03 アラルフィ大聖堂
■システィーナの視点
はぁ、ふぅ、はぁ、ふぅ…………。
ああぁ、大変。コックリと私はアラルフィ大聖堂へ向かっているのだけれど、その大聖堂は町の一番上にあるらしくって…………私はメインの大階段を三百段上った頃から段のカウントを止めて…………でも止めてからかれこれ二十分は経つ。
はあぁぁ、さすがに崖に造られた階段状の町だ、上を見上げてもまだまだ先がある。右に、左に、迷路のように階段が走っている。白い壁の背の高い家々は、狭い土地を最大限に活かすために横にではなく縦にそびえ、二階・三階からも直接外に出られるよう、扉がたくさんついている。はあぁ〜、ヴェネリアもアーチ状の橋の上り下りが大変だったけれど、こっちのほうが大変ね。毎日が登山じゃない!
建屋と建屋の間にはロープが渡され、洗濯物が海風にはためいているのを見ると、平和な生活感があふれていて……ああ、ここでどんな幸せな生活を築いているんだろうなあ、と感慨に耽ってしまう。私もコックリとここで暮らしたら、どうなるんだろうな…………コックリは漁をして毎日お魚を獲ってきて、私は彼のためにご飯を作って、編み物をして…………はあ、夢のような生活…………。
「シス、大丈夫か?」
数段上の踊り場のところで、コックリが私を振り返る。重い鎧を着こんでいるはずのコックリは汗もかいておらず、息切れもしていない……はあ、なんでこの人はこんなに元気なの……霊力による肉体強化というあれかしら…………。彼が手を差し伸べてきたのでその手を取ると、彼は私を一気に引き上げてくれた! はわあぁ!
アワワ、でも急に引き上げられて、バランスを崩してよろけると、はあぁコックリが私の腰に手を回して、優しく抱き寄せてくれた………。はわぁ、目の前にコックリの胸が………し、幸せ………!
踊り場のところにはベンチがあって、また色とりどりの花が植えられ、それが癒しのひとときにもなっている。コックリがベンチに座らせてくれたので、私の前には素晴らしい景色が広がった。
「わぁ…………素敵…………なんて素敵な景色なの……………………。」
私の前方に広がるのは、左右を高い岸壁で守られたコバルトブルーの海………。眼下には海まで続く色とりどりの屋根を持つ可愛らしい町並み………。町のいたるところで人々が活発に動き、活気に満ちた『生きている』町………。ああ、海から潮風が駆け上ってきて………あれ? 柑橘類の香りもする?
「ああ、温暖な気候を利用して、アラルフィではレモンやオリーブの栽培が盛んだよ。」
私の疑問に答える彼は、岸壁のわずかな耕地に生える青々とした樹木を指差した。ああ、本当だ! 黄色い実が色づいている樹木がある! うん、果樹はやはり親近感があるわ。
エルフにも樹木同様 属性があって、私はレモンと同じ『 果樹 』の属性だ。果樹属性のエルフ女性は、樹木に果実が実るように胸が大きく重く豊かになる。だから私の胸は………恥ずかしいけれど、ものすごい。四百年の間、まだ誰にも収穫されずに、ただただその時を待つだけの、大きく実るだけ実った超果実状態だ。あまりにも大きく実りすぎて恥ずかしいから、下着の上に『 矯正具 』を着て小さく装おっているのだけれど………いつか、コックリに………うう〜 た、堪能して貰いたい!
「さあ、あとちょっとだ。頑張ってな。」
分かったわ。階段を上っていくごとに、旅人が多くなって階段ですれ違うことが多くなる。私が上ってくるところを見て、旅人がホーッっと見惚れて何人かが階段から足を踏み外したので、やっぱり今度から顔を隠そう。そんなに私は、足を踏み外してしまうほどの容姿なのだろうか………? そういえばコックリが『 百人の男性がいたら、百人振り返るよ。 』と言ってくれたけれど………嘘ばかり………コックリは百人に入ってないじゃない。私は、百人の男性よりもコックリ一人だけでいいの………彼は………大好きだよ、と言ってくれたけれど………不安だよ………。
エルフの里にいた頃は、こんなこと考えることなかったな…………。
悶々としながら、上り続けること十五分………見晴らしの良い高台に着くと、はぁあ………憂鬱な心を晴らしてくれるような、素敵な建物が目の前に広がっていた。
「アラルフィ大聖堂………大聖堂のことを地域によっては『 ドゥオーモ 』とも言うね。」
大階段を上り切ったところには広場があって、人魚像の噴水が旅人を出迎える。その広場の奥にはさらに三十段ぐらいの幅広な大階段があって………その上には、見事なファサード(建屋の正面)を持つゴシック調の大聖堂が鎮座していた。
「はあぁ………サン・マルゴー大聖堂も良かったけど………アラルフィ大聖堂も素敵………。」
アラルフィ大聖堂はゴシックの装飾に金色の顔料を用いているから、なんておごそかなんだろう………。ああ、広場の横にはバールがあって、大勢の旅人が上り切った疲れをエールやカフェで癒している。うう~ん いいよね、凄く良い紅茶の香気が漂ってくるわ。あとで休みましょ、コックリ。その時お茶菓子もいいよね?
「わはは、いいよ。」
コックリと私はさらに幅広の階段を上り、大聖堂内へと入る。わあぁ、大聖堂内も素敵………奥行きのある大聖堂は左右に十本ずつある四角い柱に支えられていて、なんとその柱にはゴシック調よりももっと緻密な彫刻で、複雑な文様を浮き彫りにしたうえで、さらに金色や黒などで華やかに色づけされている! 天井も見事な彫刻細工でこちらにも緻密な色遣いで………なにこれ!?
「バロック調といって、建物も調度品もすべて芸術作品の一つとして調和させる方式だ。これをするには芸術家を何人も抱え込んで、何年もかけて行わなければならないから、アラルフィは結構財力のある都市国家か、あるいは芸術家に優遇措置をしていたんじゃないかな。とくにここは『 天国の回廊 』とも言われているくらい、すばらしい芸術性なんだ。」
コックリが私の耳元でささやいたので胸がドキドキして………うう〜顔と耳が熱くなる。もう、気を取り直して………。天国の回廊かぁ~、へぇ〜そうなんだ。ああ、前方の祭壇も素敵………あら珍しい………祭壇の宙に鏡が奉ってある。楕円形の大きな鏡で回りの縁が黄金の装飾で………綺麗………。太陽………まるで太陽みたい………。
「ああ、アラルフィではあの鏡が守り神なんだ。アラルフィに降り注ぐ明るい太陽をイメージしているんだ。ヴェネリアは香木だったね。じゃあシス、俺は司教様に会ってくるから………ここで待っててくれるか?」
分かったわ、待ってる。早く戻ってきてね。そうしないと、若い男性にお茶を誘われて大変だろうから…………私が他の男性といたら、コックリは嫌でしょう?
「おお〜、たまにはいいんじゃないか?」
もう! 怒るわよっ! コックリはそれでいいの!?
私は頬を膨らませて怒りを露にする。もう!
「ふふ良くない。もちろん良くないさ。」
と優しい眼差しで、私の肩に温かい手を置いて…………はわぁあ、親指で私の肩を…………首の付け根辺りを優しく撫でて…………はわぁああ心拍数が一気に上がって…………いきなり…………いきなり何を?
「じゃあまた。待っててな。」
はわぁぁもうコックリは〜………私はたったそれだけで…………ドキドキのメロメロにされて…………長椅子に体を預けた。怒りが見事に消え去って、もう…………もう…………なんて私は単純なの? ズルいよ、コックリ! 反則だよ!
私は…………私は落ち着くために深呼吸してから回りを見た。
大聖堂内には見事な装飾の施された長椅子が前の方から続いていて、ちらほらとその長椅子に腰かけて芸術作品を見ている旅人達がいる。私は後ろの方で、誰も座っていない長椅子に腰かけた。そして正面にある見事な祭壇や天井画を見ては、ため息をつく。ああ、人々のくぐもったささやき声が石造りの館内に広がり、独特の空間を演出している………。
ふと私は、不思議な視線を感じたのでそちらを見た。
するとそこには、六~七歳だろうか……栗色のふわふわした髪の女の子が、私のことをホーッと見惚れて立っているのに気がついた。ふふふ……こんにちは…………。
「こ……こんにちは…………。」
私につられるように挨拶を返す女の子。かわいい。もし子供が授かったら………こんな女の子が欲しいなぁ。女の子の方が、いっぱい可愛い洋服があるから楽しいのよね。お名前は? お父さんとお母さんはどうしたの?
「私……メイです。この近くに住んでるの。お父さんは漁に出てる。お母さんは食事を作って、編み物してる。」
おお~、私の夢想のコンボが来た…………。
「お姉さん…………人魚姫様…………?」
え? 人魚姫って…………海の妖精の?
「姫様…………こっち。」
女の子は私の手を取ると、大聖堂を出て階段を下り、バールの隣の建物にひっぱっていった。
そこはアラルフィの歴史や郷土関連の博物館になっているようね。誰でも自由に入れるようになっていて、おお~、帆船の模型とか大聖堂の成り立ちとか、いろいろ書いてある。と、メイちゃんが私をある場所へと引っ張っていった。
「ここ……姫様…………。」
ああ~、ほんとだ。人魚姫の絵が描かれている絵がある……。ああ、言われてみると金髪で翡翠色の瞳だから私に見えなくもない……。あら、一緒に描かれているのは大柄な男性ね…………逆三角形の体の…………ああ、なんだかコックリみたい…………ふふ。私とコックリみたい…………ふふふ。結ばれるのかな?
ふむふむ、どんな謂れがあるのかな? 私はそこに書かれている内容を見て…………。
絶句した…………。
『 愛し合いながらも離ればなれになった、アラルフィ王太子と人魚姫の悲恋。愛し合っても結ばれない、人と妖精………。 』