05 ソレンティ湾の異物
■コックリの視点
はぁ、まいった………まいったな………。
まさか、シスの方が先に『 人魚姫の伝説 』を見てしまったなんて………。
俺がアラルフィに立ち寄った理由………それはこの人魚姫の伝説を詳しく知りたかったからなんだ………。
人魚姫と王太子がどうなったか………。
特に人魚姫がどうなったか………。
彼女らは幸せだったのか………。
それがシスの今後をうらなう例になると思ったのだ。
俺はそれを知りたくて、こっそり一人で訪れようとしていたんだが………「大聖堂で待ってる」と言った彼女がその大聖堂にいなかったので、俺は「好機だ」と思い博物館の方へ調べに行ったら………彼女が青い顔をして立ち尽くしていた。たぶん、自分の置かれた境遇と、重なって見えたんだろう。
一緒に宿に戻ってバールで夕飯を食べたのだが、昨日はそれからずっとふさぎ込んでいた。
やはり、知らなかったんだな………人魚姫の話。
そうだよな、人間には割と知られた悲しい恋の物語で、戯曲などにもなっているんだが………彼女はまだ人間の世界に来て一年足らずだから、知らなかったのも無理はない………。
一夜明けて………彼女は俺に笑顔を見せた。朝飯の時も、町でショッピングしている時も、休憩がてらバールに入った時も………。
昨日アラルフィを見たときの、輝くような笑顔………ではなく………
誰もが見惚れて立ち止まるような、癒される笑顔………ではなく………
女性としての徳に満ち溢れた、美しい笑顔………ではなく………
張りついたような作り物の笑顔…………。
本当に彼女はわかりやすい…………。
分かりやすいと言えば、もう一つ。彼女の動揺ぶりが分かるのは服装だ………。彼女は初夏らしい白いブラウスを着ているのだが………下着の上にいつも身に着けている『 矯正具 』をつけ忘れている。森の妖精エルフは樹木と同様いろいろな属性があるそうで………彼女の属性は『 果樹 』らしい。果樹属性の彼女は、果物が樹木になるように………胸がとても豊かでたわわに実っている。俺も、目のやり場に困るぐらいの、豊かな重量感のある実り方だ。
彼女はあまりにも大きく重く実ったその果実が恥ずかしいようで、いつもは下着の上に矯正具を身につけて胸を押さえつけているのだが………今日は矯正具をつけ忘れている。着衣の胸が盛り上がり、下着の柄 (ヴェネリアンレースだ)まではっきり分かるくらい内から衣服を押し、ボタンがちぎれ飛ばないか心配になる。
昼前に、俺とシスはわずかにある砂浜を歩いていた。
今日は俺もシスも鎧は身に着けておらず、ただ俺は普段着の腰に愛用のシュヴァイツァーソード(切先から三十センチほどが両刃の剣)を装備している。
明るい陽射しの中、俺の腕をしっかりと胸に抱く彼女………勘弁してくれ………。俺の腕が彼女の胸に深くめり込んでいる。頼むよ、そんな凶暴なモンスターをけしかけないでくれ! 誘惑に負けてしまいそうだ。
そう、俺は誘惑には負けてならない。俺には彼女のための『 行動原理 』がある。それゆえ彼女に想いを告白しても、愛を告げても、キスをしても、彼女の体を奪うことは………できない。
ベンチに腰掛けて、見るとはなしに海を見る。俺はチラッとシスを見たら、やはり心ここに有らず………という表情で………特に瞳に光が感じられない。
何だか、死んだ魚のような目………というか………。
どうしたら、生き返るかな?
俺がそう思っていたその時、アラルフィの町に早鐘の音が鳴り響いた!
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンッ!
「何だっ!?」
「え、何!? ………あれ? ここ………どこ?」
おぉ、半日分の記憶がない!? まあいいか、意識が戻ったなら、結果オーライだ! 俺とシスは、早鐘が鳴る方へと駆け出した。と………。
「きゃあああああぁぁっ!?」
走り始めてすぐ、彼女が叫び声をあげてしゃがみこんだので何事かと思ったら、どうやら駆け出した時の違和感………重い胸が激しく揺れて、初めて自分が矯正具をつけ忘れていたことに気が付いたようだ。胸を押さえて首筋まで真っ赤にしてしゃがみこむ彼女に、俺はこうなることを予想して持ってきていた上着を掛けた。
「うぅ~、ありがとう………。グスッ ありがとう………。」
目にいっぱい涙をためて、真っ赤な顔で俺を見上げる彼女に胸がキュウッとなり、クラッと来たが、そこは神殿騎士の鍛えられた精神力により、抵抗する。
「さあ、行こうっ!」
「グスッ」
ショックで涙目の彼女を安心させるため、俺はシスと手を繋ぎ早足で進む。早鐘は、見上げるほど大きなガレー船が停泊している港の先から聞こえる。おお、組まれた櫓の上で、港の者とおぼしき人物が一心不乱に鳴らしている。その切羽詰まった様子に、港湾のスタッフも、ガレー船の乗組員も、アラルフィの漁師も、町の人々も、おそらく千人近くが集まってきている!
「「どうしたっ!?」」 「「何があったっ!?」」
集まった者たちが一斉に早鐘を打つものに問いかける。
「沖合いに何かある! 船じゃない!」
その声に、皆が一斉に沖合いを見る。すると、確かに沖合いに何かが浮かんでいる。シスは目をゴシゴシして涙を拭いてから目を細める。俺は霊力を目に集中して沖合いを見た。この場合の俺の目は視力が10くらいある。
はたしてそれは何か………。
「はあっ!?」
俺は思わず頓狂な声を上げた。ショックからやっと立ち直ったシスが上着で前を隠しながら俺に質問した。
「コックリ、何が見えたの!?」
シスの声に、その場に集まった皆が一斉に俺を見る。
「「何!? この距離で見えるのか!?」」「「どうした!?」」
いやいや、嘘だろ? 何で『 あんなもの 』がここに……?
「「兄ちゃん、何が見えたっ!?」」 「「海賊船か!?」」
口々に騒ぎだす人々………。シスはじっと、俺が落ち着くのを待っている。さすがは俺のパートナー。
「あれは……海賊船なんかじゃない………あれは………あれは…………。」
「「あれは!?」」
「流氷………氷山だ………。」
温暖なソレンティ湾に………流氷が流れ着いた!
■現状のデータ
季節:初夏(6月)
場所:アラルフィ(温暖なテラメディウス海)
現象:氷山が流れ着く