尋問
公安の潜入捜査官からの連絡は、すぐに官房長室にいる八嶋公安部長に伝えられる。その事実を踏まえ、集まった三人は互いの顔を見合わせた。
「どうするの? その倉庫を押さえたら、一気に七人の構成員を逮捕できるけど?」
浅野が二人に尋ねると、八嶋は不敵な笑みを浮かべる。
「その必要はありませんよ。彼には、特別なボイスレコーダーを渡しています。その場に集まったメンバーの会話の音声データを、このノートパソコンに自動的に送られる仕組みです。その音声データを聞けば、あの犯行計画書では触れられていない四人のメンバーの所在が分かるかもしれません」
「つまり、メンバーが拡散した所を、一人ずつ逮捕していくという作戦か。あの場に集まったメンバーを一気に逮捕するのは、ハイリスクだから」
倉崎官房長が八嶋の考えを補足した。すると八嶋は首を縦に振る。
「はい。奴らはプロのテロリストです。彼らを一気に逮捕しようとしたら、最悪の場合、民間人が被害に遭うかもしれません。それだけは避けなければならない。だから、あの倉庫周辺には公安警察官を配置しません。公安の潜入捜査官と奴らの幹部という二つの顔を持つ男。ダブルフェイスには、今後も組織壊滅に貢献してもらわなければなりませんから、下手な張り込みはできませんよ。それで潜入捜査官の存在がバレてしまえば、全てが水の泡になりますから」
八嶋公安部長は、自身の右手首に付けられた腕時計を睨み付けた。現在の時刻は午前十一時。暗殺計画決行まで、残り二時間。それまでに三人は、危険なテロ組織を追い詰める作戦を考えていく。
山の中にある教会の中で、腰の高さまで伸びた長髪に前髪がアホ毛のよう跳ねた、長身の女が神を拝んでいた。
「私たちは同志ではない。私たちは兄弟である。熟成した罪。手は上に重なる」
新興宗教団体『神の右腕』の教祖である女は、神の言葉を口にする。丁度その時、教会のドアが開き、秋らしい穏やかな風が吹いた。
その風によって髪が靡いた瞬間、教祖は頬を緩めた。そして、次の瞬間、教祖の頭に鉄の穴が触れる。
「何のマネ? レミエル」
横眼で男の顔を確認した教祖は、レミエルに尋ねた。レミエルは教祖に銃口を向け、不敵な笑みを浮かべる。
「それは俺のセリフだ。何のマネだ? サンダルフォン」
教祖ことサンダルフォンは、レミエルの質問に答えず、首を傾げた。
「質問の意図が分かりません」
「そうか。だったら答えろ。十年前の武器取引の現場に公安が張り込んでいただろう。あの時、どうしてお前は皆殺しにしなかった?」
「今更そんななことを聞くのですか?」
「いいから、答えろ」
「気まぐれ。殺す気分じゃなかったから殺さなかった。それが答えですよ」
「本当にそうか? だったら相変わらずの変人だな」
「いきなり現れて、銃口を人に向けるような人に言われたくありませんね。ところで、一人で来たの?」
「ああ、サラフィエルもいる。最もアイツは、この閉ざされた村に侵入する直前で、お前の信者に見つかって、今も死闘を繰り返している頃だろうがなぁ」
「そう。だったら無駄な戦いを終わらせようかな?」
サンダルフォンは笑顔になり、教会から去ろうとする。そこをレミエルは呼び止めた。
「ところで、仮面は用意してあるのか?」
「もちろん。久しぶりに使うから、緊張しています」
「腕が落ちていたら殺す」
「まあ、殺されない程度に頑張りますよ。そんなことより、約束してくださいよ。公安の内通者が分かったら、私が拷問しますから」
「殺すなってことか。相変わらずお前とは、反りが合わないなぁ。仮面野郎」
その呼び名を聞き、サンダルフォンはクスクスと笑う。
「女に言うセリフ? どうでもいいことですけど。そんなことより、良い着眼点かもしれませんね。十年前、公安によって取引が妨害されたことのよって未遂に終わった、テロ事件。あの事件が全ての始まりなのかもね」
「面白いことを言うなぁ」
「結構当たりやすいんですよ? 私の勘」
そうして二人は、教会から立ち去った。
教会の出入り口からレミエルが顔を出すと、正面の道に土埃が見えた。そこから水色の衣服を着た男が、数人程飛び出す。
土埃が消えると、そこにはサラフィエルが立っていた。彼の周りには拳銃を構えた水色の衣服の男たちが囲んでいる。
その時、サンダルフォンは拍手しながら、サラフィエルに近づき、信者たちに伝える。
「皆様。抜き打ちの戦闘訓練お疲れさま。怪我をされた方は、急いで教会の中へ。それとお伝えください。今晩の神の儀式は、神の声を聞くに相応しい方が行います。今晩私は、不在となりますので、よろしくお願いします」
教祖が笑顔を見せると、信者たちは右腕を天高く挙げた。
一方のレミエルは、サンダルフォンの言動に疑問を持ち、彼女の顔を見る。
「どういうことだ?」
「儀式は朝昼晩と三回執り行わないとなりません。しかし、今回のように教会を離れる場合、儀式が定刻通りに行えないこともあるでしょう。その時には、代役を立てて、神の声を聞くんです」
「神の声を聞くに相応しい方っていうのは誰や?」
サラフィエルが首を傾げながら、尋ねるとサンダルフォンは自信満々に答えた。
「神の言葉を伝える天使。ガブリエル」
サンダルフォンから意外な答えを聞き、二人は思わず目を点にした。