15 コテージにてディートリッヒと
■システィーナの視点
亡者の船団と亡者化した海の魔物が、海妖精の住む島に突如現れた………これも光る海が関わっているのかしら? 関わっているとしたら、それを証明する証拠のようなものがあるかしら………そうだ!
「亡者の船団の中に、サルベージ船はなかった?」
「サルベージ船? それはどんな船だ?」
ああ、見たことがないと分からないよね。
「頼む! 貴女ほど可愛らしい妖精を一人で旅に出すはずがない。仲間の森妖精がいるはずだ! 力を貸してほしい!」
「亡者の船団はどのくらいの数だったの?」
「暗くて分からなかったが………三十以上はあったはずだ!」
「亡者化した海の魔物は?」
「分からん! しかし至るところに触手のような腕があった!」
一つの船に五十体の亡者が乗っていたとしたら、千五百体………さらに亡者化した魔物も………! アラルフィの町に流れ着いたクラーケン級だったら………胴体だけで三十メートルあったけれど………一体でも大変そうだ。
「貴女の仲間は? 戦士たちは何名?」
「…………五百はいない。頼む! 森妖精の力を貸してくれ!」
海妖精のディートリッヒは私に頭を下げた。私はここで初めて本当のことを告げた。
「仲間は………いない。私は、先程の神殿騎士と………二人で旅をしているの。」
「仲間がいない!? 人間と二人で旅をしている!?」
ディートリッヒは………期待していたことが裏切られたという表情で………私は罪悪感を覚えた。情報を聞き出したくて、今まで本当のことを告げなかったからだ。
「彼なら………神殿騎士の彼なら、力になってくれるわ! 彼なら………」
「冗談じゃない! なぜ人間などの力を借りなくてはならない!?」
私はまたムッとした。………けれども、そういえば私も、私の里の皆も最初コックリを受け入れなかった………。なぜ私たち妖精は、人間を受け入れないんだろう。なぜ?
ああ、そういえば私は子供の頃から里の長老に(といっても若くみえる)「人間は恐ろしい種族なので関わりを持ってはいけない」って言われて育ったからそれを信じて生きてきたけれど………実際はそんなでもなかった。里の一部の男たちは人間の町まで出向いて取引をしていたし、関わりを持つなというなら………その取引さえもしないはず。恐ろしい種族………たぶん怖い人間、恐ろしい人間もいるのだろうけれど………関わりを持つな、と言われるレベルではない………。
あれ? 何でだろう? 私が考え込んでいると、ディートリッヒが突然、置かれてあったスケイルアーマー(鱗状の鎧)を身に纏い始めた。
「何をしているの?」
「知れたこと! 仲間の元へ戻るだけだ!」
「私の仲間に助力を頼んでおきながら、一人で戻っても仲間のためにはならないでしょう? 仲間を助けたいのではないの!?」
「当たり前だ! 助けたいに決まっている!」
「じゃあ、なんで彼に助けを求めないの!?」
「人間など、信用できん!」
「なぜ信用できないの!?」
「人魚姫を裏切った人間など信じられるか!」
ああ、そうか………。アラルフィの王太子のことで、人間全てを信用できなくなっているんだ。そういえば、コックリを特に避けるようにしたのは、あの大きな体が王太子に似ていたからかしら。
「人間全てを信用しろ、とは言わない! けれども、彼だけは信用して!」
「何だと!?」
「彼だけは信用して!」
「あの男だけ? そんなことすぐに出来……!」
ディートリッヒは次の瞬間、あることに気がついたようだ。そして突然、攻撃的な目で私を睨み付けた。
「そうか、分かったぞ。お前はあの男に………。」
明らかな侮蔑の色! 強い軽蔑の色! 激しい侮慢の色で私を見た!
「………自分の男だけは、特別だから信用しろと? はっ!」
そう吐き捨て! 汚ならしいモノを見る目で私を見た! その言葉に! 瞬間! 私の全身の毛という毛が、怒りで逆立つ! さらに彼女は嘲罵を続けた!
「自分を抱いた男は特別だと思うのかっ? はっ 可哀想にな! お前もきっと裏切られ捨てられるだろう!」
「なっ! んですってっ!?」
「人間は汚い! 欲望だけだ! あの男もな! お前も裏切られ、捨てられる!」
「なっ! にっ!」
私はっ! 私はっ! 私はっっ!! 四百年生きた中でっ! これほどの怒りにっ! 打ち震えたことはないっ!! ないっっ!!!
「彼の侮辱は許さないっ! 彼は裏切らないっ!」
「はっ! 願望かっ!」
「彼はっ! そんな人間じゃないっ!」
「目が曇っているんだよ!」
「何も知らないくせにっ! 知った口を聞かないでっ!」
「目を覚ませ!」
「彼は! 彼は私を一度も抱いてないっ! 抱こうともしないっ!」
「何だと!?」
「彼はっ! 私を心配するあまりっ! 私を抱こうとしないっ!!」
「はっ!?」
ディートリッヒは、わけが分からないという表情で私を見た。私は悔しくて悔しくて………ただ悔しくて、悔し涙を流すのは初めてだった!
「彼は………! 彼はっ自分が死んだあと………っ! 私がほかのエルフと結ばれるよう………っ! 私に彼の痕跡を残さぬよう………っっ! 私を………っっ! 私を抱かない………っっ!」
「な………に?」
「彼は………っ! 私を愛してくれているから………っっ!! 私の………!! ために………!! うう〜、私を………!! 抱かないの…………っっっ!!!」
「…………。」
「グゥッ あのひとは…………っっ グゥウッ そういう…………ひとなの…………っっ ウグゥゥッ!」
私は悔しくて、悔しくて、悔しくて………、悲しくて、切なくて…………気づいたら、床に突っ伏して歯をくいしばって嗚咽を漏らしていた。涙が止めどなく溢れ出たけれど、泣き声だけは! 出したくない! 泣き声を出したら! コックリが! 来てしまう! 絶対に! 床に爪を立てて………私は溢れ出る様々な感情を必死にこらえていた。ウグウゥゥッ!
抱いてほしい………! 彼に抱いてほしい………! 彼の全てを刻みつけて貰いたいのに………! 彼に全てを与えたいのに………! 人魚姫は、なんて幸せな女性だったのだろう! 彼女はそのどちらも叶えられたのだから………!
グウゥッ! 床に突っ伏して必死に、ただただ必死に、嗚咽を殺していたら………。
「………すまなかった。私はまた………事情も知らず、ひどいことを言った。」
私の悪いところなのだ、と言ってディートリッヒは私の背中を優しくさすりながら、自分はサメの属性があって、感情的になると暴発して人を傷つけてしまうことがあるのだ、こんな属性になりたくなかった………他者を守りたくて兵士となったのに、暴走すると他者を傷つけているのだ………すまない、すまない………すまないと何度も謝り、私が落ち着くのを待ってくれた。私は………そんなディートリッヒに親近感を覚え、そして同じ妖精という安心感から………私は今まで抑えていたものが一気に出てきてしまい………彼女の胸に顔を押し当てて、号泣してしまった。
「うう~! グスッ! うわあああぁぁぁぁん!」
「すまなかった………システィーナ。すまなかった………。こんなに美しく魅力的な貴女を、あの男はまだ抱いていないのか………。彼は貴女を心から心配し、愛しているのだな。」
ディートリッヒは、私の頭をなでながら優しく言った。何度も、何度も、頭をなで、背中を擦ってくれた。私はしゃっくりを上げて泣きじゃくったのは………たぶん三百九十年ぶりくらいだった。
「すまなかったシスティーナ。人間がすべて、王太子のような者ではないのは理解している。理解しているのだ。」
だが理解と………納得は違う………。
理解は頭で………納得は心で………。
人間と関わらなさすぎるゆえに、自分の中で納得できていないのだ…………とディートリッヒは言った。
「貴女があの男を信じているなら………私は貴女を信じよう。貴女の………涙を信じよう。彼に協力を依頼したい。つないでもらえるだろうか?」
うん、つなぐ。私は目をゴシゴシとぬぐった。どうかな、目が赤いかな?
「ああ、だいぶ赤いな。目の下も腫れているし、鼻も赤い。あの男に知られたくないなら、もう少し待てば良い。」
うん………うん、そうする。
「しかしだ。しかし、いくらなんでもあの亡者の船団と魔物相手に、加勢が一人だけというのは………焼け石に水ではないのか………。」
「大丈夫………大丈夫よ。一人で一万人分の強さだから………。」
「一万……! それは言い過ぎではないのか?」
「ううん。控え目だと思う。」
「むう、イヤまさか………。」
「本当、何度も間近で戦闘を見たもの。」
「オーガーと見間違えた目でか?」
「もう! それはそれ!」
「都合がいいな。」
私たちは笑った。ああ、やっと普通に笑えるようになった。
それからしばらくして私はコックリを呼び、ディートリッヒは助力を求めた。コックリは笑顔で快諾したけれど………私にはコックリがいつもと違うことが分かったの。琥珀色の瞳の奥にある陰りと、身に纏った霊力の陰りに………。霊力からいつも発せられる暖かで、おおらかな力がなく、悲しさで寒々しい陰り。………コックリは五感が鋭いから、私たちのやり取りが………私の言葉が………私の泣き声が、耳に入っていたんだろうな………。でも彼は最後まで私を信じて託してくれたのね。
私、思いきり泣いたから………スッとしたの………。だから大丈夫コックリ、心配しないでね。
私たちは、村長さんから舟を借りて、三人で人魚の島へと向かった。
時刻は五時ごろだったと思う。
日が暮れる前に、着いてほしいな。




