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02.5 宿屋にて

第9話まで投稿しておりましたが、登場人物の厚みをもたすために、2話目と3話目の間に一話挿入します。

 

 ■システィーナの視点



 コックリは、宿にしつらわれた棚に旅の荷物をドカドカと置いていく。

 もう! もうちょっと優しく扱って! 大切な思い出の品とかあるんだから!



「おぉ~、そうだった? 悪い悪い。」



 コックリは、ひとに怒られたのに………嬉しいような、喜んでるような、イタズラっぽい顔で笑う。うう~、また私の弱い、あの笑顔でごまかしてっ! ズルイ! もう! ズルイよっ!

 彼は怪異の時の情報収集や推理などはものすごく緻密で事細かなのに、身の回りのことはかなり大雑把で適当だ。宿を取っても、私がいなかったらすぐに部屋がしっちゃかめっちゃかになるんだもの………。うう~ん、片付けができないという、子供っぽいところがあるのよね。

 ふふふ、だからこそ私がいないとダメよね。

 神殿騎士………とか言っちゃってるけれど、まったくお堅い感じじゃないし、聖職者に見えないし、フランクだし………んん、いや他の人の前だと、お堅いのよね。ああ~、私の前だけなのかな。それだと嬉しいな。



 私はベッドに腰掛けて足をブラブラさせながら、棚に荷物を置きなおすコックリの大きな背中を見ている。うう~ん、本当に大きい。肩幅は広くて背中も大きいのに、腰は肩幅の半分くらいしかなく、本当に逆三角形という表現が正しい。お尻もドッシリとしていて………うう~ん、いいお尻よね。



 彼と出逢ったのは一年前のことだけれど、最初に見た姿はこの背中だ。その時私は、「この生物は何?」って思ったことを覚えている。



 私は四百年間、世界の屋根と謳われる峻険なリートシュタイン山系のさらに北、起伏に富む広大な巨大樹の森で、人間とかかわりを持たず暮らしてきた。ほかのエルフと森の動物たちと共に、自然のままに、季節に合わせて暮らしてきた。本当に季節のままに。

 春は冬の内に閉めた畑を耕し、羊たちの出産を助け、夏は畑の手入れを行いつつ羊たちの毛を刈りチーズ作りをする。秋は畑の収穫を行い、森に生る果実を収穫し里の皆で収穫祭を楽しみ、冬は寒さに震えながらも糸を紡ぎ、服を作る………四百年、変わらずに生きてきた。



 私はずっと親と暮らしてきた。親と言っても、見た目は自分と同じ二十代に見える親だ。私を嫁にしたいと言ってくれるエルフの男性は多かったのだけれど、私はどうしてもそのひとたちに惹かれなかった。千年以上生きるエルフだからこそ、永遠ともいえる長い期間、そのひとを愛せる自信がなく縁談を断っていた。いつか永遠に愛せる………そんなひとが現れる………父も母も、特に焦ることはなかったのは、適齢期があまりにも長いエルフだからだし、父も母も三百年以上独り身だったからだ。



 永遠に続く変わらない暮らしの中、ある怪異が私の里を襲った。その怪異は人間の町や村にもおよび、大きな被害を与えた。そのような異変は過去に経験がなく、我々エルフもなすすべなくただただ被害者を増やしていくだけだった。



 そんな時………、彼がやってきた。



 エルフにはない、大きな体と明るい栗色の髪、そして琥珀色の眼をした神殿騎士が………。



 彼は誰もが見逃してしまうような小さな変化や小さな相違を見逃さず、論理立てて怪異を解決していった。私は彼の外見からは全く異なるその繊細な能力や、また外見通りの戦闘能力に目が離せなくなってしまった。



 彼は怪異の後始末のため他のエルフの里や人間の町を巡るようになり、私の住む里には週に一度来るだけになった。私は彼をもっともっと見ていたかったし、もっともっと話をしたかったから、里での彼の世話を買って出ていた。彼といると幸せな気分になり、振る舞った手料理を「美味しい」と「お代わりがほしい」といってモリモリ食べてもらえると………天にも昇る気持ちになれるのだ………。



 だから私は、いつの間にか彼が里に来ることを心待ちにしていることに………そして彼が他の里や人間の村に行ってしまう悲しさと寂しさに………愕然としてしまった。



 彼のことを想うと………農作業や家畜の世話に身が入らず、家事にも手がつかず、ただただ想いが募っていくばかりだった。



 そしてついに、怪異が終息した………と彼が判断し、もう里に来ることはないと言われた時………。



 私の中で………何かが弾けたの。



 私は、何の荷物も持たず、彼について行った。彼のコートを掴んで、決して離さなかったの。

 彼は私に、「帰った方がいい、戻った方がいい」と言ったのだけれど………彼と離ればなれになってしまったら………私………私………。



 彼は、迷い、戸惑いながらも私の同行を許してくれた。



 私は彼の怪異捜査に協力して、彼を助けようとした。でも私は慣れない人間の世界で、人々に囲まれ、体調は崩れ、彼の足を引っ張るようなことばかりしていた………。



 でも………彼は怒りもせず、迷惑がることもせず………逆に私を、いつも、どこでも、自分のことよりも気遣って、優しく接し護ってくれた………。



 時が経つにつれて、どんどん想いが大きくなって、どんどん想いが深くなって………彼の良い部分も悪い部分も、ひとしく好きになっていった………。



 だから………だから、いつも………不安だった。

 彼がいつ「里へ帰れ」と「森へ戻れ」と言ってくるのかと………。

 いつも不安だった………。

 彼がいつ「他に好きな女性がいる」と言ってくるのかと………。



 だから、ヴェネリアの晩餐会のとき、私を抱き寄せ、抱きしめ、大好きだよ………と、温かい唇で、口づけしてくれたとき…………私は…………もう、私は…………。



 私は彼に、私のすべてを知ってほしい………。

 私も彼のすべてを知りたい………。



 でも、彼は今…………私を遠ざける。どうしてなんだろう。

 どうして…………?





「…………どうしたの? 怖い顔して。」



 はわあぁ! コックリが間近で私の顔を覗き込んでた!

 な、ななな、何でもないの! こ、怖い顔? そんな顔、見られたくなかったよ。



「怖い顔も似合うよ。さあ、整理整頓できたよ。」



 怖い顔は似合いたくない! でもコックリが指し示す棚を見たら、私は怖い顔になった。



「整理整頓できてなーいっ!」



 しっちゃかめっちゃかじゃないっ!





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