39 それぞれの想い:コックリ
美しい人魚姫は、光る海で懸命に生きる。
ゴーレムとともに土地を耕す。
胡椒木の種を植える。
リンゴの種を植える。
作物の種を植える。
タツノオトシゴたちと沈没船を捜査する。
クジラたちと魚を捕らえる。
貝とともに水を浄化する。
額に汗し、作物を育てる。
胡椒木の種から芽吹いた芽を大切に育てる。
リンゴの種から芽吹いた芽を大切に育てる。
ゴーレムたちに囲まれ、食事を楽しむ。
一日の終わりに、すべての者に感謝する。
自らに刻まれた愛しい者を想い、愛しい者がいた船で眠る。
愛しい者を想いながら、この海で生きる。
愛しい者が与えてくれた、この光る海で……。
■コックリの視点
美しい緑の草原が柔らかい風に波打ち、俺の髪を緩やかに揺らす。
聖鏡に宿る風の豊穣の力で生み出された優しい風だ。波打つ草原が、丘の上に佇むガレー船を大海原へと航海させているように見える。
光る海を見渡せるガレー船の甲板で、俺は一人この美しい光景を見るとはなしに見る。
美しい……美しい光景だ……。
緑色に萌える草原。
鏡のような水面の湖。
雄大で圧倒される断崖。
空を飛ぶように泳ぐ海の獣たち。
響き渡る心を癒される獣たちの歌声。
……ただただ美しい。
人魚姫も、おそらくここから……この光景を眺めていたんだろうな……
一人……
一人で……
一人で……寿命が尽きるまで……
王太子に刻み込まれた想いを胸に……
たった一人で……
その光景を想うと……
俺の心には……ただただ……
ただただ、淋しさだけが去来する……
美しい景色だからこそ……
そして同時に……シスの顔が頭をよぎる……
シスと人魚姫が……重なって見える……
シスが一人で……ダメだ! 絶対にダメだ!
シスは今、ディートリッヒとともに人魚姫の墓へと向かっている。俺は彼女抜きで聖鏡と話したいことがあったから、残ったのだ。俺は中空で輝く聖鏡に話しかけた。
「すべて、謎が解けました……」
”どのような謎ですか”
■光る海の謎
①光る海に何があるのか……………………聖鏡ラルフィールと人魚姫のための世界があった
②今、何が起きているのか…………………巨大化した魔物を退治するため、聖鏡の力が使われていた
③なぜ聖霊の啓示がないのか……………聖鏡が起こしていたから
「そして、アヴァン殿が神殿騎士のタブーとした理由も……。この光る海を護るためだったんですね……」
”ええ。彼はこの海のことを報告することで、私が再びアラルフィ大聖堂へ戻されることを懸念しておりました……”
「はい。法王庁ならば、人魚姫の想いも王太子の想いも関係なく、聖鏡を元ある場所へ戻すべきと判断することでしょう」
”あなたは報告するのですか?”
「しません。いえ、できません……」
”なぜです?”
「私もこの光る海を壊したくありません……」
この世界は人魚姫そのものだ……
人魚姫のために創られたこの光る海は、人魚姫そのものなのだ……
人魚姫は王太子への想いを胸に、王太子に刻まれた心と体を大切に、大切に生きた……
この場所で生きた……懸命に生きた……
その生きた証が、この光る海だ……
その場所を壊す……
そんなこと、できるはずがない……
「人魚姫は、幸せだったんでしょうか?」 俺はシス抜きで聞きたかった問いをした。
”あなたはどう思ったのですか?”
「不幸だったのではないかと思っています」
”なぜそう思うのですか?”
「愛する人と離ればなれになり、一人で残りの人生を過ごしたためです」
”あなたが思う最良の方法とはどのようなものですか?”
「人魚は人魚同士、同じ時を生きられる者同士で生きることが最良と思いました」
そう、王太子は……人魚姫を抱くべきではなかった。
心が肉体を持ったような存在である妖精を、抱くべきではなかったんだ。
心が肉体を持った存在であるからこそ、何よりも一途で、人間よりも圧倒的に寿命が長い……。
人魚姫は王太子に抱かれ、心そのものである体に想いを刻み込まれ……もう変われなくなってしまった……。
たとえ王太子と人魚姫が婚姻できたとしても……王太子は人魚姫よりも早く老い、早く死ぬ……。
人魚は人魚で結ばれた方がよかったんだ……。
すなわち……森妖精も、森妖精と……。
俺は話した。シスのことを。
もし俺が彼女を抱いて、その心に、その体に痕跡を作ったら……
おそらく彼女もまた人魚姫同様、それを大切に、生きていくだろう。それこそ、一人で……
俺には到底理解できない理由で……
彼女はまっすぐで……変わることがないから……
俺が彼女に痕跡を刻み付けたら、ずっと一人で……
「妖精は、妖精と結ばれた方が……良いと思うのです……」
”あなたは森妖精の娘を抱いていないのですね?”
「はい……」
”そうですか……あなたは優しいひとですね……”
「……」
”貴方は優しい……だからこそとても……とてもとても『 残酷なひと 』です”
あと四~五話で終了予定です。
もうちょっとお付き合いいただきたく。




