流出
コンビニの駐車場で、サラフィエルはラグエルから送られてきたファイルを受け取った。彼が手にしているタブレット端末には、十年前に計画されたテロ事件の詳細なデータが表示されている。
運転席に座るレミエルは、助手席でタブレットを操作するサラフィエルに近寄り、タブレットの画面を覗き込む。
「容疑者は、死んだウリエルと俺を除外すると、三人。サンダルフォン。ガブリエル。ザドキエル。こいつらの中に公安と繋がる鼠がいるってことか」
「なんで自分も除外するねん。怪しいわ」
サラフィエルがレミエルに冷たい視線を向ける。だが、レミエルは冷静に答えを口にした。
「俺は公安の鼠ではない。なぜなら俺は、人を撃ち殺せればそれでいいんだからなぁ」
「本当に怪しいで。狙撃を見過ごす代わりに、組織の情報を漏らしたんやないのか?」
「そこまで疑うのなら、それでも構わない。だが、冷静に考えろ。俺には相田を助けることはできない」
「なんでや?」
「知らないからなぁ。ガブリエルが密に新人を利用して、相田を誘拐しようとしていたってことを。それも知らないのに、どうやって助けることができる? それと残った三人の容疑者には、独自のネットワークがある。それを利用して、犯罪計画を知ったとしたら助ける策を仕掛けることもできるだろうな。さらに、俺はもう一つサンダルフォンスパイ説を裏付ける状況証拠を掴んでいる。そいつは、本人に直接突きつけるがなぁ」
レミエルは、不敵な笑みを浮かべ、コンビニの駐車場から、ポルシェ・ボクスターを発進させる。
同時刻。警察庁の官房長室に、ノートパソコンを抱えた八嶋公安部長が戻ってくる。
「結構遅かったじゃない?」
倉崎官房長と向かい合い座る浅野公安調査庁長官が首を傾げてみせると、八嶋はこの場にいる三人に告げた。
「悲報です。奴らのメンバーが集合するはずだったライトニングアパートの駐車場に潜伏していた公安警察官五人の死亡が確認されました。あのマンションに十人の公安警察官を張り込ませたのですが、残りの五人の所在は分かりません。おそらく奴らに拉致されたものと……」
「五人も行方不明。それは厄介ね。拷問されて公安が掴んでいる情報を漏らさなければいいけれど」
浅野房栄が心配そうに呟く。倉崎官房長は公安警察官の殉職という事実を聞き、唸る。
「これで残るチャンスは、奴らの犯行計画の裏を読み、あの組織を壊滅に追い込むしかないということか」
「はい。未だに彼からは連絡が入っていません。現段階では、現地集合現地解散の可能性も否定できません」
「そんなことより、早く奴らの犯行計画を教えなさい。その内容によっては、警備態勢を考え直さないといけませんよ」
倉崎官房長の右隣りに立つ四葉警備部長が促す。それを受け、八嶋はノートパソコンを机の上に置き、その場にいる仲間に見せた。
相田文雄暗殺計画という名のファイルには、詳細に暗殺に関与する幹部たちの動きが記されていた。
犯行計画を一通り読んだ四人の内、倉崎は腕を組み直した。
「なるほど。暗殺計画に関与するメンバーは八名。奴らが現れるのは、新宿スカイハイビルの屋上と、お台場のサクラダオフィスの二か所。この二か所にそれぞれ二名の構成員が潜伏する。残りの四名は、アジトで暗殺のサポートをするのだろう。暗殺開始は、午後一時頃」
「問題は、どこで奴らは要人が午後一時頃に、あの橋を渡ることを知ったのかよね?」
浅野の疑問に四葉は納得を示す。
「確かに、そうですね。要人の生存や移送ルートを知っているのは、この場に集まった四人の官僚と、移送を担当するSP等一部関係者のみ。その中に奴らの仲間が紛れ込んでいる可能性もあり得ますね」
「日課として、毎朝この部屋に盗聴器が仕掛けられていないのかは調べているから、盗聴による情報収集は不可能だ。だから、テロ組織の内通者がいる可能性は、否定できない」
四葉の推理に賛同する倉崎は、官房長室に集まる官僚達と顔を合わせた。疑心暗鬼な空気が流れる中で、八嶋は倉崎に視線を向ける。
「今は奴らの内通者探しより、暗殺を未然に防ぐことが賢明です。内通者探しは、後でもできるでしょう。まず、奴らの犯行手口です。移送中のリムジンに、爆弾を搭載したドローンを落とす。落下に邪魔な自動車等は、新宿スカイハイビルに潜伏するスナイパーが排除。残りの四名で証拠隠滅。大体こんな計画ですね。兎に角、移送ルートや時間帯の変更を検討した方がいいでしょう」
八嶋は倉崎から四葉へ視線を向ける。すると、警備部長は携帯電話を取り出しながら、官房長室から立ち去った。