11 会議室にて:コックリ
■コックリの視点
光る海を調査するにあたり、正攻法で行くには乗り越えるべき壁が四つある。さてどうするかと考えていると………。
「人魚に知恵を借りてはいかがでしょう?」
白髭船長の言葉に、俺は良いことを思いついた。といっても、俺が思いついたことは光る海の調査方法ではない。欲しかった人魚姫の情報も手に入れることができる方法を思いついたのだ。さてどうやって誘導すべきか………。
「なるほど。餅は餅屋………いい案があるかもしれませんね。」
「しかし…………。人魚と言えば、エルフ並みに人間を毛嫌いしている妖精だ。どうやって人魚に接触するんだ?」
よしよし、頭がツルッとした船長がいいことを言ってくれた。その言葉に、シスが小声で「べ、別に毛嫌いなんて………」と呟いていた。
「それと、どこに住んでいるかも分からないし。」
「そういえば、ここから南西に百キロほど行った海域に五十くらいの小さな島々があるけれど、そこの島民だけはたまに人魚と物々交換するとか、聞いたことがあるな。」
赤髪の若い船長が思い出したように言った。そういえば、シスが住んでいたエルフの里も、ほんの一握りの人間と接触していたようだ。エルフは薬草や薬を、人は香辛料や調味料などを持ち寄って交換していたとか………。
海妖精の人魚は、海の中で暮らしていると思いきや実は陸上で暮らしている。耳が魚のひれのような形態をとっているのだが、体は人間と同じだ。下半身だけ魚………というのは海妖精にのみ使える変身の精霊魔法を使った時だけで、基本的には人間と同じ肺呼吸だから陸上で暮らしている。おそらく五十くらいある島のどこかに暮らしていて、それを知る人間が赤髪の船長のいう島民なのだろう。人と同じ姿だからこそ、王太子と人魚姫は結ばれることができたのだろう。
「なるほど。その島へ行き、人魚に会わせてもらうか、会えないようなら話を繋げてもらうか、という方法ができそうですね。」
「ええ。」
「先ほど、人間を毛嫌いしている、という話が出ましたがどういう理由がありそうでしょうか?」
シスがまた、毛嫌いなんて………、と呟く。まあまあ。
「そりゃあ、王太子様と人魚姫のことがあったからなあ。」「いやいや、その前から避けてたよ。」「いや、決定的だったのは人魚姫のことだよ」「いやいや………」
と口々に語りだす。よしよし、もう少し。シスも皆の話に興味津々の様子で聞き耳をたてている。
「王太子殿下と人魚姫の話をもっと聞かせていただけますか? 人魚と交渉するにあたり、知っておかないと人魚側の不敬や不信を与えてしまう内容があるかもしれませんので。」
ふふ、理由としてはおかしくはあるまい? 皆、頷いているしシスも頷いている。まあ、シスは俺と同じ理由なんだろうが。すると初老で白いひげが印象的なアラルフィ大聖堂のラフィ司教が話し始めた。
「神殿騎士殿。まずお二人の出会いですが、王太子様は海賊討伐を行う最中、海賊の奇襲を受けて船が沈没したところを、人魚姫に助けられたといいます。」
「なるほど。」
「元々、人魚姫は人間と接触しないように教育されていたらしいのですが、大きな戦に興味をひかれた人魚姫がその戦を見て、勇猛な王太子様に恋したらしいですな。」
シスがウンウンと頷いた。
そうか、シスも「人間と関わるな」と教わっていたと言っていたな。それゆえに俺に初めて会ったときは目をパチクリしていた。ああ、あの時のシスもまた、可愛かったな。確か、オーガー(人喰い巨人)と間違われたような気もする。オーガーは鎧にサーコートなんか着ないだろうに。
「沈没の最中、王太子様もまた海中を泳ぐ美しい人魚姫に一目惚れされたそうです。そして人魚姫は王太子様を抱え、浜まで泳ぎきったようですな。沈没した場所はアラルフィから三十キロほど西へ行った海域でしたが、海賊に狙われないようにとさらに離れた浜まで連れて行ったようです。」
「なるほど。」
「怪我をされた王太子様を、人魚姫は魔法で回復させたようですが、心を奪われた両者はそのまま別れることができず………。お互いのことを語り合い、認めあい、理解しあい、そして二人はお互いを求めあい………結ばれたと言われます。」
ああ、シスがうっとりとした目で宙を眺めている。凄く………凄く可愛らしい。切れ長の目尻がトロンと下がり美しい翡翠色の瞳は濡れたような輝きで揺らめいている。キメの細かい白い頬はほんのりと薄紅色に染まり、桜色の唇が艶めいて………。もしここにアリアがいたら、悶え死んでいるかもしれない。
「二人は国に戻ってからも人目を忍んで、その浜で逢瀬を楽しみ心の拠り所としていたそうです。何度となく、お互いを求め、愛し合ったと言われています。………しかし。」
「しかし………。」
「人の王子と妖精の姫。周囲の者が二人の逢瀬に気づき、二人は引き離されました。王太子様はすぐに他国の人間の姫と婚姻を結ばされ、人魚の姫も同じ人魚族の王の元に嫁がされることになったようです。」
ラフィ司教の言葉に、シスの表情が曇った。本当に彼女は分かりやすい。
と次の瞬間、彼女の表情が硬いものに変わった。んん? どうしたんだ?
硬い表情で何かを考え込んでいる………。
そう、彼女はすぐに表情に出やすく、顔色にも出やすく、態度にも出やすいから、幼い可愛らしい印象を与えるのだが、彼女がいろいろなことを実によく考えていることを俺は知っている。そしてその考えは的確に物事の本質をとらえていて、彼女の頭の良さを、着眼点の良さを、判断の良さを教えてくれる。
そんな彼女が、何かに気が付いたような表情………何に気が付いたんだろう?
彼女はやおら俺を見た。切れ長の目にある翡翠色の美しい瞳には、俺の心を見透かすかのような知性の光があり、俺はドキリとした。
なんだ? 何に気が付いた? 王太子と人魚姫の話だから、今回の怪異についてではないはず。
もしかして、俺がこの話を誘導した真意を………理解したのか?
とすると、俺が抱えている悩みや考えも………。
俺が彼女を………抱かない理由も………。
俺が彼女を………遠ざける理由も………。
いや…………まさか…………、まさか…………な。
「王太子様は他国の姫をめとり国の安定を優先しました。しかし人魚姫は王太子様への想いからか婚姻の日の前日、国を抜け出したといいます。」
ああ、王太子は国と民のために、合理的・論理的に行動し、人魚姫は王太子への愛のために、心を元に行動したんだな。
王太子の考えは俺の考えに近い。国を安定させることは、その立場にあるものならば、当然のことだ。
だが、二つ………、王太子は『二つの誤り』をおかしている。大きな誤りだ。
だからこそ、人魚姫は不幸になったのだ。
王太子の犯した誤り………。
一つは心を優先させて………人魚姫を抱いたこと。
一つは論理性を優先させて………国を選んだこと。
『 相反する方法 』を選んだことだ………。
自然物に宿る霊妙な力が具現化したともいえる妖精は、人よりも心、すなわち霊的な存在であると言われていて、それゆえに人よりも極端に寿命が長い………。妖精は心が受肉化したような存在だと言えよう。そのような存在の体を抱き、それを体に刻んだら………それは心に決して消えないものを刻んだことになる。
そんな心と体を持つ妖精を、短命な人間が抱く………。
心が体として具現化した長命な妖精を、圧倒的に寿命の短い人間が、抱く………。
愛するひとを亡くし、残された妖精がどうなるか………分かるだろうに………王太子は心を優先させ人魚姫を抱き、その後 相反する論理的思考で………彼女を捨て国を選んだのだ………。
人魚姫は王太子に刻まれた心を忘れられず、残りの寿命を一人で生きることになった………。
それは………不幸なことだ………。
だから………だからこそ、妖精は妖精の伴侶を得ることが幸せなんだ。
だからこそ………、俺は彼女を抱くことができない。以前は、シスを抱きたいと思ったが………彼女のことを思うと………それはできない………。俺が死んだら、彼女は………。
俺が、彼女の体に………彼女の心に………俺の痕跡を刻んではいけない………。
彼女の体に、彼女の心に痕跡を刻むのは………、同じエルフの誰かだ………。
………俺の残りの寿命が四十年だとすると、千年以上生きる彼女は………同じエルフの誰か………がいい。
俺との四十年間は………、夢だった………………と思えばいい………。
森の外で見た………………夢………………だったと思えばいい………。
だから、俺は彼女を抱けない………。
それが俺の、彼女に対する行動原理だ………。
システィーナを見ると、硬い表情ではあったけれど………同時に悲しそうな表情でもある。瞳に陰りがあり、その瞳で俺を見ている。
………王太子と人魚姫の悲恋を悲しんでいるのだろうか?
それとも………人魚姫の結末から、自分の辿る運命を見たのだろうか………?
だとすると、俺が彼女を抱かず………、遠ざける理由も………。
彼女は頭が良い………察しも良い………。もしかしたら、俺が彼女を抱かない理由も、その先を俺が考えての行動だということも、気がついたのかもな…………。
俺は彼女を愛している………。
だからこそ俺は、システィーナを抱けない………。
頭の中のイメージを文章にする作業が難しく、次回から週に二~三話の投稿になりそうです。また01~03話まで、加筆してみました。以前よりちょっとほのぼの感が出たと思います。




