17 人魚の王宮
コックリとシスティーナが人魚の国に到着する少し前。
人魚の国の王宮内での話だ。
人魚の王宮は、アラルフィ同様 岸壁の中腹にあり、謁見の間からは美しい人魚の湾が一望できる。青い太陽のごとく、美しく青く萌える湾だ。しかし今、この美しい湾には青さを汚す不釣り合いなモノが漂着している。ヘドロや藻にまみれた、大小様々な沈没船だ。
時刻は夕暮れ刻………真っ赤に燃える太陽が、美しい水平線の彼方へと沈み始め、人魚の王国を赤黒い闇に染め始める。普段ならば、眼下に広がる町では妖精たちの夕げの暖かな光に包まれ、幸せな食卓を、幸せな町を、幸せな国を、統治する者に伝えてくれる頃だ…………。しかし、町には明かりもなく、賑わいさえもない…………。
謁見の間ではゆったりとした身なりの人魚の老夫が、テラスの入り口と柵の短い距離をせわしなく行ったり来たりしている。白髪の混じった銀髪と、額や頬、口元の深いシワが特徴的な人魚だ。そのひとは齢三百歳になろうかという、人魚の国の大臣アドルフだ。
■人魚の国の大臣 アドルフの視点
ああ、参ったぞい。ああ、参ったぞい!
これは国の危機じゃ! この国で二度目の危機じゃ! まさか生きているうちに二度も国の危機に遭遇するとは………わしゃぁ、何とついておらんのじゃぁっ!
三日前…………この人魚の湾に突如複数の沈没船が漂着したのじゃ。大小三十はある、人間の作った船じゃ。しかも相当に古い船じゃ…………。
漂着………………漂着じゃ………………!
それだけなら………………漂着しただけなら問題はなかったのじゃが………この沈没船は………………怨念にまみれておったのじゃ!
怨念にまみれたものは、そこから不浄なる魂の世界、汚冥界と現世を繋げる『 扉 』となり、そこから邪悪な亡者たちを連れてくるきっかけとなってしまうのじゃ。
三日前の晩、漂着したその扉から突如として亡者たちが現れ! この国を強襲し、人魚たちを襲ったのじゃ!
あまりにも突然のこと………多数の被害者を出してしもうた………!
兵士たちが応戦したのじゃが、いかんせん亡者には通常の武器は効かず、精霊魔法で応戦するものの、元を絶たなければ後から後から涌いてくるばかりで…………くうぅ〜、これだけの数…………これだけの数は…………!
人間の司祭に頼るべきか…………! 人間の司祭ならば、広範囲に亡者に打撃を与える魔法を使えるし、開いた扉を封じることもできる………。昔、わしが世界中を旅して回った頃、幾度となく人間の司祭が魔法で亡者を消滅させていたのを見た! 司祭さえいれば…………!
じゃが、これだけの巨大な扉…………。
人間の司祭でも…………三十人くらいいれば何とかなるんじゃろうが…………! くうぅ〜! 大きな街でもそんなにはいないはずじゃ! くうぅ〜! どうする!? くうぅ〜!
「お爺ちゃん、怖いよう!」
わしのローブの裾に、可愛らしい女の子がしがみついた。おお、ドミニクのところのエルミンヒルデじゃ! おぅおぅ、可愛そうにのう、可愛そうにのう…………。ほかにも泣きながらわしのローブにつかまる幼い人魚たち…………。謁見の間を見ると、避難してきた数百名の年老いた人魚や幼い人魚たちが、不安な面持ちでワシを見ている。
今、兵士のほかに、町の若い人魚たちが亡者の進行を食い止めようと、町の至るところに潜んでいる。と、その時じゃ! 王宮内で感嘆のため息がこぼれたのは! わしが振り向くと………………それはそれは美しい女性が謁見の間に現れたところじゃった。
「女王陛下!」
そこには魅惑的なアーモンド型の目と宝石のごとき翡翠色の瞳、雪のように輝く白い肌の、まことに、まことに美しい女性がいたのじゃ! こちらにおわす美しい人魚こそ、この国を治める女王陛下クリスティアーネ様じゃ!
クリスティアーネ様は美しい金髪をまとめ、ヘルムをお被りになっておられる! さらには美しい青色のスケールアーマーに身を包んでおられ………………なんですとおお?
「女王陛下! その出で立ちは、まさか!?」
「まさか、とは何です! 国の危機に女王自らが動かずして何が女王ですか!」
「し、しかし!」
女王陛下の勇ましい姿に子供たちが泣き止んだぞい。しかし女王陛下は強力な魔法は使えるものの、近接戦闘はからきしでは御座らんか! そんな方が亡者の近くに寄っても! 齢二百三十歳になられるというのに、何とお転婆じゃ!
「年齢は関係ないでしょう!」
くおおぉ! 聞こえておったか! その時、焦ったようすで謁見の間に一人の兵士が飛び込んで来おった! 兵士は女王陛下の勇ましい姿に驚いたが、すぐさま膝をついて報告した!
「女王陛下! アドルフ大臣! ご報告致します!」
「なんじゃ!」
「再び、沈没船から怨念が出始めた模様です!」
「くうぅ〜! 日が暮れた途端か!? できる限り町へは上陸させず、しかし無理をせず、引きながら応戦するのじゃ!」
「はっ、承知しました!」
くうぅ〜、三日目も同じ作戦じゃ! これでは根本的な解決にならんし、こちらが消耗するだけじゃ! 一刻も早く、人間の司祭を連れてこなくては…………! その時じゃった!
ゥヲヲヲオオォォ…………
ゥヲヲヲオオォォ…………
ゥヲヲヲオオォォ…………
地の底から這い出るような…………恨めしい、不快な響きの声が聞こえてきたのは…………。湾を見れば、黒い霧が立ち込め始め、淀み、渦を巻き始め…………おぞましく……………………蠢く何かが現れ始める。
「「きゃあああぁぁぁっ!!!」」「「来たあああぁぁぁっ!!」」「「うわああああぁぁぁん!!!」」
一斉に泣き出す子供たち…………! くうぅ、情けない! こんなに幼い子供たちが怖がっているのに…………わしは何もできんとは…………!
おぞましい声に反発するように、精霊魔法が町の至るところから発動される! いくつもの光の筋じゃ! 光の筋は出現したばかりの亡者を撃ち抜き、消滅させる! くおおぉ! その調子じゃ! もっとやれい! 多くの光の筋によりいくつもの蠢く影が消滅していく! よし! よし!
じゃが…………じゃが湾の上に蔓延る黒い霧がさらに…………さらに濃さを増したその時…………! おびただしい程の小さな影と、目を疑う程の巨大な黒い影が、いくつも蠢き出したぞい! くおおぉ来おったか! 巨大な影からは、触手が! 何本もの触手が! 町に潜む仲間たちを襲い始めたのじゃ!
「くうぅ! クラーケンにオクトパスの亡者か!」
ドカンッ!! ドカンッ!! と家々が破壊され! 「「ぎゃああああ!!」」「「わああああ!」」 と叫び声や悲鳴が聞こえてくる! くおおぉ! おのれ、おのれええええい!!
ドカンッ!! ドカンッ!! 「「ぎゃああああ!!」」
ドカンッ!! ドカンッ!! 「「うわああああ!!」」
くおおぉ! やめれい!! やめてくれえええい!! もうたくさんじゃああああ! 若い命が散っていくのはたくさんじゃああああぁぁぁ!
「「うわああぁぁぁん、パパー!!」」「「ママアァァァ!!」」
くおおぉぉぉぉ! 頼むううう! 誰かああ、助けてくれえええ! 頼むうぅぅぅぅ!
その時じゃった!
湾の端から、一筋の金色の光が放たれたのは! なんじゃああ、精霊魔法の光り方じゃないぞい!?
その光は! 湾の中央で! 涼やかな音とともに華開いたああぁ!! 黄金色の巨大な華は! 美しい金色の火花の破片になって! にっくき亡者どもに降り注いだああああああ!!
「「ああ! 燃えてる!」」「「亡者が消えていく!」」
黄金色の光の結晶に当たった亡者たちは次々に燃えだし、苦しみ始め、消滅していくううう! うおおおお、あれは昔見た聖魔法の魔を払う光じゃああ!
「「おおおおおおおお!!!」」
町の至るところから喚声が上がったああ! 無事な者がまだたくさんいるぞおお!
じゃがビックリこいたのはこれからじゃああ!
突如として、数十発もの金色の華がああ! 湾全体をおお! 染め上げたのじゃああああああ!!
「「「「おわあああああ!!!」」」」
な、なんじゃこらあ!? 人間の司祭が二十人くらい来とるのかあっ!! わしの記憶が確かなら、これだけ巨大な魔法は一人の司祭で二〜三発位しか放てんはずじゃがっ!? もう、五十発くらい…………なんじゃこらあ!? 瀑布か!? 大瀑布かああぁ!?
そう思ったら…………なんじゃありゃあああっ!? 水面を金色の光が凄まじい速さで走り始めたああああ!? なんじゃありゃああ、龍かあああ!? 光る龍かあああ!?
光る龍は、縦横無尽に水面を駆け巡り、にっくきクラーケンどもを瞬殺していくううううう!? なんじゃありゃああああ!? なんじゃありゃああああああぁぁぁ!?
光る龍は、王宮の高さまで飛び上がると、一つの沈没船の上に降り立ったあああああ! なんじゃありゃああ!? ももも、もしやあれはあああ! 一度目の国の危機を救ってくれたあの方かああ!? 女王様も目を見開いて同じ事を思っていたようじゃああ!
「し、神殿騎士アヴァン殿!?」
「そうじゃ! 神殿騎士アヴァン殿かあああああ!!?」




