act.10 響き
シンクに散らばる破片。蛇口を閉め、流水を止める。
用意した小さなビニール袋に破片を拾い集める。
「あーあ……」
私は残念なため息を漏らした。気に入っていた大切なグラスを割ってしまったのだ。
今まで、とても丁寧に扱ってきたグラスだったのに。
最近の私は仕事に追われ、毎日帰宅時間が遅かった。
この日は、いつもに比べると少しだけ早く帰宅できたので、シンクにたまった食器を忙しなく洗っていた。
親許を離れ、毎日、料理を作ることも掃除することも洗濯することも、全てが楽しくて仕方なかった頃。
食器ひとつ買うだけでも嬉しくて、このグラスはそんな時に手に入れたものだった。
のどを潤すのに適度な量。手にしっくりくる大きさ。
冷たい麦茶やアイスコーヒー、ビールなどを注いで、夏がくるたびに私はこのグラスを使っていた。
さすがに冬となれば使う機会はほとんどなかったけれど、食器棚を見るたびに私は一人暮らしの充実感を得ていたのだ。
全ての食器を洗い終わり、ビニール袋に入れられた不燃物に目をやる。
柔らかい皮膚を突き刺すように、鋭く尖ったガラスのナイフ。
なぜか今の私が、私の考え方や生き方がそこに現れた気がして、せつなくなった。
明日は仕事を定時で切り上げて、新しいグラスを買いに行こう。
二代目のお気に入りになるグラスを探しに行こう。
心にゆとりを取り入れて、私の気持ちを明るく回復させるため。
そして、新しい日常を始めるために。