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Short Story  作者: 神崎 紗穂
6/12

act.5 初秋の夕暮れ

 一束、五百円。

 それを見たのは、涼しい風のふき始めた、会社からの帰り道だった。

「乙女の真心」という言葉をもつ、思い出深いその花と値札を天秤にかけ、私は足早に改札口へ向かった。


三週間ぶりに帰宅ラッシュの電車に乗ったが、運良く座ることができた。

私の降りる駅まで約二十分、特権と言わんばかりに眠ることにした。

さっき見た、あの花を気にしながら。


 太陽は弱まる気配さえ見せない九月。

時折吹く風がススキをゆらし、その上をたくさんのトンボが飛んでいた。

道端には桃色の花が満開だった。

 あのとき。

運動会の練習でまっ黒になった肌を全く気にしないで、日が暮れるまで遊んだ。

チョウの羽は平気でつかめたし、野ウサギをおそるおそる抱いたこともあった。

クモの子の入った袋も破ったし、東の空に昇るまっ赤な満月を不思議に思った。

何もかも知らないことだらけだった。

 オトナのふりをしてみたかった。せつなさというのを感じてみたかった。

だから、好きな男性ひとなんていないのに、どこかで見た花占いの真似をした。

結果なんてどうでもよかったのに、「スキ」で終わった時はなぜか喜んでいた。

 私はまだコドモだった……


 人が乗り降りする気配を感じて、目が覚めた。ひとつ手前の駅に着いている。

どうやら乗り越さずに済んだ。強めに一回まばたきをして、寝ぼけた脳をたたき起こす。

いくらか空いた車内を見渡し、軽く息を吐いた。

 今、私は口紅をさしている。この街で一人で生活していくことにも充分慣れたし、スーツやパンプスも板についている。けれど、久しぶりに少女時代の夢を見たのは、忙しかった仕事が今日あがったからだろうか。


 再び改札を通り、階段を降りた。数メートル離れた所に目立つ文字がある。

「本日セール 一束三百円」

 頑張った自分へのご褒美にしよう、私は店先へと急いだ。


「コスモス、一束ください。」

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