21 会議の間
■コックリの視点
爽やかな白い光に包まれ、俺は目を覚ました。
最初に目に映った光景は、なめらかな白い岩盤の天井だ………ああ天井、天井か。仰向けに寝たのは久しぶりだ。最後に寝たのはそう…………一年前だ。いつもは体を横にして、システィーナに背を向けて寝ているからな。昨晩は俺一人で部屋を借り、寝た。約一年ぶりの一人の夜だ。
彼女が俺の旅に同行して最初の夜が、俺が一人で寝なくなった初めての夜であり、同時に仰向けで寝た最後の夜だ。体を横にして眠るようにしたのは、彼女に気を使って…………が一つだ。もう一つの理由は単純に…………彼女を襲ってしまいそうだからだ。初めて彼女の寝顔を見たとき…………俺は天使とはこのような存在であると確信するほどの衝撃を受けた。
「はあ………。」
俺は体を起こして顔をこすった。ここは人魚の国の王宮の一室、賓客用の宿泊室だ。女王との謁見後、食事と風呂を頂戴し、眠りに着いた。シスは隣の部屋で、ディートリッヒと寝ている。よく分からないがディートリッヒと仲良くなったようで、二人で話がしたい………と、そういう方向になったようだ。うう〜む、この二人、ファロースの漁村で喧嘩をしていたよな。
シスは……………………俺のせいで……………………泣いていた。
すまん……………でも、それが、君の幸せに繋がるんだ……………。
ベッドから降りると、滑らかな白い床のヒヤリとした冷たさが心地よい。俺はそのまま光が射す窓へと移動する。岩壁を横長にくりぬいた細長い窓だ。壁の厚みが五十センチくらいあるから、掘り抜くのは大変だったろうな。
窓からは青い太陽のような美しい人魚の湾が見える。その湾には残念ながら、幾つもの沈没船が漂っている。人魚の湾は城壁のような岸壁が綺麗な円形で周りを囲み外洋と隔絶していることから、どうやって沈没船が流れ着いたのかと見ていると、岸壁の海に沈んでいる部分に、大きなトンネル状の穴が開いているのが分かった。あの海底トンネルを通って湾内に流れ着いたのか…………。
俺は伸びをしたあと、昨晩の女王とのやりとりを思い出した。
――――――――――
俺とシス、女王クリスティアーネ、大臣アドルフ、そして兵士のディートリッヒは、妖精の多い謁見の間から応接の間に移動した。応接の間には、床から生えたかのような石の長テーブルがあり、椅子もまた床から生えた円柱形の可愛らしいものだった。二十人ほどが座れる長テーブルの片方に俺とシスが並んで座り、その反対側に女王と大臣が座り、ディートリッヒは女王の斜め後ろで立って室内を見ていた。
しかし…………この女王もまた美しいな。全体的な色味はシスと同じで、緩やかに波うつ美しい金髪と、深く美しい翡翠色の瞳に、雪のように白くきめ細かい肌が、よく似ている。違うところと言えば、目の形と顔の輪郭だろうか。目は、切れ長で涼やかな印象のシスに対して、女王は猫の目のようなアーモンド形の魅惑的な目をしている。顔の輪郭は、シスが卵型で尖った方を下に向けた丸みを帯びた感じなら、女王は細面の瓜実顔をしている。
そして一番の違いは、シスが二十代前半の爽やかな印象に見えるのに対して、女王は三十代の色香がムンムンとした妖艶な女性に見えることだろうか。その女王が魅惑的な笑みで俺に礼を述べた。
「神殿騎士殿、改めて感謝致します。ありがとう。」
「ありがたきお言葉です。」
「しかし…………解せませんね。」
「解せない…………? 何がでしょう?」
「突然亡者が襲撃してきたことも解せませんが、タイミングよく神殿騎士殿がこの地に訪れたということです。」
なるほど…………確かに解せないだろう。俺がその問いに答えようとしたとき、女王が驚くべきことを口にした。
「『 光る海 』で何かがあり、そこから沈没船が流れ着き、亡者が発生した…………。神殿騎士殿は、光る海を調べたくて、人魚に相談しに来た…………ということでしょうか。」
俺とシスは顔を見合せた。なぜ分かったのだろうか………すると女王は目を細めたので、思わずドキリとした。あまりにも、妖艶な笑みだったからだ。
「ふふ、実は神殿騎士がこの国へ来るとしたら、光る海を調べようということしかないと、当たりをつけていましてね。」
なるほど、かまをかけてきたのか。
「ふふ。その当たりもアヴァン殿の言葉から来たものでしたが………。」
「アヴァン殿の…………言葉…………? どういうことですか?」
「順をおってお話ししましょう。二百年ほど前の話です。神殿騎士アヴァン殿がこの地を訪れましてね…………。」
その言葉にアドルフ大臣もまた遠い目をした。
「彼は先代女王に、"光る海へ行きたいので、協力して欲しい" と依頼してきました。」
「何ですって? アヴァン殿が…………光る海へ、行きたいと…………?」
「ええ。」
意外な話しに、俺は興味を惹かれた。あの歴史上最強の神殿騎士が、神殿騎士の中の神殿騎士が…………タブーを犯していたのだ。
「それで…………協力はされたのですか?」
「ええ。彼には国を救っていただいた恩がありましたので。」
「アヴァン殿は、光る海へ行くことができたのですか? そしてその謎も解き明かすことができたのですか?」
「ふふふ………落ち着いて。そう…………彼は光る海へ行くことができました。しかもお一人で。」
「おお。」
「そして十日ほど過ぎたでしょうか…………彼は再び戻ってきました。」
「さすがアヴァン殿…………して、光る海には何が?」
「ふふふ。」
また目を細めて…………おお〜い、その妖しい笑みで焦らさないでくれ。このひとはシスより年齢は下だけれど、男女の駆け引きは上だな。いや、新鮮な感覚だ。シスは駆け引きなしの真っ直ぐな心をぶつけてくる性格で、表情にも表れやすい…………そこが堪らなく可愛らしいんだが…………この女王は妖艶なシスを見ているようで新鮮だ。
「ふふ。戻ってきたアヴァン殿は…………光る海のことは教えてくれませんでした。」
「ええ? なぜです?」
「何やら深い理由があったようですね。そして、こうも言っておりました。"光る海は、触れてはいけない場所。神殿騎士のタブーとしますので、他の神殿騎士が協力を申し出ても、断って頂きたい"と。」
「え!? ちょ、ちょっと待ってください!」
俺とシスは顔を見合せた。おかしな点が二つあったぞ。
一つ目は、光る海へ行ったのに、何があったか教えなかった? 協力してもらって、協力者に何も報告しないだって?
二つ目は、神殿騎士のタブーとします…………という言葉! ということは、アヴァン殿のいた頃はタブーではなく、アヴァン殿がわざわざ作ったタブーだった!? アヴァン殿がタブーを作った…………確かにアヴァン殿クラスの神殿騎士なら、神殿騎士隊のルールを作ることは容易いだろうが…………神殿騎士が知ってはならない『 何か 』があったというのだろうか。
俺は女王の前だということを忘れて考えに耽ってしなった。あまりにも衝撃的だったからだ。タブーとしたのがアヴァン殿で、さらには他の神殿騎士に協力をするな…………と。
しばしの間考え込んでいると、俺の太ももに手が置かれた。白くて艶やかなシスの手だ。俺は、場を思い出した。すまんシス、ありがとう!
「申し訳ございません、あまりにも衝撃的だったもので…………。アヴァン殿は皆さまに協力して頂いたのに、何があったか教えなかったのですか?」
「ええ、教えてくれませんでした。」
「それに、他の神殿騎士に協力するな、ですか?」
「ええ。」
これは…………なんなのだそれは。なぜそこまでして、光る海を隠そうとしているんだ?
「アヴァン殿と同じ方法で、海妖精の方が行かれたことはないのですか?」
「ええ、いません。」
「なぜでしょうか?」
「ふふ。あそこに行くまでは、とても危険なのです。」
「海の化身である海妖精でも危険なのですか?」
アドルフ大臣が頭を掻きながら口を挟んだ。
「実は同じ方法で何名かの腕の立つ者が行ってみようと試みたのですが、皆途中で戻ってきました。何せ、方向さえ分からない真の暗闇の上、海の魔物も多くいたようでしてな。」
「なるほど。暗闇…………ということは、アヴァン殿は光る海の海上、真上から行ったのではなく、暗い海の底を進んで行ったということですね?」
「爺…………。」
女王が苦笑しながらアドルフ大臣を見た。アドルフ大臣は、あちゃーという顔をした。その時、珍しくシスが発言した。
「あの…………彼に御助力………いただけないでしょうか?」
どうかお願いいたします、と言ってシスが頭を下げたのを見て、女王が目を細めた。
「システィーナさん、でしたね。ふふ、実は貴女のことが気になっていました。貴女と神殿騎士殿のご関係をお聞かせ願えますか?」
「え…………?」
シスはビックリして頭を上げて女王を見た。女王はにこやかな笑みを向けているが、返答次第で協力するか否かを決める…………ような迫力ある笑みにも見えた。おいおい、そりゃあないんじゃないですか?
「あ、あの! わ、私…………は、その…………!」
シスがしどろもどろになって言いあぐねているのは、彼女もまた迫力ある笑みに何かを感じ取ったのかもしれない。すると…………。
「横から失礼しますが、第三者の目から見て完全な恋人です、女王陛下。本人の立場から言うよりも、第三者の立場から言う方が信頼性が高いかと。」
と、ディートリッヒが代わりに回答したので、シスがビックリしてディートリッヒを見た後、顔を、耳の先まで赤くした。顔を伏せながら、か 完全な恋人って…………と呟いている。俺も少し照れ臭かったが否定もしないので、女王も納得したようだ。
「ふふ、そうですか。この堅物がそこまで言うならそうなのでしょう。」
今度はディートリッヒが、か 堅物って…………と呟いていた。
「実はある二つの理由から、協力しようと考えておりました。」
「! ありがとうございます! …………ところで二つの理由とは?」
「ふふ。一つは貴方が恩人だからです。この国を助けて頂きましたし、ここにいるディートリッヒとアーデルハイトも助けて頂いた恩人ですものね。恩人の願いを無下に断るほど、海妖精は恥知らずではありませんので。」
「ありがとうございます。」
「そして二つ目は、実はアヴァン殿が例外を言っておりましてね。」
「アヴァン殿が…………例外を?」
「ええ。"妖精を連れている神殿騎士なら、協力してやってください"ということでした。」
「はい?」
妖精を連れている神殿騎士なら協力する…………? なんだその理由は! アヴァン殿、どのような思考だったのですか!?
「もしかしたら、精霊魔法を使えるものがいないと無理だから…………ということなのかもしれませんね。何せ、出発から帰着まで十日ほどかかったので…………。」
「ああなるほど、そうですね。その間、水中呼吸と水圧除去の精霊魔法は、連続で使わないといけませんし…………。」
どちらの精霊魔法もおおむね十二時間ほどできれるから、妖精のお伴が必要だろう。ふーむ。うう〜ん。
だが…………その程度の理由で『 タブー 』にするのだろうか? そもそも、妖精がいて初めてチャレンジできることだから、タブーにするまでもなく、神殿騎士一人の力では無理だ。『 妖精の協力が得られないなら、チャレンジするな 』という方がいいんじゃないか?
何より…………何よりおかしいのは……………………アヴァン殿が光る海の情報を、法王庁にさえ報告していないことだ。神殿騎士は、怪異の情報共有化のため必ず怪異の報告を法王庁へ上げないといけないのだ。
引っ掛かる……………………引っ掛かるな……………………。
と再び俺の太ももに手が置かれた。ああ、すまん。ありがとうシス。
「アヴァン殿はどのような方法で光る海へ行ったのでしょう?」
「ふふふ。」
女王が話した方法は、あまりにも…………あまりにも、何もひねりもない方法だった。
「ふふふ。準備はすぐにできるでしょう。明日の昼には出発できるはずです。」
「ありがとうございます、よろしくお願いします。」
とその時、ディートリッヒが背筋を伸ばして進言した。
「女王陛下、神殿騎士殿。お願いがございます。」
「なんです、ディートリッヒ?」
「私も同行させていただきたく。」
その言葉に女王が片方の眉をピクリと上げた。
「理由はなんです?」
「はっ。私は助けられた恩がありながら、システィーナ殿に無礼な対応を取りました。その罪滅ぼしの為、彼女の護衛をしたく!」
「「また?」」
女王とアドルフ大臣がハモった。ああ、ディートリッヒは問題児で常習犯なんだろうな。…………というか助けたのは俺で、俺にもひどいことを言ったのだが、なかったことになっている?
「神殿騎士殿、こう言っておりますが、いかがでしょう? 精霊魔法を使える者が二名になるというのは、悪くはないかと。」
「私は特に問題ございません。が、命の保証はしかねますが。」
「私は構いません。兵士になってから、死の覚悟はできております。」
「なるほど………。ではディートリッヒ、護衛をして差し上げなさい。」
「はっ! ありがたき幸せ!」
「固いわねえ、相変わらず。」
女王が苦笑しながら、海妖精の中でも特別変わり者よ、と言った。ああ、やはりそうか。そうだと思った。
■光る海のまとめ
謎:
①何があるのか?
②今、何が起きているのか?
③なぜ聖霊の啓示がないのか?
場 所:
アラルフィから三百キロ南
人魚の国から二百五十キロ南
時 期:
分かっているだけで二百年前から光りはじめる。
(もっと前からの可能性も。)
発光時間:
一日中、昼夜問わず
海の状況:
①二百年前 : 穏やかな海
②現 在 : 三つの危険性
②-1 天候
②-2 潮流
②-3 魔物
③海溝がある。
③-1 海溝の底から光
③-2 柔らかな太陽のような光
移動方法:
海中を進む
特記事項:
①神殿騎士アヴァン・ヘルシングが光る海へ行った
②戻ったあと、神殿騎士のタブーとした
③妖精がいる神殿騎士ならばタブーとしない
④アヴァンは法王庁へ報告していない




