幻のハンバーガー
少年はテレビのCMを見る度にそのハンバーガーはどんな味なんだろう?と思いを馳せた。
画面には陽気に踊るピエロといかにも美味しそうに見えるハンバーガー。
少年の住んでいる家は1時間程歩いた国道とは名ばかりの道路に
一日にバスが2本しか走らないと言う僻地であり、
当然の如く、電車等と言う物はテレビの向こう側の物で実物を見た事は無かったし
少年知る都会と言う所は半年に一度程しか会えない父親と名乗る男が
車で半日程走らなければ辿り付けない場所だった。
説明してもにわかには信じて貰えないだろうが少年は祖母と二人暮らしで
でかいだけで寂れ放題の屋敷で野山を走り廻るのが唯一の遊びとして育った。
漫画の中でだけしか登場しないような木のツタを切ってターザンごっこだとか
食える野草を見つけてオヤツ代わりにしているような生活を送っていた。
某国営放送の他に写りの悪い民法放送が2局だけと言うテレビを見るのが少年は好きだった。
テレビの向こうの都会の生活と言う物、薪を使わずに入る事の出来ると言う風呂、
食べた事も無い美味しそうなお菓子、着飾ったアイドルとかスターと言う存在。
勇ましいヒーロー達。
少年は見た事も無い雪だとか、何処までも広がる青い海と言う物にとても憧れた。
遠い都会に住む従姉妹ががたまに送ってくる雑誌も少年は好きだった。
所謂月刊誌だった漫画雑誌は連載されていた作品の続きが読めない少年をとても残念がらせた。
比較する対象がいなく、家が貧乏だと言う自覚も無く
裕福な生活は送っていなかった少年だったが
幸いな事に両親の不在と言う事以外は特に寂しいとか悲しいと言う事を感じずに育った。
18才になり就職で都会に出る事になり、彼は初めてハンバーガーショップと言う物の実物を見た。
その頃にはこの有名なチェーン店の広告費が小国の国家予算並みだと言う事も知っていた。
慣れない生活と仕事で少しへばっていた青年だったが初めての給料を貰うと
ハンバーガーショップに足を運んだ。
ハンバーガーとコークとポテト。10年以上食べてみたいと思っていた物がやっと手に入ったのだ。
青年はかぶりついた。
が、不味かった。どうしようも無く不味かった。
宣伝に掛けている1/10でも味の方に廻せよと真剣に思った。
時は流れ、男には家族が出来た。
振り向けば野山を駆け回った少年時代がまるで御伽話の世界の物語のようにさえ思える。
今では何処にでも在るハンバーガーショップの特徴的な看板を見ると
少年の頃に夢見た幻のハンバーガーの事を思い出す。
そして今でも思う。
幻のハンバーガーのままの方が良かったと。