密会
霞が関二丁目にあるドラッグストア向日葵の自動ドアを潜り、一人の女が駐車場へ顔を出す。ジュースが詰められた重たいレジ袋を左手で持っているのは、田中ナズナだった。
田中ナズナは、周囲を見渡し、駐車場に白いランボルギーニ・ガヤンドが停まっているのを確認すると、前方に向かい歩き始めた。
そして助手席のドアを開け、レジ袋を膝の上に置き、運転席に座る七三分けの男の顔を見た。
「まさか、こんなに早く会いにくるなんてね。ラグエル」
運転席に座っているのはラグエル。しかも彼は変装をせず、素顔を晒していた。
「少し聞きたいことがあるんですよ?」
「早速本題って、そんなに忙しいんですか? 何なら、これからお茶でもしませんか? 久しぶりに幼馴染が集まって」
田中ナズナことガブリエルが微笑むと、ラグエルは真面目な顔付きとなる。
「まだあなたの妹と会うわけにはいきませんから。早速ですが、聞きたいことがあります。あなたはどうやって、相田が生きていることを知ったのでしょうか?」
「愚問ですね。それを知ってどうするのでしょう?」
「あなたのことを疑っています。実は公安の内通者はあなたではないかと」
「その根拠は?」
ガブリエルは、驚くことなく尋ねた。
「十年前にも公安の張り込みによって、取引が中止になった事件が起きています。そして、連絡が入っているかもしれませんが、数時間前にも同じことが起きました。それから、あなたは相田誘拐事件に置いて、彼を助けるために何かを仕掛けることもできますね。新メンバーの中にスパイがいるっていう情報は、あなたの仕掛けたフェイク」
「フェイク?」
「九年前の事件が原因で、記憶を失い別人として生きてきたあなたが内通者だったら、説明できることもあります。十年前以来公安に先回りされたことがない組織の行動が、最近になって公安に読まれているということ」
「最近になって記憶を取り戻して、自分が公安の内通者だったということを思い出したと言いたいのでしょうけど、見当ハズレな推理ですね。おそらく、公安も何かしらの手を尽くして、私たちの組織を崩壊させようとしているのでしょう。まあ、私のことも疑うのもいいけど、新メンバーの動向にも目を光らせた方がいいかも。そんなことより、厄介なことが起きている」
「何でしょう?」
「今朝群馬県の山中で男性の白骨死体が発見されたでしょう? あの遺体は菱川愛之助の可能性が高いらしいんだよね」
「どこでその情報を知ったのですか? 気になっていたのですが、あなたはどこで相田の生存を知ったのでしょう?」
ラグエルからの問いに対し、ガブリエルは失笑する。
「愚問ですね。答える義務はありません。兎に角、菱川財閥との取引は中止にした方が良いとウリエルに伝えてください。あの遺体の身元が菱川愛之助と確定したら、財閥に捜査の手が伸びるから」
ガブリエルとラグエルの密会を、アナフィエルが見ていた。彼はドラッグストアヒマワリの駐車場が見下ろすことができるビルに忍び込み、二人の写真をカメラで撮っている。
公安の潜入捜査官は、楽しそうに話す江口寿々奈と愛澤春樹の姿を見て、カメラ越しに二人を睨み付けた。それと同じタイミングで、彼のスマートフォンが振動し、メールが届く。
『正午。新宿の姫川倉庫に集合。ザフキエルとメルカバーを迎えにいきなさい』
そのメールを読んだアナフィエルは、頬を緩め、八嶋公安部長に伝えた。