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41 それぞれの想い:コックリ2

 ■コックリの視点



 光る海を創造し、この世界の中心に位置する中空で、聖鏡ラルフィールは俺に言った。



『優しいからこそ残酷なひと』と……



 優しいからこそ……

 残酷な人……

 優しいからこそ……残酷……?

 聖鏡の言葉に俺は耳を疑った。



「…………え?」


 ”あなたは優しい。だからこそ残酷なひとです”



 俺はまったく意味が分からなかった。どういう意味なのだろうか?

 固まったままの俺に、聖鏡は語りかけた。



 ”あなたの懸念通り寿命の長い妖精は、伴侶を失うと、その伴侶への想いを胸に一人で生きていく者が多く存在します”


「はい」


 ”あの森妖精もその一人のようですね”


「……はい」


 ”移り気な心を持つ『人間』には考えられない心の在り方です”


「はい……」


 ”一途でまっすぐなこの心の在り方こそが、妖精らしいですね”


「……?」


 ”分かりませんか?”


「は、はい」


 ”妖精とは心が肉体を持った存在だからこそ……心を大切にしているのです”


「……!」


 ”あなたは森妖精を愛している。そして森妖精もあなたを愛している。でありながら……心をねじふせ、対極にある合理性や論理性を、心よりも優先させて、別の相手を結び付けようとしている……”


「!!」



 俺は……心臓を握りしめられたような気がした。背中に、冷たい嫌な汗が噴き出るのを感じた。

 そ、そんなつもりじゃない……そんなつもりじゃ……!



 ”愛された想い出、記憶こそが、残された妖精にとって生きる糧となるのに……”



 愛された想い出が……生きる糧……!



「ま……」 待ってくれ!


 ”愛する者が刻み付けてくれた痕跡……愛する者が共に生きていたことを示す痕跡……ひとは死んだら、誰かの心の中でしか生きられない……それを我が身に残す悦び……”



 愛する者が生きた証を残す悦び……!

 我が身に残す悦び……!



「ま……待っ……」 待ってくれ!!


 ”人魚姫は、王太子の愛情を心と体に刻み付けてもらいました。愛された悦びと愛する者の生きた証を残す悦び。彼女たちの中では色褪せない美しい想い。人魚姫が彼と二人で過ごしたときは短くとも『 時間 』の概念を持たない妖精には尊く永遠のものなのです”


「ま……!」 時間の……概念を持たない……


 ”あなたの優しさは、心を大切にする妖精を踏みにじる行為。あなたは彼女を苦しめている。彼女は残りの人生を、苦しみながら過ごしていくのでしょう”


「そ、そんな……!!」


 ”あなたは残酷……残酷なひとです……”



 俺は! 俺は! そんなつもりじゃない! 俺はっ!

 そのとき突然、俺の脳裏にいくつもの記憶がよみがえった。



 シスがファロース諸島の漁村でディートリッヒ相手に泣いていた記憶……

 アラルフィで人魚姫の悲恋の話を聞いた後、俺の背に額をつけて泣いていた記憶……

 早朝のミサに参加するとき、彼女が涙ぐみながら服を着替えていた記憶……



 ああ……

 ああ、俺は確かに……

 俺は、彼女を苦しめていたんだな……

 俺が……ハッキリ……してなかったから……

 愛していると言いつつ……彼女を遠ざけたから……



 俺は……俺は……



 俺は気が付いたら、フラフラとリンゴの森を歩いていた……

 あれ……?

 何でここを歩いているんだっけ……?

 ああ、エメラルド色の木漏れ日が綺麗だな……

 種から育てたって……凄いな……

 ……何で歩いているんだっけ……?



 ああ……そうだ……

 シスだ……

 シスに会いたかったんだ……



 フラフラと歩いていると、前の方から二人の美しい妖精が歩いてきた。一人は耳が魚のひれのような形態の娘で、もう一人は長い耳の娘……



 シスだ……

 向こうも俺に気が付いたようで……シスは笑顔で手を振っている。小走りに、嬉しそうな表情で走ってくる……。俺は平静を装って、ニッコリ笑った。



「コックリ、こんなところでどうしたの? 散歩?」

「ん……そんなとこ……」

「お腹すいたでしょう? 事前にお料理を用意しておいたの、ガレー船に大きな厨房があってね。すぐ準備するね」

「ん……待って」

「え?」

「ちょっと二人で散歩しよう?」

「え? うん! うふふ」



 シスは切れ長の大きな目を細めて、とてもうれしそうに笑った。

 散歩程度の誘いでうれしいのか……

 シスはディートリッヒに、食事があとは温めて盛り付けるだけということを伝えると、俺と歩き始めた。



「うふふ、お料理期待してね。実は聖鏡に、あの金胡椒を使っていいって言われてね?」

「おー……いいね」



 シスは俺と一緒にいると、いろいろな話をしてくる。多くは他愛もない話なので……俺は基本的に相槌をうつくらいだ。だべりながら、あの金胡椒の樹がある丘を上る。丘の向こうから俺たちは来たんだよな。

 俺とシスは、丘の上に生える金胡椒の樹の傍で並んで立った。



 丘の上から見る景色は……本当に美しい。

 両脇に見渡す限りに広がる雄大な断崖。

 断崖から流れ落ちる白い滝。

 滝の落ちる先には目に鮮やかな新緑の森。

 森からなだらかに広がる緑の草原。

 草原の先から突然広がる、美しい海。

 空高く泳ぐ、海の獣たち。

 響きわたる優しい歌声。



「綺麗……」



 緩やかな風になびく美しい金髪を押さえながら、遠くを見つめるシスティーナ。

 切れ長の大きな目におさまる美しい翡翠色の瞳がキラキラと輝いている。睫毛が長いんだな……。鼻筋が綺麗なラインで通っていて……フルフルとしたピンク色の唇が、白くきめ細かい肌に際立って……

 何て美しい笑顔なんだろう……

 この笑顔を見ていたい……

 この笑顔をずっと、見ていたい……

 何でこんな綺麗な女性が……俺を選んだんだろう……

 華奢で繊細な美しさの彼女からしたら……俺はデカくて粗野な筋肉の塊なのに……



 システィーナを見つめていると……俺の視線に気が付いた彼女がはっとした。そして途端に頬を赤く染めて俺を見る。



「な、何……へ、変だった!?」

「ううん」



 俺がそのまま無言で彼女を見つめていたら、彼女は……指をモジモジしながらも俺を見つめ返した。本当に……本当に可愛らしいな……。俺は……前方に視線を送った。彼女もつられてそちらを向く。



 そのまま前方を眺めながら彼女に問い始めた。

 答えの分かりきった問いを……。



「なあシス……」

「なあに?」



 彼女はうれしそうな笑顔で俺を見て……

 何かを察したのか……真剣な表情へと変わった。



「人魚姫は……幸せだったのかな?」

「……幸せだったと思うわ」

「でも、離ればなれだよ?」

「そうね……でも幸せだったと思う」

「……何でかな?」

「……王太子様から、愛情をもらえたから……」

「……愛情……か……」

「……ええ……愛情よ……」

「……離ればなれになったら……形も……残らないじゃないか……」

「……形あるものは……いつかは失われるわ……でも、心に刻まれた愛情は失われないの……」

「……色……褪せ……ない……のかな……」

「……色褪せないわ……」

「……そう……いう……もん……かな……」

「……そういうものよ……」



 シスはそういうと、ハンカチを出して俺の目を拭ってくれた……

 俺は……俺は……

 途中から……泣いていたんだ……



「コックリ……大陸斜面から落ちて……断崖……見たでしょう……?」

「……ああ……いっぱい……骨が……あった……」

「大地が……きっと大地が、その上に生きた生命たちの……痕跡を残そうとしたの……」

「……ああ……ああ……そうだな……」

「大地の愛情……自分の上に存在した、儚い何者かの記憶を残したい……そういう愛情……」

「……ああ……ああ……」

「私も……同じ……」



 俺は……俺は……

 俺は、涙が止まらなかった……



 そこまで……言われて……

 気づかない……ふりはできない……



「シス……シス……」

「はい」

「ゴメン……今まで……ゴメン……」

「ううん……コックリ……」

「ぐぅ……ううっ」

「貴方を……心から……愛しています……」



 俺は泣きながらシスティーナを抱きしめた。

 彼女も俺の背に手を回して、背中をさすってくれた……



 俺は、心の奥底からこみあげてくる想いをシスに伝えずにはいられなかった……



「ぐぅっ! 俺も、愛してる……俺の……俺の想いを刻みつけたい。シスに、俺の心を刻み込みたい」





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