挨拶
暗殺計画一時間前。黒色のシトロエンBXが、新宿の廃倉庫の中で停車した。倉庫内には、既に白色のランボルギーニ・ガヤンドと、緑色のポルシェ・ボクスターが停まっている。
その二台の自動車の前には、四人の男女が立っていた。白色の自動車の前には、ラグエルとサンダルフォン。その隣で停まっている緑色の自動車の前には、レミエルとサラフィエルの姿があった。
ポルシェ・ボクスターの右隣りに停車したシトロエンBXの後部座席のドアが開き、アナフィエルが降りる。それに続き、運転席に座るメルカバーと助手席に座るザフキエルが、自動車から降りて、先に到着した仲間と顔を合わせた。
「初めまして。メルカバーよ」
先にメルカバーが挨拶を済ませ、続けてアナフィエルが頭を下げる。
「アナフィエルだ。このメンバーで暗殺できることを、楽しみにしている」
最後にザフキエルが、計画に参加する仲間に歩み寄りながら、自己紹介を済ませた。
「俺はザフキエル。よろしく」
三人の新人が簡単な自己紹介を済ませた後で、レミエルが三人の人相を凝視する。
「こいつらか。新人は」
「そのようやね」
レミエルの隣に立つサラフィエルが相槌を打つ。その後でメルカバーは首を傾げて、先に到着していた仲間に尋ねた。
「そういえば、一人足りないようだけど?」
「サマエルのことですね。彼は欠席なんですよ。別の場所で計画に参加します」
「そう。同じハッカーとして、面を拝みたかったんだけど、残念ね」
「アジトでまた会えるから」
ラグエルの右隣りに立つサンダルフォンが落胆するメルカバーに対し、微笑む。
「ラグエル。大丈夫か? もしもこの近くに公安が潜んでいたとしたら……」
心配するザフキエルを他所に、ラグエルは不敵な笑みを見せる。
「大丈夫ですよ。この廃倉庫の周囲に、我々の仲間が張り込んでいますから。外で何か動きがあったら、こちらに連絡が入る仕組みになっています。最も、この廃倉庫内に鼠が潜んでいる可能性も否定できませんが、その時は、例の爆弾を使うだけです」
「例の爆弾? ヒートか?」
「はい。一応僕の自動車に積んでいるんですよ。改良して、爆発物処理のプロでも解体が難しくした奴を」
「素晴らしい」
ザフキエルはラグエルの作戦を聞き、拍手した。それからサンダルフォンは、視線をレミエルに向ける。
「レミエル。十年ぶりの仕事ですね?」
「ああ、お前と一緒の仕事は、十年ぶりだ。あれはつまらない仕事だったなぁ。スコープ越しに見える絶望で歪んだ顔を見るのが好きなのに、あの娘は全てを受け入れやがった。菱川奏。人間を狙撃できると聞いて暗殺したが、殺し甲斐がなかった」
サンダルフォンとレミエルの会話を聞いていたアナフィエルは、密に腕を後ろで組み、自身の両手を強く握った。その変化にラグエルだけは、気が付いていた。
それからラグエルは咳払いして、この場に集まった仲間の顔を見る。
「それでは説明します。一時間後に暗殺するのは、昨日殺せなかった次期法務大臣候補の、相田文雄。情報によると、暗殺対象は一時間後の午後一時、東都大橋を通過して、成田国際空港へと向かうようです。我々は、そこを襲撃します。アナフィエルはサラフィエルと共にポイントAで暗殺してください。レミエルはザフキエルと共に、ポイントBで暗殺対象の自動車や、その他の自動車の動きを妨害してください。そして何かあったら、サンダルフォンに連絡してください。メルカバーは、僕とサンダルフォンと行動を共にしてください。残りは、サンダルフォンの書いた犯行計画書に従って行動してください。それでは各自、持ち場に移動してください」
打ち合わせが終わり、レミエルとアナフィエルは自身が運転する自動車の運転席に座る。同じようにサラフィエルとザフキエルは、相方の自動車の助手席に座る。
二台に便乗した自動車は、足早に各自のポイントに向かう。そうして残ったメルカバーは、ラグエルの元に歩み寄る。
「私はラグエルの自動車に乗って移動かしら?」
「違いますよ。この廃倉庫の奥の事務室で、仕事です」
「計画とは違うみたいだけど?」
「あの方からの許可は受けています」
「そう。それならいいわ」
メルカバーは短く答え、廃倉庫の奥で姿を消す。