06 異物へ
■システィーナの視点
季節は初夏。眩いばかりの天の光が、大地に、大海に、分け隔てなく降り注いでくる。ジリジリと刺すような光線は、アラルフィの人々を艶やかな飴色に変えていくの。情熱的な肌の色に……。アラルフィの白い家々の壁からも照り返しを受けて、皆、天から地からこんがりイイ色になっているわ。
ああ、私も飴色になったらなあ……コックリも飴色になりつつあるし私だけ変わってないよ。私も情熱的な肌になったら、彼も情熱的に私を求めて来てくれるんじゃないかしら……?
目の前に広がるコバルトブルーの海は、鮮やかで、ヴィヴィッドで、美しい美しい宝石のような色合いだ。波が煌めく美しい海には、白い海鳥がプカプカと海水浴を楽しんでいる。その海を望むアラルフィの港には、いかついガレー船や優美な帆船、漁をするための小型の舟など、様々な船が停泊している。
その港で。
そこへ集まった様々な国の人々が、口々にコックリの言葉を復唱する。
「「りゅ……流氷?」」 「「氷山だって!?」」
口々に叫ぶ人々。老若男女、様々な民族衣装の人々が、隣にいる人を捕まえては、質問する。
「「氷山って何だ!?」」
そう、私も実は知らない……。コックリ、流氷って、氷山って何!? コックリは視線を沖合いに向けたまま説明してくれた。
「氷山は氷の塊のことだ。普通はもっと北の極寒の海にできる、海の水が凍ったものだ」
「「はあぁぁ? 氷!? 氷が何でこんなところにあるんだよ!?」」
口々にコックリへ詰め寄る人々。うわわ、背の高さではコックリには及ばないけれど、横幅や体重でははるかに勝る海の男たちが詰め寄って…………ちょ、ちょっと、コックリを責めないで! コックリのせいで氷山があそこに来たわけではないでしょ!? そのときだった!
「「神殿騎士殿ー!!」」
慌てたようすで、数名の法衣を着た人たちがコックリを探している。アラルフィ大聖堂の司祭たちだ。たぶん司教様もいると思う。
「「なな、何!? 神殿騎士!?」」「「ええ? 神殿騎士!? どこどこ!?」」
口々に皆が騒ぎ始めた。神殿騎士は戯曲や物語として人々にその活躍が伝わっているため、例外なく神殿騎士は人々の尊敬と畏怖の対象となっている。コックリが手をあげて司祭たちに応えると、さっきまで詰め寄っていた人々が口をアワアワさせていた。
「おお、神殿騎士殿。いったい何の騒ぎですか?」
「ええ、私も今ここに来たのですが、あの沖合いに見えるものが騒ぎの原因です」
「沖合い?」司祭たちは沖合いを見る。「何ですか? あれは」
「氷の塊、氷山です。」
「氷の塊!? そんな馬鹿な…………!?」
「しかし、実際に存在します」
アワアワしている人々をそのままに、コックリはアゴ髭に手を当てて考え込むこと数秒……。
「司教様。あの氷山を調べたいと思います。船を手配できませんか? 百メートルほどまで近づければ、あとは飛びますので」
「と、飛ぶ? ええ? は、はい船ですね?」
「「それなら俺の船に!」」「「いやこちらの船に!」」
コックリに詰め寄っていた人々が嬉々として我も我もと手を上げる。ああ、神殿騎士に協力した船として歴史に名を刻めるかもしれないし、船に箔がつくかもしれないものね。
「では、念のため大型のガレー船でお願いします。シス、我々は装備を整えよう」
「分かったわ!」
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三十分後、装備を整えた私たちは再び港まで行くと、甲板までの高さが五メートルはある大きなガレー船が今や遅しと待ち構えていた。ガレー船には、あれ? なんだかいっぱい乗ってる!? 百人くらいいる? まあほとんどが海の男のようだけれど…………。
「「いや……神殿騎士様のお役に立ちたくて…………。決してお邪魔は致しやせん!」」
ああ~、たぶん伝説の神殿騎士の捜査を直に味わいたいのね…………。コックリが、最悪の場合は命を落とします、と言ったけれど、航海は常に死と隣り合わせの荒くれ者が多い海の男たちは意にも介さないようで…………、黒ひげの船長の号令のもと、私たちは沖合にある氷山に向かって出港した。
おお~、大型の船には初めて乗るけれど……甲板がツルツルに磨きあげられていてきれい…………その甲板には大きなマストもある。このテラメディウス海は海底が複雑らしく潮流も複雑なうえ、風向きまですぐ変わるから、帆船のほかにオールの人力が必要らしい。船の側面まで行って下を見ると、オールがまるで生きているように規則正しく動く。そのおかげでみるみる氷山へ近づいていく。
近づくにつれ分かる美しい氷の塊。コバルトブルーの海に浮かぶ、雄大で美しい氷山。明るい陽射しに光輝いている。
ああ、氷山はすごく大きい。高さは十メートルくらいあるかしら…………幅は三十メートルくらいね。奥行きもそのくらいある。わあ、青く光ってて…………なんて綺麗なの…………? なんで青く光っているのかしら…………? 氷山って、青いものなの?
船はコックリの言うとおり、百メートルほど手前で止まった。
「一度、氷山の周囲を回れるでしょうか?」
「ええ、お安いご用ですぜ!」
船長の号令で、ガレー船はゆっくりと氷山の周囲を回る。うう〜ん、やはり…………周りを見てみても、氷の塊だ。青い氷の塊。海の中の状態は分からないけれど、例えるなら…………そうね、ホールケーキのような平べったい円柱…………かしら。ホールケーキほど綺麗な円ではないけれど…………。コックリはアゴ髭に触れながら考え込んでいる。
「ふむ。では我々は、あの氷山に上ってみます。皆さんは、ここで待っていていただけますか?」
「え、ええ勿論ですが…………いったいどうやってあそこへ?」
「魔法で飛びます。近距離が限度ですが」
そういうと、コックリは私に向き直った。そして、失礼する、というと…………はわあぁぁ、お姫様抱っこされた! ま、待って、心の準備が………う、嬉しくって心が………おかしくなっちゃう!
「そ、そちらのお嬢さんも…………ですかい?」
「はい、私のパートナーなので」
そういうと、コックリは駆け出した! そして、船のヘリからジャンプする! わあ、勿論全然氷山まで届かない!
「「し、神殿騎……!?」」
船長や船員が叫んだそのとき!
ダンッ!
という炸裂音が響き渡り、私を抱えたコックリは船より高く舞い上がった! これはコックリの聖魔法の一つ、波動砲の攻撃魔法を足に集中して、宙に舞い上がったのだ! 船長たちが、オオォッ! とどよめく。再びコックリは波動を足に集めて飛び上がる。炸裂音はけたたましいのだけれど、コックリは余裕をもって宙に足を踏み出しているから、空を散歩しているよう。数回聖魔法を発動すると、軽々と氷山よりも高い位置に飛び上がっていた! はわあぁ、たた、高い! 怖い! 私はコックリにしがみついた。
「大丈夫っ!」
コックリは上空から氷山の全容を確認しているみたいだけど! もう! それなら先に言って!
「すまん!」
コックリは意地悪そうな笑顔を向けた! わざとだ! もう! もうっ!
「なるほど、こういう形か。よし! 降りるぞ!」
空から確認して納得すると、まるで野山を軽やかに駆け降りるように、氷山へと降りていった。
■現状のデータ
季 節 : 初夏(6月)
場 所 : アラルフィ(温暖なテラメディウス海)
現 象 : 氷山が流れ着く
大きさ : 高さ十メートル、幅三十メートル
形 状 : ホールケーキのような円柱形?