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碧の国   作者: ちーさん
3/5

第三章 前世

 黒き者は、今も闇に喰われ続けている。永遠に近い程の時を、ずっと闇と戦っているのだ。もう、思い出すのは愛しい娘の事だけである。


 「お父様、黒の民って、真っ黒で恐いのでしょう?」

初めて黒の国を訪れる小さなマリは、不安そうに国王に尋ねた。

「恐くなどないよ。黒の民は美しい、本当に心から美しい人々だよ。この世界を闇から守ってくれている人々だ。強くて優しい。きっとおまえも好きになるよ」

碧く淡い髭を撫でながら、威厳ある碧王は娘に言った。

「ふうん」

 マリは黒というのを本でしか見たことがない。もちろんその本は黒の国より持ち込まれた本なのだが、初めて見た日には、夢にまで黒と言う色を見るほど衝撃を受けた。自分の姿も、まわりの建物も全て碧い世界で育った彼女にとって、恐怖感を抱く色だった事を覚えていた。

「お馬に乗っていくの?」

「いいや、神官のアベルが連れていってくれるのだ。目を開けたら、もう黒の国だ。さぁ、アベルのお迎えだ。行こうか」

小さなマリの背中を優しく押しだした。その先には、男とも、女とも言えない不思議な魅力の子供が立っていた。

「おお、アベル、この子が儂の娘、マリだ」

碧王は、マリの生まれて揃えるほどしか切ったことのない、長い髪を自慢した。マリの髪は、波打つ碧の海のように光輝き、碧の国の象徴と言われるほど綺麗だった。

「初めまして、マリ様」

優しくほほえむアベルのしぐさは、少女のものであった。少し安堵感をマリは覚え、挨拶を交わした。

「アベルは道しるべの神官として、代替わりしたばかりじゃ。マリとも同じ年頃のはずだが?」

「ええ、マリ様とは殆ど変わりません」

快活な少女は、威厳のある王の前でも堂々としていた。それが彼女の生まれ持っての性質なのだろうか、決して不快感を相手に与えることはなかった。

「マリと良い友達になってくれ。マリも良い子にするんだよ」

「はい。アベルよろしくね」

ニコリと笑うマリの姿は、同姓であるアベルでさえも、頬が紅潮するほど魅力的だった。

 道しるべの神官と、聞き慣れない言葉がマリの脳裏から離れなかった。だが、その道しるべとしての能力を、次の瞬間にマリは体をもって知ることになった。

「ええ、よろしくお願いします」

「では、行こうか」

碧王の声で、アベルは移転の呪文を唱え始めた。

 マリは体が一瞬、宙を浮く感じを受けた後、黒い人々が目の前に現れた。

 移転の能力。これがアベルの能力だった。

「よく来られた、碧王」

呆気にとられるマリの前に、恐いという印象より、強そうな黒い髪の大きな男の人が立ちはだかった。

「久しいの、黒王」

旧知の仲である二人は、久しぶりの再会を喜んだ。

「黒王のご子息か?」

黒王の後ろに、二人の少年が控えていたことに気付いた碧王は、少年達に声をかけた。

「はい。イーブルと申します。」

利発そうな少年で、目元が少しきつい印象を与えるが、一瞬微笑んだ時、驚くほど優しい瞳になる。

 マリは初めて同年代の男の子に出会った。黒の民が、これほど美しいとは思いも寄らなかったが、それ以上に、優しそうな瞳に驚いた。小さなマリの頬は紅潮し、言葉を失った。

「ほう、凛々しいしっかりした王子だな」

碧王の言葉にお礼を言うイーブルの姿を、じっとマリは見つめていた。

「私は、ブレインと申します」

イーブルを少し幼くしたような、まだ可愛いと言う表現が似合いそうな少年である。

「ブレインと申すのか、マリとは殆ど同じ年のようだ。よろしく頼むよ」

 碧王より、言葉を受け取り、二人は同時に返事をした。

「マリと申します。よろしくお願いします」

 この時、王子達の心中は全く同じと言って良いだろう。マリの美しさ、愛らしさに驚いていたのだ。こんなに綺麗な碧い髪は見たこともなかったし、また大きい吸い込まれそうな瞳は、亡き母に少し似ていた。高い声は不快感を与えることなく、心地よい鈴の音にも聞こえる。

「さぁ、私は碧王と話がある。姫君に庭を案内してやっておくれ」

黒王の言葉で、三人は庭に向かい、王達は応接間に向かった。一人、アベルが円陣の見張りに残った。


 「マリは、兄弟はいないの?」

時間が経つと、黒き少年二人と、碧き少女は仲良く話をするようになっていた。

「ええ、私はずっと独りぼっちだったの。兄弟もいないし、同じ年の子がいなくて・・とっても寂しいわ。いいなぁ、あなた達は兄弟がいて・・」

自分たちに羨望する彼女を、二人は優しい瞳で見つめた。

「では、私たちが兄弟になってあげるよ。いいな、ブレイン」

「当たり前だよ。兄さんが言わなければ、僕が言ってたよ」

「本当に?」

マリは嬉しさのあまり、信じられなかった。

「本当だとも。信じられない様だから、誓いをたてようか?ブレイン」

弟に声をかけて、少年達は少し離れた。マリに背中を向け、二人で何かしている。マリは不思議そうに見つめるが、背中の向こうで何をしているのか、見当もつかなかった。

 少年達が振り返ったとき、マリは驚いた。二人は、腕から黒い血を流しているではないか。急いで駆け寄るマリに、少年達は声を揃えて言った。

「僕たちは、マリを生涯守ると、この腕の文字に誓います」

血が流れる傷口は、マリの名が刻み込まれていた。

「こんな・・ごめんなさい。私が信じないばっかりに・・・私も、私も・・」

マリは自分の腕にも二人の名を刻もうとするが、イーブルの腕がマリの行動を妨げた。

「いいんだ、マリ。可愛いマリ。マリに傷なんかつけちゃいけない。美しいマリ。これは僕たちが誓いたかったんだよ」

「イーブル」

マリは初めて出会った少年に、初恋にも似た感情を抱き始めた。

 幼い王女と王子は自分たちの運命も知らぬまま、幸福な時は過ぎていった。


 その頃、碧王と黒王は密室にて対談をしていた。

「私たちの代で、黄金の二人と、黒き者は現れなかった」

碧王の苦い声が密室に響いた。

「次代かもしれんが、私は二人の王子を授かった。二人の内、どちらかが黒き者になるのかもしれんし、ならんかもしれん」

「娘にはまだ言っておらんが、もう王子達には預言の存在を伝えたのか?」

預言−黒き民から、闇に侵された黒き者が現れ、碧き国から黄金の二人が、黒の国ごと黒き者を封印するといわれる預言。黒の国の滅びを預言した文献が、この黒城に古くから存在していた。

「まだ、あの預言を伝えるには幼い。もう少し時を見て話そうと思う」

「しかし、我々の命とて保証は出来ぬ。王子達が、自分の立場をわかる頃には伝えよう」

碧王と黒王は互いに約束し、対談を終えた。

 しかし、時は王子達が成人するまで待てなかったのだ。この出会いより、少女が恋を知る年になるまでに、預言は熟す。

 イーブルは精悍な青年に、ブレインはまだ幼さを残すが、立派な青年に育った。マリは少し落ちつきはないが、美しい娘へと成長を遂げた。

 イーブルは文武共に優れ、ブレインの憧れの象徴であった。もちろんマリも少し年上のイーブルを憧れ、そして恋をしていた。

「ピュア、ねぇ、ピュア」

マリは自分付きの侍従である、ピュアを呼ぶ。とても愛らしい、マリより少し幼い感じのする淡い碧い髪の姿が現れる。

「ねぇ、アベルに頼んで」

おねだりするマリに、呆れた表情でピュアが答えた。

「えぇ、またですかぁ?王様に怒られてしまいますわ!だめですよ」

「そう、そんな事言うの!ピュアったら冷たいなぁ。私にそんな態度とっていいの?フォースにばらしちゃうぞ!」

「えぇ!そんなの卑怯ですぅ」

将軍の息子である、フォースを好きなピュアが、顔を真っ赤にして反論するが、マリはなかなか聞いてくれそうもなかった。

「ピュアだって、フォースに会いたいでしょう?私だってイーブルに会いたいの。もうずいぶん我慢したのよ!お願い」

困り果てたピュアに透き通るような、快活な声がかかった。

「良いじゃない!ピュア。怒られるのはきっとマリ様だけよ」

「アベル」

マリの喜びの声と、ピュアの驚いた声が一斉に響く中、アベルにそっくりな男の人が現れた。

「カイン」

「今日の夕刻までにお戻りになるのでしたら、私が何とかごまかしましょう」

「さすがカイン!感謝するわ」

マリは大喜びで、転移の円陣に入った。

 黒城の隠れた転移の円陣についたピュアとアベル。そしてわがままなマリは、王子達の部屋にこそこそと向かった。さすがにお忍びであるから、堂々と会見は望めない。イーブルとブレインの部屋は隣どうしだが、恋しいイーブルの扉をノックする。

「いないのかしら?」

「あきらめましょうか?」

ピュアの言葉にもめげずに、マリはブレインの部屋をノックした。中からは人の気配がする。

「マリ!どうしたんだ。またお忍びかい?」

驚きと苦笑を交えて、魅力的にブレインは出迎えてくれた。

「だって、王宮は退屈なんだもの」

「ここだって王宮だよ?」

意地悪いブレインの言葉と、ピュア達の笑いをさけるように、マリは話題を転換した。

「それより、イーブルがいないの」

「あぁ、最近おもしろい預言書を見つけたとか言って、書庫にこもってるよ」

連れていってあげるよ、と言ってブレインを先頭に、再びこそこそと歩き出した。


 清閑な書庫に一人、真剣な表情をしたイーブルがいた。おもしろい預言書とは、例の預言のかかれている本である。


 黒の王子、闇に侵され世界は暗黒の時代を築く


−こんな重要な事を、父上は何故黙っておられるのだ。私たちが、まだ知るところではないのだろうか−

「イーブル」

 深く考え事をしていたイーブルの後ろから、突如、愛しい娘の声が聞こえた。

「マリ、なんで・・・」

突然やってくるのは、いつものことだが、まさか書庫に突然姿を現すとは思わなかった。

「ブレインか・・・。駄目だろ、こんなところまで・・。さぁ、見つからないところまで行こう」

 読んでいた文献を元の場所に戻しながらイーブルは考えた。

 マリが黄金の娘となる可能性もあるのだろうか。私たちが黒き者になる可能性があるように。しかし、碧の国の王族とは表現されていない・・が、私たちは黒の王子と出ている・・・まさか、私たちの代ではおこらないであろう・・

 代々の王子達が、そう思っていたに違いない。彼らは世界を守っていることに、誇りを持っていた。その彼らが、闇に侵され、世界のバランスを崩そうとするなど、黒の国を滅ぼすなど考えもしないことだった。

 しかし、預言は成就する。預言が、この誇り高く美しい少年達の運命を翻弄するのだ。

「マリは、いつも私たちを困らせる。ピュアだって、きっと困っているよ」

「だって、会いたかったんだもの・・」

いつしか黒い森の中で、二人きりになったマリとイーブルは互いの気持ちを確かめあっていた。

「どうして、そんなに会いたいの?」

意地悪なイーブルの笑みと口調に、マリは真っ赤になった。

「だって、好きなんだもの・・」

「好きだと、どうして会いたいのさ」

「ただ・・ただ一緒に過ごしたいの。会えないでいることが不安になるの。浮気するとかではなくて・・その、二人でいるのが自然に思えるの」

イーブルは愛しそうに、彼女の髪に口づけをした。

「私もだよ。可愛い姫君」

 お互いが初恋の人である。今は小さな恋人同士だが、この真剣な気持ちは大人にだって負けないだろう。小さいからこそ、純粋に相手の立場とか、何も考えないでその人だけを見つめるのだろう。時が二人の身分を認識させても、離れられなくなる。イーブルは、黒の国の第一王子。マリは碧王の一人娘。第一継承者同士の恋の行く末は悲しい結末を迎えるかもしれない。だが、二人は今の瞬間を大切にしていた。

「マリ・・・」

うとうと眠りそうになっていたマリは、イーブルの驚いた声で目を覚ました。

「どうしたのブレイン」

「君の髪が・・黄金に・・」

黄金・・。マリにとってその言葉は、初めて聞く不思議な音だった。

「オウ・・ゴン?」

自分の髪が変色していることに気付いた彼女は、髪を擦りあわせた。

「やっ・・なに?これ・・落ちないわ」

必死に擦るマリの手を、イーブルは止めた。

「やめるんだマリ。これは取れないんだよ。そして・・・」

悲痛な表情を浮かべ、イーブルは続けた。

「そして、君の瞳も黄金に変わっているんだ・・。これが、君の本当の色なんだ」

 イーブルは、まさか預言が自分の代で成就するなど思いもしなかった。また、大切な、とても大切な、ただ一つの宝物が、その黄金の若者だったとは・・信じ切れなかった。自分に言い聞かすように、イーブルは彼女に告げた。

「君は伝説の、いや、預言に登場する、黄金の女王だ・・」

「何?オウゴンノジョオウ?私は?私は何者なの?見ないで・・そんな目で見ないで・・いやぁー」

哀れみの瞳で見てしまった。絶望の瞳でマリを見てしまった。後悔したが、これで良かったのかもしれない、と思う。いつかはマリが、イーブルかブレインを封印するのだ。今の内に情を断ち切っておいたほうがいいのだ。自分に言い聞かせ、彼はマリに言った。

「君はもう、普通の娘には戻れないんだ」

「イーブル・・・もう・・もう、聞きたくない・・」

マリはイーブルから姿を隠すように、走り去ろうとした。

「きゃっ」

マリの小さな悲鳴に、イーブルは条件反射のように飛び出した。

「どうしたんだ・・」

 それは、聞くまでもなくわかった。しりもちをつくマリの前に、黄金のまっすぐな髪の青年が立っていたのだ。瞳は碧いが、黄金を纏う者であった。

 まさしく、イーブルが大切に、自分の命より大切にしてきた、可愛い姫の生涯の伴侶だった。この青年を目の前にして、イーブルは正気を保つ自信がなかった。自分の大切な姫を奪って行く、目の前の青年をここで、今、ここで・・殺してしまえば・・・。マリは・・マリと自分の未来は・・・変わるのではないだろうか・・。

 自分の考えていることの恐ろしさに、イーブルの呼吸が激しくなる。

「君たちは・・・」

イーブルの殺意の対象となる青年は、不思議そうな顔をしていた。何もわかっていない青年をイーブルは理解した。

 何も知らない、この青年をイーブルは殺せなかった。たとえ殺したとしても、世界が滅びる。きっと自分とマリの運命は、何も変わることは無いのかもしれない。ただ、マリの運命が重くなるだけではないだろうか。

「この世界は、何なんだ?」

マリこそ驚いた。自分がぶつかった青年は、自分と同じ髪しているではないか。

「あなたこそ、その髪は?」

「黄金の王だよ」

イーブルが低い、普段では考えられない声で呟いた。

「兄さん、どうしたんだ。さっき、マリの悲鳴が・・」

今までの状況を見ていなかった、ブレインが最後の言葉を飲み込み、姿をみせた。

「どうしたんだ・・その髪は・・」

見た瞬間に異変を理解した。後から追ってきた、アベルとピュアも同じである。

「マリ様が・・・黄金の女王だったのですね・・・」

アベルのいつも冷静な切れ長の瞳が、驚きを表していた。

「アベル、知っているの?ねぇ、何を知っているの?」

必死に懇願するマリを哀れに思ったのか、アベルは澄んだ声で朗読した。

 暗黒を生みし魔の山の麓に、黒き国ありて世界を守護したり

 碧き聖なる光生みし海を包むように、碧き国ありて世界を照らしたり

  碧−それは聖なる光、世界を構成する色彩

 碧濃くなりて黒に蝕まれる時

 黄金の王 黄金の女王誕生し

 碧き五人の戦士とともに戦わん

 黒き者封印し 

 聖なる碧き光取り戻さん

「これが預言の書の概略です。黄金の王女はマリ様、貴女でございます。そして、黄金の王は・・」

アベルは見知らぬ金の髪の青年を見た。

「私・・ですか?」

「ええ、そうです。そして、黒き者・・は、まだわかりません。しかし、成就の時は来ました」

黒の王子から現れることを、ブレインは知らない。アベルの様子を見れば、アベルは知っているようだった。アベルが、イーブルを見つめる。その瞳は、悲しい、魂を失った者でも見るかのようにイーブルには感じた。

「どうなっているの?私が黒き者を封印する?イーブル、イーブル、ねぇ、私を見て。私を助けて・・」

呼びかけても、イーブルは視線を反らしたまま、声にさえ反応しない。

「兄さん!」

何も知らないブレインが、兄の態度に腹を立てて叫ぶが、それさえもイーブルは答えなかった。

「どうして?私がこんな娘になってしまったから?ねぇ、イーブル」

マリはイーブルに近づき、手を振れようとするが、振り払われた。

「ああ、そうだ。もう、君を守ることは出来ない!」

そう言い切って、イーブルは走り去った。

「兄さん!何てことを・・・」

マリを庇いながらブレインは叫んだ。

「兄さんが、マリを守らないと言うなら、私が守る!マリ、私がついている。どうか、どうか、もう泣かないで」

ブレインが、ピュアが必死に慰めるが、マリの心はイーブルのことで一杯だった。先ほどまで、あれほど幸福だったのが、他人の物であるかのように感じた。深い絶望が彼女を襲う。

 愛し合っていた。彼と私は未来を不安に思いながらも、確かに愛し合っていた・・・。

 冷たい涙が彼女の瞳から流れ落ちる。それを隠そうともせず、立ち尽くしていた。涙が出ていることさえも、彼女は判っていないだろう。

「さぁ。今日は、もう帰りましょう。あなたも・・」

「あっ、俺、エミリアンと言います。エミリィって呼んで下さい」

「いいえ、黄金の王を、そうお呼びするわけにも参りません。兄に叱られますわ。さぁ、帰りましょう。王様に報告もしなければなりません。ブレイン様、黒王様に報告して下さい。黄金の若者が現れたことを。さぁ、マリ様」

遠くを見つめるマリを包むようにして、アベルとピュアは歩き始めた。その後をエミリアンが訳も分からぬままについていった。

 残されたブレイン。ブレインとて、マリを想う気持ちはイーブルに勝るとも劣らない。しかし、マリが兄を選ぶなら、それは良かった。自分の尊敬する兄になら、彼女を安心して任せられると信じていた。だが、先ほどの兄の態度を思い出すと、信じられなくなった。

 ブレインの心は初めてイーブルに嫉妬した。

 なぜ、私を見てくれない。なぜ、私に頼ってくれない。

 憧れ続けた兄を、初めて憎いと思った。憎悪・・闇のもっとも好む感情。闇がブレインに忍び寄る。


 イーブルが一人、部屋に静かに、身動きもしないで存在していた。

「私は、闇になど侵されはしない」

−お前が欲しい。正義感が強く、深い愛を持つ、お前が欲しい。

「誰だ!」

−邪魔だ、お前の強靭な心が邪魔なのだ。

「闇・・だな」

確信した。地の底から心に訴える声は、闇。

「私は、負けはしない。私が黒き者にならなければ、世界も、マリも救うことが出来るのだ。貴様などに負けはしない」

−そうか、ならば仕方ない。貴様は諦めよう。

「ふっ、簡単に諦めるものだな」

−お前でなくても、もう一人いるからのう。黒き純粋な血を持つ者が・・。誰だったかのう。教えてくれないか?

「きっ、貴様」

−おや、顔色が変わったねぇ。祖奴もお前の大切な物かね?大変だろう、そんなに守る物があってはのう。こちらに来い。楽になるではないか。もはや、あの小娘は金の野郎のものさ。

「やめろぉ」

−ついでに言うなら、お前の守ろうとしている、小僧。先ほど、お前を憎んでおったぞ。もう、そこまで呼んである。確かめるがよい。

「ブレイン・・・入ってきては駄目だ」

叫んでも、ブレインは吸い込まれるように部屋に入ってきた。

「兄さん!なぜマリにあんな事を・・許せない!僕は兄さんに、ずっと憧れていた。兄さんなら、マリを任せても良いと思った。だが、今は兄さんが憎い」

弟の激しい怒りを、初めて見たイーブルは、その姿が信じられなかった。

「闇に操られているか」

イーブルがブレインに問いかけた。

−操ってなどいない。ただ祖奴の、心の奥底の気持ちを、手助けしてるだけだ。小奴の心ならすぐに入れそうだ。ふん、隙だらけじゃ。どうする?

 長い沈黙が二人と闇を包む。

「ブレイン、よく聞いてくれ。もう、時間がない。黒き者は、私たちのどちらかに生まれるんだ。マリに、マリに伝えてくれ。愛していたと、約束を守れなくてすまないと・・。私はもう死んだと、伝えてくれ・・。これからは、お前がマリを守るんだ。いいな」

ブレインは目を覚ましたように、イーブルの声を聞いた。

「闇よ、我が心を喰らうがいい」

イーブルのまわりを闇が覆う。ブレインにも聞こえた。闇の狂喜する声が。

−ひょーほほっほ・・馬鹿な男。正義の心と愛を持った馬鹿な男。弟のために犠牲になるなど・・愚かな。しかし、これを望んでいた。これこそ念願が叶ったと言うものだ。ひょーほほ・・

「にい・・さん」


 暗い。もうどれ程の時が過ぎただろう。虚空の中に、一瞬の時なのか、永遠に近い時なのかもわからない。マリ、君はもう闇を封印したのだろうか。私と黒の国を封印したのだろうか・・・。一瞬、マリの酷く悲しむ姿が見えた事があった。きっと、私を封印したのだろう。悲しまないで、マリ。これが私の運命。君には幸せになって欲しい。君は、今どうしているのだろうか。私は、このまま永遠に眠り続けるのだろうか。闇は私の心を、まだ弄び続けるのだろうか・・。

 彼は知らない。第二の預言の存在を・・・。今まさに始まろうとする、復活の預言を。

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