Q.勇者とはなんぞ? A.人身御供である
かっとなって書き上げた衝動的作品。特に深い意味もない話です。
諸君は、勇者についてどのような認識をお持ちだろうか。
正義の味方?
世界を救う希望?
否、断じて違う。そんね甘っちょろいもんじゃない、そんな幻想抱いているんじゃない。
いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。一言一句聞き漏らすなよ。これから俺はとても大事で、勇者にとっての真理を言う。
……勇者は、人身御供だ!
はいそこ、頭湧いてるんじゃねーのとか言わない。沸いてはいるが虫は湧いてないぞ。至って正常だ。
よく考えてみろ、一般市民でしかなかった人間がいきなり魔王討伐とか世界の破滅を防ぐべく超パワーで世界を維持するとか、どう考えてもおかしいだろ? 一般ピープルに高望みし過ぎじゃね?
例えば、勇者になるべくしてなった奴とか、自分の目的の為に行動して結果論として勇者と呼ばれるようになったならまだ良い。そいつらには自ら身に付けた力があるし、自発的に勇者となったようなものだから。
だが、望まずに勇者に仕立てあげられた人間はどうだろうか。
分かりやすく言えば、召喚された奴。
異世界から召喚されて、いきなり魔王を倒して世界を救ってくれ。そんな事を王様に頼まれる。断ればその場で打ち首。死ぬか今すぐ死ぬかを強制されたなら。
もう望まなくても勇者とやらになるしかないだろう。それしか術はないのだから。万が一の確率で魔王に勝てるかもしれない、そんな淡く脆い希望を抱いて。
俺は例に挙げた通り、異世界から召喚された。というか全部俺の経験談だ、さっきのは。
何故俺が選ばれたのかも分からない。というか選ばれたというのがおこがましいくらいに、俺は平凡で何もない男だ。
普通に高校に通って、まあ普通に遊んだりゲームしたり勉強したり部活したり。生憎と彼女とは三ヶ月前に別れてしまったが、それもまあいつかは青春の苦い思い出になるだろう、と痛みを堪えて作り笑いをした男だった。
そんな男が、勇者?
正直、自分の事じゃなかったら笑ってたさ。こんな無力な男に魔王討伐を任せる国とか(笑)と言っていたさ。
だが、現実としてそれは俺に降りかかっている。
脅された俺は、我ながら頑張った。
異世界から召喚されて世界を救うなんて、何てゲーム? そんな楽観的な事は思えなかった。
テンプレであるチートなんてなかった。精々ちょこっと才能がある程度の、いわばありふれた男でしかない。補正なんてものもない、純粋に自分の力でどうにかするしかなかった。
チーレム?
そんなんある訳ないだろ、チートもなければ容姿が整っている訳でもない。此処ではそもそもぼっちである俺には、ハーレムなんか夢のまた夢だ。夢と現実を一緒にしてはならない。
兎に角俺は頑張った。人並みしかない力で、必死に生き抜く術を身に付けた。剣を振り回す力もない俺は体力作りから始めたし、衣食住は基本外。まあ野宿で自分で狩る。……王国は俺をそのまま外に放り出したからな、伝説の勇者は人外の力があると信じて。そこは人の話を聞いて丁重にもてなしやがれコンチクショウ。
俺が何とかやっていけるレベルになるまで、丸々二年かかった。命がかかっているから死ぬ気でやったにはやったが、明らかにそこら辺に居るレベルだろう。そもそも現職の騎士とかに敵う訳ないだろ、付け焼き刃なんだから。チートなんてない俺は、紛れもない雑魚だろう。
必死にその日暮らしをする俺に、勝手に召喚して勝手に押し付けた王は、俺を見付けては無理矢理魔王の元へと送り込んだ。
正直、使い捨てのつもりなのだろう。連れていかれる時に、新たに勇者を呼んだと聞いたから。つまり俺で倒せれば儲けもん、死んでも次があるという事だろう。糞食らえである。
無理矢理魔王の領域に単身で送り込まれた俺。当然魔王の配下が襲ってくる。
精々一般人よりは強いであろうレベルな俺は、呆気なくボロボロにされた。魔術で焼かれ切り裂かれ凍らされ貫かれ、よく生きているといった状態にまでされた。
これは英雄伝説でも何でもない。死ぬ時は死ぬ。勇者に仕立てあげられただけの一般人な俺は、無様に死ぬしかないのだろう。
今なら闇落ちした勇者の気持ちも痛い程分かる。
そうだよな、善意と期待を勝手に押し付けられて行動も束縛されるって辛いもんな。命の危険を強いられて、終わったらはい送還。ふざけんじゃねえだよな?
例え、世界に残留して魔王ぶっ倒して勇者として祭り上げられたとしても、だ。
その後力を恐れた人間に迫害されたり、勇者の求心力を疎んだ王族に殺されるかもしれない。統治者を殺された魔王の配下が復讐に来るかもしれない。頭のおかしい人間に捕まって解剖されるかもしれない。
そんな危険を冒してまで世界を救いたいか?
答えはNOだ。少なくとも俺は断固拒否する。勝手に世界の命運託して自分達は祈るしかしない人間達に、身を削ってまで助ける気も湧かなければ義理もない。
「そう思わないか」
「取り敢えずお前が人間の都合に振り回されて来た事は分かった」
俺の話を相槌もなく聞いていた女は、口に付けていたグラスをテーブルの上に置いた。口の端に僅かながら付いた紅の液体をちろりと舐める姿は、誰が見ても艶かしく見とれてしまうだろう。
神秘的な輝きを放つ銀髪の毛先を弄びながら、彼女は流し目で俺を見遣る。紅の瞳には、僅かに同情するような憐憫の色が窺えた。
「つまり、お前は人身御供にされ、しかも役目を果たせない程の無力な男でしかないという事か」
「耳が痛いがそうなるな」
何とも痛い所を突く。だがしかし否定はしないし、出来ない。人身御供なのも無力なのも、事実だったからだ。
但し、無力だからと言って大人しく捧げていた訳でもないのだが。
「まあそんな俺を拾ったあんたもあんただよ、アーデルハイト。いや、魔王と言った方が良いかな」
「止めろ」
揶揄するように含んだ笑みを浮かべると、舌打ちしそうな勢いで眉を寄せる元魔王様。
アーデルハイトは魔王、因みに齢は二百を越える。年増と言ったら確実にぶっ殺されるであろう。見掛けは若々しいから何ら問題はないんだがな。
一気に不機嫌そうになってアーデルハイトは、俺のこめかみを掴んで締め付ける。伝説のアイアンクロー、あだだだだだだ、割れる割れる! や、マジ痛いっす。すいません調子に乗りました。
「私は好きで魔王などになった訳ではない。世襲制なのがどうかしてる」
少し不貞腐れたように呟くアーデルハイトは、年齢さえ知らなければ十代後半の美少女で、魔王と呼ばれている人間には見えない。
長い銀髪にルビーの瞳。すらりと伸びた肢体に下品な色気はなく、気圧されるような、神々しささえ感じる美貌である。名前に相応しい、高貴な姿。
但し、性格にはやや難があると言っておこう。
「そもそもこのような面倒臭い称号をなくしてしまえば良いのだ。正直魔王など要らん、誰かが勝手に魔族を統率すれば話が早いのに」
アーデルハイトは、非常に面倒臭がりなのだ。だからこそ、俺が必死に生きてきた二年間何事もなかったのだが。
俺は魔王の領域に入って、明らかに下っぱっぽい魔族にやられた。というか一遍死んだ。まあ無様にやられるわな、この世界にレベルの概念はないけど、レベルあってれ精々十とかそこらの実力しかないし。
普通にあっさり殺された俺は、知らんが気紛れで生き返らされた。後から事情を聞くと、話し相手の下僕が欲しかったらしい。勇者(?)を手駒にすれば使えるんじゃないか、とかも。どう考えても使えないだろ俺。
「俺の世界の国では、民主制だったな。民が指導者を選んで、そいつに政治とか任せる」
「それだ! それをすれば私は楽に、」
「その前に周りを説得せにゃならんがな」
「それは面倒だ」
チッ、と今度は分かりやすく舌打ちしたアーデルハイト。
こういう所さえなければ、こいつは美人で強く、性格もまあ悪くないし案外優しい所もあり、理想的な女とも言える。残念な部分もあるが、それも可愛らしいものである。
「……で、お前はどうするのだ」
「俺か?」
「私の下につくという事は、人間を敵に回すのだぞ」
微かに心配そうな眼差しを向けられるが、最初から俺の答えは決まっていた。
「俺はアーデルハイトに命を与えられた。なら、素直にアーデルハイトの側に居るさ」
それに此方の方が扱い良いしなー。何か魔族の連中俺が可哀想な奴認識してるし、酷い真似はさない。単純にアーデルハイトのお気に入りの座を手に入れた俺に悪さなんか出来ないだけかもな。
まあ、ぶっちゃけた話、糞みたいな国と人間の味方として、人身御供として死ぬより……好いた女の側で死にたいのが、本望だからな。
「う、うむ。私の下僕として側に居るが良い」
少し照れたようにそっぽを向いたアーデルハイトに、俺は揶揄するような笑みこそ浮かべたが、何も言わないでおいた。からかったらまたアイアンクローだからな。
ま、此方でも魔王様のご機嫌取り役なんだ。変に機嫌を損ねて拗ねられても困る。
「まあ同じ人身御供なら美人に捧げた方が良いよなあ」
俺の言葉に更に魔王が赤くなったが、俺は知らない振りをして笑った。
ある意味、人身御供として放り出されて良かったかもしれないと思った、今日この頃である。