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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
99/180

八月の脇役 その六

 私の服はワンピースとチュニックが大半を占めている。ジーンズの類はまずはかないし、ツーピースもあんまり好きじゃない。

 胸の下できゅっとしぼる、ハイウェストのワンピースが一番好きだ。


 船で着ていたのはまさにそのタイプだった。薄い緑のグラデーションのパフスリーブ。

 レトロなレースリボンを背中から回して、胸の下で結んでいた。フォーマルな席ではちょっと乙女チックすぎて浮いてしまうけれど、母が若い頃着ていたサマードレスを仕立て直したお気に入りの一枚なのだ。

 その大事なワンピースが、ない。あぁもう、なんてこった! 踏んだり蹴ったりだよ。


「見せてもらうわよ」

 コガネ先輩が私を押しのけてクローゼットの検分を始めた。監督はコガネ先輩から渡される服をせっせとベッドの上に並べてゆく。

 ……容疑者だから仕方ないのかもしれないけどさ、他人の私物漁ってるんだから、二人とももうちょっと申し訳なさそうにしてくれないかなぁ。それと、「これ、あなたにはまだ大人っぽすぎるんじゃないの?」なんてコメントは余計なお世話です~ぅ、だ!


「ところで、部屋が遠かったという話ではなかったか?」

 気持ちの上では完全にホールドアップしている私へ更に追い討ちを掛けるように、助監督が言った。のろのろとそちらへ目を向ければ、当たり前みたいな顔をして揺り椅子に腰掛け、またもや眼鏡を外してこちらを見つめている彼と目が合う。

 ……そっか、「迷」探偵モードのときは眼鏡を外すことにしてるのか。なるほど、一見賢そうに見えるその目は実は節穴なんですね、わかります。


「いえ、あの……。私の勘違い、みたいです」

 廊下の形が違うなんて主張しても、この様子じゃ信じてもらえそうにないな。嘘をついてるか、せいぜい錯乱してるフリ扱いされるに決まってる。今は我慢だ。

「ごめんなさい、あんまり立派なお屋敷だったからぼーっとしちゃって。勝手に思い込んでたのかも」

 くっそー、この屋敷、絶対何かあるぞ。私を陥れようという何者かの強い悪意を感じる。そんなことして何の得になるのかしらんが。絶対尻尾をつかんでやるからなっ!


 は、まてよ。そういや上陸したての時、光山君がなんか言ってたよね?「気をつけて」とかなんとか。あれはもしや、足元ではなくてこの展開を予見して言ったのだろーか。

 ええい、だとしたらあんなまどろっこしい忠告でなく、もっと具体的に言ってくれればよかったものを! わざとか! わざとなのか! むしろヤツの仕業かっ?(きぃぃ)


「ま、そんなもんじゃないスか? 俺らも、来たばっかのときは圧倒されたっつーか……」

 めんどくさそうに頭を掻きながらもフォローしてくれるゴトウ先輩。ありがとう、ありがとう! どうかそのまま、ずっと中立でいてね。


「それだけじゃなさそうに見えるが。まぁいい。いずれわかる事だ」

 助監督は再び眼鏡を掛け直しながら立ち上がって、「茶番に付き合うのは終わりだ。そろそろ行くぞ」とみんなを促した。そしてすれ違いざま、「せいぜいがんばることだ」と鼻で笑いやがった。

 ……こいつ、蹴りたい。


 佐々木さんの部屋は私の部屋から出て更に奥、左手6番目の部屋だった。

 6番目。なんだろう、すごく暗示的なものを感じる。でもなぁ、やっぱり違う部屋にしか見えないよなぁ。


 部屋の中には光山君と、腕に包帯を巻いてベッドに横たわっている佐々木さん、うつむいて震えながらソファに縮こまるメイドさん、その肩を支えるはっちゃん先輩、そして電話を終えたらしい執事さんが揃っていた。ここに私達7人が加わって、計12名。

 私の部屋より広いとはいえ、これだけ集まるとさすがに定員オーバーって感じだ。


 ベッドに横たわる佐々木さんの腕には包帯が巻かれていて、サイドボードには矢が、ベランダの傍には組み立て途中の弓がスタンドに立ててあった。サイトはまだつけられていなくて、最低限弓の形をしているという状態だ。

 あれで狙って撃ったって、うまく当たるものかね? そもそも至近距離すぎるし。アーチェリーの矢の軌道ってのは、もっとこう……。(ぶつぶつ)


 都合よく考えれば、別荘に着いた早々なぜか弓をひきたくなった佐々木さんが、準備中にうっかり自分で刺してしまったということになるんだけどなぁ。さすがにそれはないよなぁ。

 コガネ先輩の目撃した光景というのが、具体的にどんなものだったのか、もうちょっと詳しく聞いておけばよかった。


「まだ、目ぇ覚まさないんですか?」

 ヒワダ先輩がおっかなびっくりといった口調でたずねると、執事さんは「命に関わる傷ではなさそうです」と教えてくれた。でもショックのせいかまだ目は覚まさないらしい。これじゃぁ本人から真相を聞くのは難しいか。


 重たい空気を振り払うように、ツグ先輩とはっちゃん先輩が明るい声でメイドさんを励ました。

「でもぉ、腕の怪我だけですんでよかったですぅ」

「そーそ。そのうち目ぇ覚ますっしょ。ほら、あんたがしっかりしないと」


 ところがメイドさんは元気になるどころかますます落ち込んでしまって、ハンカチを目に押し当てながらか細く呟いた。

「でも、私が。私があんなものをお嬢様に……。うぅっ」

 え、何今の、わざとらしいほど気になるセリフ。あんなものって何?

「何よ。あなたなにか知ってるの?」

 わかりやすく興味を示したコガネ先輩が続きを促すと、メイドさんは両手で顔を覆ったまま、くぐもった声で答えた。


「私の母が、お嬢様に着ていただきたいと言ってドレスを縫ったんです。お嬢様はわざわざそれに着替えるためにお部屋へ……。そのままティールームにいらしていれば、こんなことにはっ」

 なぁんだ、そんなことか。


 みんなが「あなたのせいじゃない」とメイドさんを励ましているのを横目に、私は部屋の観察を始めた。どっちにしろ今の私は容疑者なんだから、それどころじゃないのだ。自分の身の潔白は自分で証明しないと。そのために、何かヒントを見つけなきゃ。


 この部屋は私が通されたところとは間取りが違う。私の部屋は縦長だったけど、ここはほぼ正方形って感じだ。レリーフは、う~ん、やっぱり丸っこい鳥だなぁ。私の部屋のものとどう違うのかな~?

 ドアに近寄って少し背伸びをして観察してみると、鳥の胸のあたりにうっすら、赤い染料がこびりついているのを見つけた。

 剥げ落ちたにせよ色を落とし損ねたにせよ、こんな立派なお屋敷でこれは不自然だ。うっかり? それとも何か理由があるのかな? 私の部屋の鳥には、多分色なんて塗ってなかったはず。ってことは、これは意味のあることなんだろう。


 ふむ。胸が赤い鳥といえば、キリストが十字架に掛けられたとき、その頭から茨の冠を外そうとして胸に棘をさしてしまった鳥がいたはずだ。あの鳥は、ええと確か……。

「コマドリ」

 そう、コマドリだ。そしてコマドリ、矢、とくればあまりに有名なマザーグースがあるじゃぁないか。このシチュエーションに、ものすご~くピッタリな。


 だれがこまどりころしたの?

 それはわたし、とすずめがいった。

 わたしのゆみにやをつがえ、わたしがこまどりころしたの。


 ……そっかぁ、私の部屋のあの鳥はすずめちゃんだったのかぁ、ちゅんちゅん。って、ちがうっ! 私の弓と矢じゃないから。あれは佐々木さんのだからっ。私の部屋のレリーフの鳥が雀だとしても、私がやったことにはならないってば!(ふるふるふる)

 ところで今の、心を読んだようなタイミングで聞こえた声は光山君だよね? 私はいつの間に背後をとられたのでしょーか。


 ドアの前に立つ私の肩に片手を置いて、覆いかぶさるように身をかがめて後ろから耳元に囁く光山君。傍目にはたぶん、こ、こ……、恋人同士(いや、ちがう、ちがうんだよ!)がこっそりいちゃついているように見えるだろう。仮にも怪我人の部屋で、不謹慎極まりない!

 この体勢は一体何のつもりだ、と振り返って抗議しようとする私を、彼は「しぃっ」と押し留め、そのまま私だけに聞こえるように続けた。


「気をつけて。……自分が『雀』だなんて、間違っても言い出しちゃダメだよ」

 そりゃぁ言わずもがなだけど、なんでわざわざ?

「それから……」

「海人、何をしている? こっちへ来なさい」

 更に何かの忠告をしようとする彼を、助監督が責めるような声音で呼び寄せた。光山君はふぅっと息を吐いて、「時間切れ」と呟くとそちらへ寄って行った。


 呼びつけられた光山君はなにやらお小言を喰らいながら苦笑している。へんなの~。彼らしくないなぁ。

 でもまぁ、今のはかなりのヒントと見た。参考にさせてもらおう。


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