23 海底へ(大陸斜面前)
■システィーナの視点
コックリと私とディートリッヒは、海妖精の男性兵士さんに連れられて白いサイコロが並ぶ可愛い町を横断する。ふふ、小さな子供たちが手を振ってくれて、もう可愛い! ホワホワなほっぺたなんだもの、私もほしいなぁ……でも……諦め……よう。
ううん、気を取り直して………住宅の区画を抜けると…………素敵! 落差はないけれど幅が広い滝があって、さらさらと静かに、優雅に流れ落ちているの。まるでカーテン、透き通ったカーテンみたい! ああ〜、もしかして王宮の水の棚田から流れ落ちてきているのかなあ。滝の裏がトンネルのようにえぐれていて、そこを通って…………はわぁ! 水のカーテン越しに向こうの景色が見えるの!
「おおぉ〜、涼やかだな〜」
ホントだね♪ 無事に戻ってこれたら、涼みたい! ううん涼む!
私たちは静かな滝のカーテンを越えると、そびえ立つ岸壁に着いた。そこには、おぉ〜トンネルがあって鉄格子がついているよ。鉄格子の先は、コックリがやっと通れるかな〜くらいの、狭い、真っ暗なトンネルが続いていて、曲がりくねっているのか先が見えない。
「ここは外洋に続いている」
とディートリッヒ。なるほど、イザという時の秘密の抜け道かな。トンネルの中はヒヤッとして、風が吹き抜けている。コックリは身をかがめながら進んでいて、ああつらそう。トンネルの途中で何か所か鉄格子があって、そこも越えながらしばらく進むと向こう側の出口の光が近づいてきたんだけれど、よく見ると樹が繁っていてやんわりと出口を隠している。ああ、カムフラージュね。樹をかき分けてトンネルから出ると、あら意外………森になってるよ。南の島の森って感じでシダ植物とかヤシとか、ものすごい緑色の濃い大きな葉っぱが生い茂っていて、兵士さんがドンドン先へと歩いていく。ああ鳥の鳴き声とかどこからともなくして、やっぱり森はいいなあ、落ち着くよ。歩いていくとだんだん波の音が聞こえてきて………。突然、目の前が開けたの。
「おおぉ~、やっぱり綺麗だな~」
ホントだねコックリ! 森を抜けると、サラッサラの粒の細かい白い砂浜が広がっていて! アラルフィのような見渡す限りのコバルトブルーの海が広がっていた。はぁ~綺麗!
「おおぉ~、シス! あれ!」
「え!?」
コックリが指差す方を見ると浅瀬に海妖精の兵士さんたちが何人かいて………んん? 青色の艶やかなたてがみの白馬が十頭くらいいて………んん? 膝下から蹄にかけて透明な水かきが………ああ!
「ケルピー? いや、アハ・イシュケの方ね!」
■ アハ・イシュケ
海に住む馬の体を持った幻獣で、水陸両用の馬として海妖精の騎馬として用いられる。湖や川などの淡水に住むものはケルピー(淡水馬)と呼び、海や塩湖に住むものはアハ・イシュケ(鹹水馬)と呼ぶ。どちらも膝下から蹄にかけて美しい水かきを備えている。
「アヴァン殿は水馬に騎乗して海底を進み、光る海へ行ったのか………さすがだ」
「わあ~、綺麗な馬………深い海のような色のたてがみ………白いつややかな毛並み………綺麗………」
コバルトブルーに輝く海の波打ち際に、大きく、美しい水馬たちがたたずむ。陶磁器を思わせる美しい白い肌に、サファイアのように青く輝く美しいたてがみ…………その美しさに引き寄せられるように、私は近づいてしまったけれど…………逃げることも威嚇することもなく、逆に近づいて来てくれて…………この馬たちのリーダーと思われる一頭の水馬が私の髪や体の匂いを嗅いできた、ふふふ好きなだけ嗅いでどうぞ………。私はその水馬の鼻や首をなでると、気持ちよさそうに体を預けてくる。お腹の部分がなめらかな鱗になっていて、こちらは虹色に輝いている………綺麗。私が住んでいた巨大樹の森にも大きな湖があり、そこにはケルピーが生息していた。人間には襲い掛かる危険な幻獣なのだけれど、私たち妖精にはよくなつく良馬なの。ああ、でもコックリは大丈夫かな?
「うう~む、凄い警戒されているな………いや怖がられてる?」
コックリが近づくと、私に体を預けていた水馬が僅かに苛立って、他の水馬たちが怯えたように後ずさりする。普通の人間だったら襲い掛かるくらい攻撃性があるのに、やはりコックリの戦闘能力を感じ取ってか、怖がっている。私は水馬の首を抱き締めて声をかけた。
「お願い、この人をあなたたちの背に乗せてあげて。この人はあなたたちが感じたように凄く強い人だけれど、あなたたちに危害を加えるような人ではないの。お願い…………お願い…………」
私が声をかけると、私が抱き締めていた水馬が私をじっと見て………恐る恐るコックリに近づいて彼の匂いを嗅いだ。
「どう………かな? そこそこ、シスの匂いがするんじゃ? 髪から香る樹木の香りが…………」
嗅がれながらコックリが言ったら、水馬はすぐに私の元に戻ってきて………私の髪の匂いを嗅いで首を傾げているけれど………ああ、もう一度コックリの方へ行って彼に首を擦り付けてきた! ああ、ありがとう! 私ももう一度その水馬に触れてから、額を馬の首につけて何度もお礼を言った。
「ありがとう! ありがとうね」
「よかった、ありがとう。よろしく頼むな。シスありがとう、助かったよ」
コックリはそういうと水馬によって乱れた私の髪を………はわぁ………手で優しく梳かし始めて………。ちょ………待………い、いきなり………。
彼は優しく……ただただ優しく、私の髪を手で梳かしてくれて………はわあぁ……まま待って……はわあぁ……そんなに……そんなに、はわあぁ……。はわあぁ、コックリ…………。そんなに……そんなに髪に触られたら……私……私……。はわああぁ~。
か、髪に触るなんて…………は………反則…………。反則だよ…………。耳の先まで熱くなってきた………。
「そうか………十頭も水馬を用意したのは、どの水馬が俺になつくか分からなかったからか。ありがとうございます」
コックリは私の髪から手を離すと、兵士さんたちにお礼を述べた。はわあぁ……た、助かったぁ。私は水馬の首に顔をつける。ああヒヤッとして気持ちいい。その状態で何度も深呼吸して想いを断ち切る。よ、よし!
「大丈夫か?」 とディートリッヒ。「女の髪にむやみに触るものじゃないことを知らんのか?」
「ちょっと…………疎いところがあるから…………」
私は頬をペシペシと叩くと気分が一新した、よし! よし!
私とディートリッヒは特になついてくれた水馬にして、その水馬に鞍と手綱をつけた。よし、準備完了!
「じゃあ水中呼吸と水圧除去の精霊魔法をかけるわね。効果時間は半日よ」
「了解。効果が切れる前に、もう一度かけるとして………時間が分かるものがあるかな?」
「ああ、大丈夫よ。私たち妖精は精霊魔法がいつ切れるか分かるから、切れる前に継続の魔法を使うわね」
「なるほど、そりゃ安心だ」
私は自分とコックリに精霊魔法をかけ、ディートリッヒは自分自身にかけた。そしてヒラリと水馬にまたがると、コックリの合図を待つ。コックリは進行方向を指して一言!
「出発!」
「「おー!」」 と私とディートリッヒ。
「お気をつけて!」 と海妖精の兵士さんたち。
水馬は素晴らしい速さで駆け出し、水かきのある足の部分だけで海上を滑るように走る。うわぁ! 海面を走っているよ! 馬上から海を見下ろすと、透明な美しい海の下には白い砂の海底が! わあ、もっとゆっくり走って、ゆっくり見たいの! と思ったら、水馬は一つ大きく飛び上るとコバルトブルーの海へ飛び込んだ!
ゴボロボボボボボボボボボ…………!
水中呼吸の魔法はかけているけれど、思わず息を止めている私! 水泡のカーテンが目の前を隠す! 大小さまざまな泡は太陽の光で美しく輝き、天へ天へと駆け上っていく! わあ~無限のシャボン玉が煌めいているみたい! 水深は五メートルくらいかしら、すぐに底に着いたわ! 煌めくシャボンが消え行くと、目の前には信じられない光景が待っていたの!
「はわぁああああぁ!」
「おおおおおおぉ~!」
目の前には、息を飲むほどのエメラルドグリーンに輝く夢のような空間が広がっていたの! 美しい、ただただ美しい、心が躍る美しいエメラルドのグリーン! はわぁああ、綺麗! 森の緑が『癒しと安息』を与えるグリーンなら、海のグリーンは『興奮と感動』を与えるグリーンね。はわぁああ、海底は白い砂で覆われていて、太陽の光で照らしだされた波の紋様が、白い砂の上で揺れ動いているの! 水深が浅いから波の紋様が砂底に投射されているのね! ああ、私の体にも波の紋様が光輝いてる! なんて、なんて綺麗なの!?
「おおぉ~、綺麗だなあ! 凄いな! 凄い波の紋様だ! 透明度は信じられんが七十~百メートルくらいか!?」
「コックリ! 凄いね! なんて美しいの!?」
「ふっはっはっ! どうだ、凄いだろう!?」
珍しくディートリッヒが誇らしげに私たちを見る! うん! 凄いよ! エメラルドグリーンの海の内部は、相当奥の方まで見透せる! 奥の方はさらに深い緑色で分からないけれど、延々と続いている! 延々と白い砂底が続き、波の光紋が続いている!
白い砂底には、所々に珊瑚の丸い可愛らしい山が見えて、そこには小魚たちが遊んでいるみたい! 水馬が砂底を蹴るように泳ぐと、白い砂がもうもうと舞い上がって、ああ砂底に身を潜めていた平べったい魚がビックリして逃げていくわ! ごめんなさい!
「この白い砂底は、元々石灰の土壌か、珊瑚が砕かれてできたかで、それが堆積していったみたいだね」
そうなんだ! 私は全身に水の壁がぶつかるような感覚に最初は腹筋を使って耐えていたんだけれど、だんだん水流に慣れてきて大丈夫になった。馬車が加速して行くとき最初に感じる感覚に似ているかな? ああ、水馬が私の周りに上手な流れを作ってくれて、体にあたる水流を緩和してくれているのかも?
ああ〜、水馬の旅 最高! 水馬も上機嫌で海底を跳ねるように、優雅に進んでいる。海面がすぐ上にあって、見上げれば青い空と白い雲が水面越しに見えるの。なんだか天井に揺れ動く幻燈を映し出したみたい………水馬の旅 最高! あれ、私の乗る水馬が顔を右に向けて………目で私に右を見ろと訴えている?
おお! 右側にイルカの群れが泳いでいる! ああ、私たちに気づいて近づいてきて一緒に泳ぎだした! わあ、早い! 尾びれを上下に動かしてなめらかに、飛ぶように泳いでいる! 私たちを囲むように前後左右上下で泳いでいて! 触っていい!? 触っていい!? わあ、目がニッコリ笑っているみたいに閉じられて、可愛い! 小さなのこぎりみたいな歯が生えた口が開かれて笑っているみたいで、キュウキュウ鳴いてる!
「触っていいそうだ」 とディートリッヒ。
やった! ありがとう! 触らせてくれたら、ああ体がひんやりとして冷たい! 何頭ものイルカがなめらかな腹を上にして、逆さ泳ぎしているよ! お腹も触らして!
「おおぉ~、イルカと同じ速さで移動するなんて、思ってもいなかったな。今の時速がおおむね十五キロ~二十キロくらいか。こんな速さで海中を移動する日がこようとはなあ」
コックリが手綱を握りながら、しみじみと言った。ホントだよね! 私たちと並走していた何頭ものイルカが突然加速すると、海上に向かって凄い速さで駆け上っていく! そして次の瞬間、泡を残して海中から消えた!
「ええ!?」
と思った瞬間、大量の水泡を纏いながら、イルカたちが海中へと飛び込んできた! うわあ! 次々に駆け上がっては水泡を纏いながら飛び込んでくる! ああ! 私たちの前に、水泡の柱ができてる! 煌めく水泡の柱だ!
「システィーナ、貴女はどれほど動物や幻獣に好かれているのだ? 海妖精の私でもこんな歓迎は受けたことがないぞ。少し癪にさわるな」
うふふ、うれしい! 私たちを乗せた水馬は、太陽の光で煌めく水泡の柱の中を優雅に進んでいく。素敵!
「ディートリッヒ、この遠浅の海はどこから深くなるだろうか?」
「人魚の国の近海は場所により深いのだが、この方角だと数キロは平坦に近いなだらかな坂道だと思ってくれ。ただ、テラ・メディウス海は、突然大陸斜面がくる。」
そうなのね。ああ〜、ずっとこのまま続けば良いのに〜!
「ははは、無茶言うな!」 とディートリッヒ。
「おおぉ〜、珊瑚礁に突入するぞ!」
「わあぁ〜!」
行く先には夢のような海の森が待っていたの。赤や青、緑や黄色、紫色の色とりどりの森! 枝を四方にたくさん伸ばした珊瑚や カリフラワーのようにこんもりした形の珊瑚、平べったいプレート状で何層にも重なりあう珊瑚や バラのように幾重にも花開く珊瑚、草のようにゆらゆらと揺らめく珊瑚………たくさんたくさん! そして何よりも、黄色や赤、青、縞々の小さな可愛らしい熱帯魚が、まるで花園を舞う蝶のように、宙を舞うように泳いでいたの! 可愛い! 綺麗! いったい何万匹いるの? 花吹雪のようよ!?
水馬は珊瑚を傷つけないように、珊瑚の少し上を飛ぶように駆ける! 滑らかな足の動きでほとんど上下に動くことなく駆ける。大きな水馬が近づいてくるためか、熱帯魚たちが慌てて珊瑚の中に隠れていくわ。ああ、ごめんね! そしてここで一緒に泳いでいたイルカたちが離れていく………キュウゥ〜と口々に鳴いて胸ビレを振って…………またね! また一緒に泳ごうね!
ああ、途端に寂しくなってしまった…………。
「おおぉ~、いつのまにか海の色が変わってた………少しずつ深くなってきたんだな」
ホントだ。いつの間にか、だんだんと水深が深くなっていて…………それとともに海中の色はエメラルドグリーンからサファイアの青へと変貌していく………。遠くを見つめると、その色は深い紺色に沈み、まるで陽が暮れた直後の深くそこはかとなく忍び寄る宵闇のよう………。イルカと分かれて寂しくなったと思ったけれど…………もしかしたらこっちの理由の方が大きいのかな…………?
明るく楽しい海の遊び場から、静かで落ち着いた海の憩いの場に移り始めたみたい………。
「………凄い変化………。動から静へと急に変わったみたい………」
「ああ………本当その通りだね………」
今の水深は…………二十〜三十メートルかしら、よく分からないけれど…………海底から大きなゴツゴツした岩が出始めて…………岩の至る所にイソギンチャクが張り付きゆらゆらゆらゆら揺らめいて、私たちの訪れを迎えてくれている………。ゴツゴツした岩場は小さな隙間や大きな隙間があいていて、魚たちが出たり入ったり………安心して眠れる隠れ家なのね。
「うう~ん………こういう海も、好きだな………。落ち着いていて、吸い込まれそうな海」
ええ、そうね………。太陽の光の筋が何本も海中に落ちてきて………幾筋もの光が、岩場でたわむれる魚たちを優しく照らすの………。なんて神秘的な美しさなの………? 天を見上げれば、ただ一点に白く輝く光があり、その光を中心に明るい青が球状に広がって私たちの真上を照らしている………。
ああ海面付近では、小魚の群れが身を寄せあって一つの大きな生命体として乱舞して…………大きなうねりを見せながら、キラキラと光輝いているわ………。
「綺麗………」
水馬たちは、三頭横に並んで岩場と岩場の間を、優雅に、流れるように駆ける。ううん、翔ける、かも………。本当に普通の馬と違って上下に揺らされることがなく、氷の上を滑るソリのようになめらかに進むから………海中の静かさが………ひそやかさが、強調されるみたい………。周りを包み込む自然もそうさせるのかもしれない………。
ひっそりとした青い世界…………。
「シス。あっちを見てごらん」
コックリが指し示す方向を見ると、大きな大きな岩の丘があって、その丘の上に数頭のアハ・イシュケがこちらを見ている………ああ、野生の水馬だ………よく見ると、何頭か小さな小さな水馬がいる…………。彼らの大切な宝物だ…………。彼らの上に美しい光の筋が射し、白い体を淡く…………美しく発光させていて……………。
なんて………なんて綺麗なの………?
私はその姿をうっとり見惚れていると、私の乗る水馬もまた別の岩の丘へと登っていた。
「おっと………。皆ストップしてくれるか?」
コックリが水馬を制した………どうしたの?
「前を見てごらん…………」
「え……………………?」
前を向くと、ただただ青黒い海が見える。何もない、青く暗いスクリーン。え? 今まで目の前には、海底に鎮座するような岩の塊や魚たちが暮らす岩棚が見えていたのに……………………。
「え? 何も……………………ない……………………?」
そこにはただただ宵闇の青黒さを漂わせた海が広がり………………海底は急激に、大地の内部へと落ちこんでいた。
地の底に向かう急峻な斜面……………………。
百メートル先も見通せない、青く暗い、闇の世界……………………。
「来たよ………大陸斜面…………。ここから、別世界になる」




