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37 海底へ(光る海2)

 ■システィーナの視点



 複雑な海流のテラメディウス海の中央。

 そこは太陽のように輝く海が存在している。



 『 光る海 』



 長年、その海には何があるのか謎とされていたの。

 商人たちはそこに宝物があって、その宝物が光り輝いているのだと信じ……何十、何百というサルベージ船がその海に挑んで行った……。でもその海は複雑な流れのほか、いつしか危険な魔物が棲みつくようになり、誰も手が出せなくなってしまったのだそう。



 その光る海の中に、私たちはいる。



 その海の底には爽やかな空気の層が存在し、美しい緑の草原と、美しい樹木の森、そして美しい湖が、ゴーレムたちによって護られていた。



 いえ、真に護っているのはゴーレムたちじゃない……。

 そのゴーレムを生み出した者こそが、途轍もない深さの海の底にこの空間を創り上げ、護っているのだ。



 魔法の根源たる『 心 』を持った霊妙な鏡。



 アラルフィ大聖堂の守り神、聖鏡ラルフィールが……。



「聖鏡ラルフィール!? 何なのだそれは? おい、しっかりしろ!」



 ディートリッヒが呆然と見上げるコックリと私を揺さぶった。いち早く気付いたコックリが視線を宙に向けたまま話し始めた。



「あ、ああ……聖鏡ラルフィールとは……世界に数体存在する神秘の力を持つ鏡で……その一つであるラルフィールが、アラルフィ大聖堂に祀られている……ハズなんだ」



 そう、聖鏡ラルフィールはアラルフィ大聖堂にあった……ハズ……。

 あの時……ファロース諸島へ行く日の朝、私は早朝のミサで祭壇に祀られた聖鏡ラルフィールを見た……あの美しい輝きを……。あれは……あれは何だったのだろう? そういえばラフィ司教様が「聖鏡が神秘的な力を失ってしまった」と言っていた……。



「なるほど……そうか……そういうことか……」



 アゴ髭に手を添えたまま、コックリはつぶやいた。え? 何か……分かったの?



「ああ……聖鏡の元へ行こう。おそらくすべてを話してくれる」



 私たち三人は、丘の下で待つ巨大なゴーレムの後を追った。

 柔らかな草原を下り、鏡のような水面の湖のほとりを歩む。ああ湖の中には、長く美しい胸びれと尾びれを持つ空色の魚が水面を揺らすことなく悠然と泳いでいて……綺麗……。突然現れた来訪者に驚くこともなく、ゆったりとした動きで優雅に泳いでいる。



 風が通り抜ける明るい森は、大きく腕を広げた一本一本の木立からエメラルド色の光が落ちてくる。ああコックリの栗色の髪もサーコートも、エメラルド色にちりばめられて……。大きな大きなリンゴの樹は、森の中を甘い香りでいっぱいに包み込んでいる。でも、そのリンゴを食べる動物はここにはいないようで……鳥のさえずりさえも森からは聞こえない……。少しだけ……さびしい森……。



 樹間の開いた森の中をしばらく進むと、また緑の草原へとつながった。

 私たちが見上げる先にはなだらかに上る草原の丘と、その丘の頂上に静かにたたずむ美しいガレー船マリーフレア号の姿が……。



 ああ……天で輝くラルフィールの光を受け、露に濡れた緑の丘が煌めいている……。なだらかな丘を駆け上る風が、緑に輝く草原を次々に波立たせると……美しいガレー船が大海原を進んでいるような錯覚を覚えさせる。



「綺麗……」

「ああ……」



 私は……なぜかしら……涙が出てきてしまったの……

 感動したから……ではないの……

 そうじゃ……ないの……


 私は、漠然と気が付いていたのかもしれない……

 なぜここに、ラルフィールが存在しているのか……

 なぜここにマリーフレア号が存在しているのか……



「シス……行こう……」

「うん……うん……」



 コックリはもっと深いところまで理解しているのだろう。手甲を外した指で、涙をすくってくれた。

 うん……行こう……。



 私たちは柔らかい草原の丘を上って行く……。ガレー船を見上げれば、その背後には雲の代わりに空を泳ぐ海の獣たちの姿がある。優しい優しい声を掛け合いながら、空を泳ぐ……。



 素敵な世界……。



 丘の上は平坦で、広々とした草原だった。

 柔らかい草原にはわずかに、わずかに霧雨が降り注いで……その草原の中心に美しいマリーフレア号が静かに、穏やかに停泊している。その前には、装飾の施された木のテーブルとイスが、一組だけあった……。アラルフィ大聖堂の美しいバロック建築のような装飾を施された、素敵なテーブルとイスだ。



 私たちがそのテーブルに行きつく前に、船体に開けられた出入り口から、二体の小柄なゴーレムがイスを一つずつ持って出てきた。



 "さあ、お疲れのことでしょう。掛けてください"



 勧められるがまま、席に着く私たち。

 そのテーブルの上に、聖鏡ラルフィールは静かに静かに舞い降りて、その神々しいまでの美しさを私たちに見せてくれた……。楕円形の、燃え盛る太陽のような装飾の施された聖鏡が……。宙に浮いて音叉のような音を立てながらゆっくりと回転している。



 アラルフィ大聖堂の祭壇に祀られた聖鏡そのままの姿だ。不思議なことに、回転する鏡が私の正面に来ても、鏡に姿が映らない……。その聖なる鏡からは人のそれとは比べられないほどの霊妙な力が満ち溢れ、その力にただただ圧倒される……。

 その鏡は、コックリに語りかけた。



 "察しの良い神殿騎士殿ならば、すでに理解していることでしょう。私がここにいる理由を……この世界が創られた理由を……"



 コックリは静かにうなずいた。



「今アラルフィ大聖堂にある聖鏡は、精巧に作られたイミテーション……それゆえにあの聖鏡からは霊妙な力を感じなかった……。おそらく三百年前、アラルフィ王太子が別れる運命となった人魚姫に、本物の聖鏡である貴方を託したのですね……。そしてここは……この『 光る海 』は……」



 コックリは美しいこの地を見て言った。



「貴方が……。人魚姫……クレメンティア様のために創られた世界……ですね?」





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