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暗殺

 まるでタイミングを計ったように、サンダルフォンのスマートフォンが振動する。彼女は銃口をスパイに向けながら、右手で端末を自身の耳に当てる。

「もしもし。今公安の鼠を追い詰めている

ところ」

 電話の声はアナフィエルには届かない。一方でサンダルフォンは、電話から届く指示を聞いて、朗らかな心を取り戻した。

「分かりました。撤退します」

「えっ」

 その一部始終を近くで見ていたメルカバーの心臓は高鳴った。なぜなら電話を切ったサンダルフォンは、手にしていた拳銃を、突然仕舞ったのだから。

「どういうつもりだ? 俺を殺さないのか?」

「やめたわ。メルカバー。とりあえず公安に私たちの組織の機密データが渡ったわけじゃないんでしょう?」

 サンダルフォンはメルカバーへ視線を向ける。

「はい。データまでは盗まれていません。ですが、私を含む七人の幹部の顔が……」

「それなら大丈夫。データは全て消去したのでしょう? それにこれは、先程届いたあの方からの命令でもある。公安の鼠は殺すな。幹部と互角の実力を持つ公安警察官がいても悪くないって」

「そんな奴がいたら、今後の我々の行動に支障が生じるのではありませんか?」

「あなたは新人だから分からないけれど、あの方らしい発想よ。もちろん鼠は、組織から強制的に脱退させるらしいから安心して」

 ホッとしたメルカバーはノートパソコンをシャットダウンさせる。その間にサンダルフォンは、アナフィエルと再び顔を合わせた。

「アナフィエル。本名は相田修君だったかな? 今回は見逃すけれど、お互いに質問をしましょうか? タダでは公安には戻れないでしょう。どんな質問にも答えるから」

「そうだな。じゃあ、あの方は誰なのかを教えろ」

「結構ストレートに聞くのね。あの方のコードネームはミカエル。敬意を称してメンバーはあの方と呼んでいる。あの方の右腕である、メタトロンだけはコードネームで呼んでいるけど。ミカエルは、暗部と呼ばれる世界を作った創造神。これくらいですね。私が知っていることは。ガブリエルならもっと知っていると思いますよ」

 メルカバーは、本当にペラペラと話して大丈夫なのかと心配になる。それを他所に、サンダルフォンは首を傾け、言葉を続けた。

「じゃあ、こっちからの質問ね。あなたたちは私たちの組織を恨んでいるようだけど、どうして?」

 その問いかけに、アナフィエルは何かを惜しむような声を出す。

「お前らは菱川奏を殺した。これがお前らを追う理由だよ。警察学校で一番の成績を残して、公安警察に所属が決まった時は、全身が張り裂けるように喜んだ。お前らを捕まえることができるって。最初に追い詰めたアイツの父親を殺してしまった時は焦ったよ」

「群馬の山中で菱川愛之助を殺したのも、あなただったと」

 やがてアナフィエルの瞳は充血し、激しい怒りを火山のように噴き出させた。

「そうだよ。アイツの父親を呼び出して、お前らの組織との癒着を問いただした後で、俺はあの男を撃ち殺した。最初から俺はあの男のことを恨んでいたからな」

「殺人が露見してしまえば、公安警察官になって私達の組織を潰せなくなる。だからあなたは、彼の遺体を山の中に埋め、殺人を隠蔽したのね?」

「その通りだ!」

「やっぱりラグエルの推理通りの答えね。メルカバー。今すぐこの場から立ち去るよ」

 サンダルフォンはリモコンを取り出し、スイッチを切った。スクリーンから映像が消え、相田修は疑問を口にする。

「お前らが捉えている公安の刑事は、どうするつもりだ?」

「安心して。彼らも殺さないから」

 サンダルフォンは、床に一枚の紙を落とし、後方のドアを開ける。その扉には電流が流れていない。メルカバーは、サンダルフォンを追いかけるように、その場から立ち去った。

 そして一人残った相田修は、サンダルフォンの落とした紙を拾う。

『東都第三コンビナート。そこが監禁場所』

 そう記された紙に目を通した彼は、そのまま部屋から出て行った。

 通信手段のない彼は、警戒しながら一本道の通路を歩く。その間、相田修は菱川奏のことを思い出す。

 

 平成十六年三月九日。シオミヤビルと呼ばれる高層ビルの十階のフロアを貸し切って、その少女の誕生日パーティーは行われた。

 そのパーティーには、政財界の官僚達が集まっている。華やかなドレスやスーツを着た大人たちを横眼で見ながら、パーティーの主役である長髪の少女は、会場から抜け出す。

 誰にも気づかれずに、パーティー会場の受付まで辿り着いた少女に、清潔感なる短い黒髪の少年が声を掛ける。

「奏」

 その声を聞き、少女は天真爛漫な笑顔を見せた。

「修」

「パーティーの主役がこんな所にいていいのか?」

 少年が尋ねると少女は頷く。

「うん。私の誕生日パーティーなんて、ただの建前だから」

「えっ」

 呆気に取られた修に対し、奏は彼の耳元で囁く。

「私は知っているよ。お父さんが悪い人たちにお金を渡しているって。でも、私が財閥を継いだら、その習慣は終わらせる」

 少女の小声の決意を聞いて、少年は赤面しながら、ガッツポーズを見せる。

「頑張れよ」

「うん。頑張る」

 その日の少女の微笑みを、相田修は忘れない。


 それから一か月の月日が流れ、相田修は家族と共に菱川財閥の別荘を訪れる。海の見える丘の上に建てられた別荘。少年はそこで一晩を過ごした。

 夜が明けようとした頃、相田修は嫌な予感を抱えたまま、目を覚ます。汗が付着した前髪を触りながら、窓を見ると丘の上に菱川奏が佇んでいる様子が見えた。この時間に何をしているのだろう。そう疑問に感じた少年は、別荘を飛び出し、少女の元に歩み寄る。

 丁度その時、強い風が少年の髪を揺らした。

同じタイミングで、ヘリコプターのような音が少年の耳に届く。

 どこからヘリコプターの音が聞こえてくるのか。そういう疑問を感じた一瞬の内に、事件が起きた。

 突然に菱川奏は、仰向けに倒れる。少年は何が起きたのかさえ分からず、夢中で少女の元へ駆け寄った。

「奏」

 白色のワンピースが赤色で染まっていく中で、少年は少女の体を揺さぶる。

「しゅ……う」

 少女は小声で少年の名前を呼び、そのまま少年の胸の中で息を引き取る。

 それと同時期、少女を仕留めた黒塗りのヘリコプターは何事もなかったように旋回した。

 少女の死から十年の時が流れ、少年は少女を暗殺したテロ組織と対峙する。

 少年は、アジトの通路らしき一本道を進みながら、改めて誓った。必ず菱川奏を暗殺したテロ組織を壊滅させると。


 数日後、多くの人々がすれ違う、東京のスクランブル交差点の近くのビルに設置された街灯モニターから、ニュースが流れた。

『たった今入ってきた情報です。航海訓練中の海上自衛隊は、海に漂う男性の遺体を発見しました。男性の身元は、法務省に勤務する相田文雄さんと見られます。遺体に不自然な点があることから、警察は殺人事件とみて捜査しています』

 スクランブル交差点を渡り、街灯モニターを見上げた、愛澤春樹は頬を緩める。その直後に、彼のスマートフォンが震えた。ズボンのポケットから取り出されたスマートフォンには、ガブリエルという文字が表示されていた。

『ニュースは見ましたか?』

「はい。相田文雄の遺体が見つかったようですね。ところで、一つだけ分からないことがあります。あなたの情報源は何ですか? 情報収集が専門の僕でも知らないことを、あなたは知っている。そのことが気になっています」

 ガブリエルは受話器越しに、クスっと笑う。

『変態な男と体の付き合いをして、聞きだしたのかと疑っているようだけど、そんな疑惑は無意味。本当のダブルフェイスと私は繋がっている。それが答えです。久しぶりにあなたの声が聞きたくなったから、特に要件はない。切るよ』

 電話を切ったガブリエルは、ホテルの一室にいる。その部屋には彼女の妹の姿はない。

 密会場所として用意した部屋のドアが開いたのは、ラグエルとの通話が終了してから数秒後のことだった。

「情報提供ありがとうございます。メタトロン」

 部屋に入ってきた人物に対し、ガブリエルがにっこりと笑う。メタトロンと呼ばれた人物はドアを閉め、彼女に向かって歩き始めた。

 


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