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《事前》

インタフェイス【interface】:コンピューター本体と各種周辺装置やコンピューター同士を接続し、電気信号の大きさを調整したり、データの形式を変換したりして、両者間のデータのやりとりを仲介する回路や装置。また、人間がコンピューターなどの装置を円滑に使用できるようにするための操作手順。インターフェイス。//大辞林より抜粋

 親友と、その妻が帰らぬ身となったのは、葉桜になりだした春のことだった。

 それはまったく寝耳に水の話だった。電話が掛かってきたとき、莫迦を云うなとその場で親族に怒鳴った程だ。

 駆け落ち同然で結婚した二人は、親族にとって家に泥を塗った者でしかなかったらしい。

 物言わずに帰ってきた二人に、各々の実家は形ばかりのとむらいを済ませた。 

 損傷が激しいという理由で、彼らのなきがらは無く、献花するだけの式だった。

 後に残ったのは、彼らの 十歳になったばかりの一人娘だ。 

 親二人を一度に喪った彼女は、お情けでどちらかの家に引き取られる運命にあった。

「俺の家に来る気があるか」、厄介者を引き取る義務があるのは向こうだのなんだのと、押し付けあう親族の姿を見せたくなかったのかもしれない。既にそんな醜い擦り合いの話を小耳に挟んでいた俺は、親友とその妻の忘れ形見に、訊いてみた。

 彼女は押し黙った。長い長い沈黙の後で、こう答えた。

「あなたの素性を知った上で、問題がなければ引き取ってもらいたいわ。」




 インタフェイスはそこで螺子捲く



 

琉平りゅうへいさん。お早う」

 寝惚けた頭で居間に行くと、彼女はダイニングテーブルで本を読んでいた。

 お堅い装丁の辞書やら分厚い洋書やらスコアやら和書やらが、尖塔のように積まれている。

 白いスチールのテーブルには、あまり似つかわしくない光景だ。

「なんだこれは」

「図書館で借りてきたの。規定の十冊、二往復して家に持ち込んだわ」

 二日酔いでもないのに頭がズキズキと痛んできた。

 リビングの時計は無機質に1・1・4・5とデジタル数字を並んで表示している。

 お早うと彼女は云ったが、どう見ても昼前の時間帯だ。

 つまり、明け方に帰ってきて昼前まで爆睡していた俺に合わせて挨拶したのだった。

 テーブルの上に広がった本一式に俺がとやかく言うより早く、彼女は声を掛ける。

「今ご飯よそるから、座って待ってて」

 読んでいた本をぱたんと閉じて、席を立った。昼前に家事をこなして、自身の趣味の探求に取り掛かるのが彼女の日常だった。

 台所でカチャカチャと皿を取り出す音が聞こえる。飯を待ちながら、真正面で堆く積まれた塔を睨む。小難しい題名の本が数多くあった。物理学だか哲学だか自然科学だか、素人から見れば区別がつきそうにないボーダーラインの本だ。彼女の雑多読みは半端がなく、英語の題名の楽譜なんぞもどう使うのかさっぱり解らなかった。

 ――この生活を奇妙な同居と言わずして、なんと呼ぶか。

 あの日から一年、彼女は、新しい生活に順応しこのマンションで日々を送っていた。

 俺と彼女は赤の他人だ。引き取る行為は、世間一般から見れば特異な行動だろう。

 だが 俺が彼女を引き取るにあたって、親友とその妻の実家からなんのお咎めもなかった。

 余計なお荷物が減って、財産配分も減って、願ったり叶ったりだったらしい。行政の審議なんて後回しで、表向きにどう改竄したかは知らないが、俺に当面の金を渡してさっさと消えた。

 居候が居ても、俺に支障はない。彼女の個人教師が来ようが、ピアノ教師が来ようが、自宅往診が来ようが、俺は日中家に居ないからだ。専属無しのジャーナリストという不規則極まりない仕事の時もあれば、遊びで帰らないこともある。費用は彼女の親族から上乗せ捻出、口止め料込み、詰まる所俺は彼女に養われていた。

 そんな事情を知ってか知らずか、彼女は不平不満も云わず俺と同居している。厄介者と云われて親戚に妬まれるよりかは、保険金やら遺産やらを投げ渡してでも気儘に生きたいということなのか――心的外傷ストレス障害(PTSD)で、心細くなって藁をも縋りたいのかも知れない。

「そうだ、今日は午後から往診の日だから。終わったら書類のサインよろしくね」

 トマトカルボナーラがスープ付きでやって来た。バジルの葉も添えてあるのが彼女らしい。

「……げ、あのハカセ野郎また来んのか」

 フォークでパスタを巻き取ろうとして、落としてしまう。

砥部倉とべくら先生って呼ばないと、琉平さん」

 彼女のPTSDの状態を見極めるために、このマンションの一室には、自宅往診の医師が来る。

 奴については、嫌味で奇特な人間だという感想しか湧かない。上から物を見る態度が気に食わない中年だ。

「先生は色んなことに詳しいから。今日も教えてもらおうと思って、本を借りたの」

 そう云って、彼女は再び本を開く。目を凝らすと、向かいがわの ずらずらと書かれた本の文字が読み取れた。「不可侵の法則からなるシステムが作り出す、不規則かつ複雑な軌道の非周期振動」……医師と患者がこんな話題で盛り上がるというのも、ある意味 健全ではない気がするが。

「……なあ。今更だが、何でお前ノコノコ付いて来た?」

 気を取り直して出されたスープを飲んだ。ふと頭に浮かんだ疑問をぶつけてみる。

 あの時、俺の素性を知った上で問題がなければ引き取ってもらいたいと彼女は云ったが――どう考えても、俺は保護者協会からPG−20を付けられる人間だ。酒と煙草を常用し、仕事柄 不規則に行動、朝に寝て夜起きる事も多々あるし、女が恋しければ外で寝る。その生活リズムは同居人が来ても変わらなかった。告げ口されたら児童福祉法違反か未成年略取で訴えられてもおかしくない。

 ずっと不思議に思っていた。――『彼女は、何故自分に付いて来たのか?』。

「じゃあ琉平さんは、わたしを気まぐれでここに呼んだの?」

 動じずに彼女は微笑み、こう切り返した。

 彼女の長い黒髪がさらりとなびく。決して強い口調でなかったのに、意志の篭った力強い目を見せ付けられて、答えに窮した。

 この俺が子供相手に無言になった、ということになる。

「真相なんて解らないほうが、結果的に善いこともあるわ」

 黙っていると、若干十一歳の少女は、自らの経験のように俺に話した。

「どれだけ情報を仕入れても、ううん、仕入れれば仕入れただけ未来は予測不可能になるものよ。真相を明かすはずの材料が、却って事態を混乱させているなんて、皮肉だと思わない?」

 数多の本から吸収した知識か。あるいは、それから悟った自答か。

 それは、学生時代に習ってから久しい統計学理論だった。厭になるほど叩き込まれたせいで、普段は奥底に封印してあったものが、ぴんと来てしまったのだ。

「くだらねぇ」

 一回りも生きていない小娘が、小説の感想の如く同意を求める。一瞬、学生時代のように持論を展開させようとして――相手が十一ということを思い出し、そんな言葉を吐いた。いい年をした男が、小娘と対等にカオス理論を話す姿は、滑稽以外の何物でもない。付き合う義理はないと云わんばかりに、俺は最初ハナから会話を終わらせたのだ。

「シンプルに考えりゃいいんだよ。物事なんて勘で行えば充分だ」

インスピレーションも自身の経験と理論と推測を重ねた結果だわ。琉平さん、わたしはただ、カオスにしたかっただけ」

「……」

「答えを混沌わからなくさせたかったから、わたしは琉平さんの家に転がり込んだの。」



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