたを失った。あなたを失って、この部屋から消えたもの。あなた用の茶碗や箸、歯ブラシやマグカップ。服だったり、靴だったり。たくさんの物がいなくなった。


…… 辛い時甘えさせてくれた温もりや、疲れた私を迎えてくれた笑顔。おはよう、いってらっしゃい、おかえり、おやすみ。 沢山の好きだって気持ち、ありがとうって言葉。


残さないで去ったのは、きっとあなたの優しさだって思っている。お互いの気持ちに、区切りをつけるために。私はそれを、優しい傷つけ方だと受け止めるよ。


あなたと過ごしたこの部屋に残っているのは私の色だけ。時間が経てばいつかこれが普通になる。二人がいたこの空間が、私だけの空間に染まっていく。お互いが、振り向かないように。前に進めるように。あなたはそんな風に考えてくれたんだと信じてる。

いつかまた会えた時、お互いに新しく見つけた幸せを語れたらいいね。…… だけど、ごめんね。振り返ることはもうしないけど。まだ、私は前に進めそうにはない。






イヤホンを両耳にあてる。少し前まで、あなたと私で片方ずつだった。

再生ボタンを押して流れるのは、何度も聴いたあの曲。あなたが好きだった曲、私に聴いてほしいと勧めてきた曲。そして私も好きになった曲。


ごめんね。あなたは私の中に残らないようにしてくれたけど。やっぱり、好きな人が全て消えてなくなるなんて辛かったんだ。だから、この曲だけは残すために隠しちゃった。

明るい曲で、ボーカルの声が好きだっていってた。聴いてるあなたの横顔は、とても優しい表情だった。



あなたの隣で、片耳ずつで聴いた曲。何度、あなたの手を握ったかな。何度、離れたくないと願ったかな。何度、嬉しくなったかな。

あなたが好きな曲。二人にとって、大切な曲。


……一人でこの曲を聴いても笑えないんだ。いつも暖かい気持ちになれたのに。ごめんね、辛くなるだけなんだ。同じ曲なのに、大切なものなのに。この曲には、あなたが色濃く残ってるから。隣り合って聴いたあの頃みたいには、出来ないんだ。



あと何回、この曲を聴くのかな。あと何度、いつか笑えると信じて泣くのかな。そばにいたあなたが離れていったことを、ちゃんと受け入れられるかな。



流れるメロディは変わらない。変わったのは、あなたと私。暖かい音が、いまは切なく身体に染み込むようで。



優しいあなたのことだから、今の私を見たら心配してしまうよね。でもね、大丈夫。これくらいの辛さは、残させて。

だってあなたは。ただ好きだったんじゃない。大切で、特別な人だったから。ちゃんと乗り越えて、前に進むから。



だから、いまはほんの少しだけ。





あなたが残した優しい傷に、涙を流させて。











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