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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
95/180

八月の脇役 その二

 気分転換にデッキへ出ると、光山君と佐々木さんがなにやら親しげにお話していた。

 んん~? なんだあれ。


 や、同じ大学の同じ学部なんだから、二人が話しちゃいけないってことじゃないんだけどさ。な~んかこう、違和感ってゆーか? だって、佐々木さんはわざわざ私を通して光山君を誘ったわけでしょう? それにしちゃ、親しすぎるような気がするんだよねぇ。

 船に乗る前も、なんだか光山君の様子はいつもと違ってよそよそしい感じだったし。こりゃ、なんかあるな。秘密の匂いがする。


 なんとなく死角に隠れてじっとしていると(だって声掛け辛いし、かといってすぐに戻るのもまぬけじゃん? 他意はないよ)、二人の会話が風に運ばれてきた。

「……ってことで、また頼むわ」

「あぁ、それは聞いてるよ」


 ふむ。「また」ってことは、さてはやはり、以前に何かの形で関わったことがあるのか。

 やっぱりアレか、お金持ち同士があつまってアハハうふふとおしゃべりするパーティー的なもので知り合っていたのだろうか。それで、光山君を気にいった佐々木さんが、私を通してよりお近づきになろうと……?

「それより盛沢さんには、私らのことは? 早めに話したほうが……」

「いや、……タイミングを見計らって、オレから言うよ」

「そっか……。まぁ、そのへんは任すわ」


 何だ、今の意味深なやりとり。いかにも、「本命ができたから別れてくれ」展開の布石みたいなセリフだったんだけど。

 さてさて、私はここで出て行って「今の……どういうこと? まさか二人は……」とかなんとかなじるべきなのだろうか。そして涙ながらに二人が「ごめんなさい、でも私達、本気なの!」「彼女は悪くないんだ! オレが、気付くのが遅すぎたんだよ……」とかうざいこと言って、紆余曲折の果てに真実の愛をゲットするというストーリーが……。


「あら、お気の毒」

 久々に、ありがちなラブストーリー展開を妄想している私の後ろから、また「フン」と鼻を鳴らす音がして、例の主演女優さんがシャンパングラスを片手に現れた。

 そっか、もう成人してるんだ? うらやましいなぁ、豪華ヨットでシャンパン、私もやってみたかった。今後機会があるといいんだけど。

 どうやら彼女も今の話を盗み聞きしていたようだ。まぁ、あの二人も特に声を潜めていたわけでもないし、風向きこっちだしな。


「ああいう世界の人たちって、婚約も早いんでしょ。そのうち身を引いてくれって言われるわね、あなた」

「え」

 え、やっぱりそゆことなの? ……なんか腹が立つ!

 いや、この怒りは今まで無駄に振り回されたこととか、変に牽制されて小笠原君以外の男友達ができなかったこととか、そういう理不尽さに対してのものだよ? 断じて、ちょっと寂しいかも、なんて思ってるわけじゃないんだからねっ!


「ま、あなたはアイジン向きじゃないわ。おとなしく身を引くことね」

「は、ははは……」

 口元がひくひくと引きつった。なんだいきなり。リゾートで優雅にお嬢様ごっこしに行くんじゃなかったのか、私。


「最後の思い出作りにって、お情けで誘ってくれたんじゃないのぉ? ま、せいぜい慰謝料代わりに贅沢してやればいいわ。いらっしゃい」

 彼女は、私が光山君にフラれた(いや、そもそも付き合ってないんだってば!)ものと決め付けて話を進める。「いらっしゃい」ったって、これ、あなたの船じゃないのになんでそんなに偉そうなんですか。


 すたすた、と先導する彼女の後ろについて船室に戻ると、テーブルに並んだ数種類のカナッペと、ワインクーラーに入ったシャンパンボトルが目に入った。

 ご、ごくり。あのキャビア、本物だよね? ランプフィッシュのじゃないよね? あんな山盛りになってるの、初めて見たんだけど。

「あれ、はやかったねコガネ」

 うぉう、ビックリしたぁ。声のほうに目をやれば、ソファの端っこに監督さんが座っていた。……壁と同化するほどの存在感の無さって、リーダーとしてどうなんだろう。


「デッキではお取り込み中だったのよ。それより、ソウ?」

「んぁ?」

「気が利かないわね! グラス見なさいよ!」

「あ、あぁ! ごめん」

 監督さんはソファから転げ落ちるように立ち上がって、ワインクーラーへ走り寄ると、ボトルを取り出した。カラン、と氷がズレてこすりあわさった音が、やけに大きく聞こえた。うぅ、私も喉渇いた。シャンパンは無理にしても、せめてペリエがほしい。


 下僕の如く甲斐甲斐しく、ええと、コガネさん? のお世話をする監督。ソウ、という名前らしい。こっちも自己紹介なしだったから困ってたんだ。二人とも、多分下の名前だよね? 苗字はなんていうのかなぁ?


「あのぅ、失礼ですが、お二人のお名前を……」

 教えていただいてもよろしいでしょうか、までは言えなかった。二人がものすごい形相で振り向いたものだから。

 ひぃ、ごめんなさい、ごめんなさい! 知らなくてごめんなさい、仮にも主演女優さんと監督さんのお名前くらい事前に知っとけですよね、ごめんなさいっ! そんな、親の敵を見るような目で見ないで。ただでさえ今、理不尽なダメージ被ってるんだからさ。


「え、ええと、なんてお呼びしたらよろしいのでしょうか?」

 慌てて方針転換した。これなら、名前は知ってるけど呼び方に戸惑ってるみたいなニュアンスに聞こえるもんね? だいじょぶだよね?

「コガネ。『コガネセンパイ』とでも呼んでちょうだい」

「私の事は『監督』と呼ぶように」

「……わかりました」

 だめだ、苗字に関してはヒントさえ出てこなかった。仕方ない、あとでこっそり佐々木さんに聞いておこう。


 わがまま言って申し訳ないな、とは思いつつも欲望に負けて、船員さんに「ペリエはありますか?」とたずねてみると、ニッコリ笑って「ございます」というお返事。さっすがぁ!

 気分だけでも、とシャンパングラスにペリエを注いでもらう。ついでにレモンもしぼってもらって、なぜか3人で乾杯していたところにデッキの二人が戻ってきた。

 なんとなく光山君の目が困ったような、迷うような色を湛えている気がするんだけど、これは被害妄想から来る勝手な思い込みなのだろーか。


 べっつにぃ、私に対してそんな負い目感じるほどのことはないんじゃないですかぁ? ……この指輪さえ無ければな!

 うっかり学校中に恋人認識されちゃってるものだから、夏休み中にフラれたとか不名誉な噂が立つのは避けられまい。くぅ、悔しい!(地団駄)


 若干複雑な気持ちを押し殺し、何も聞いてないフリをして二人にもペリエを勧め(あ、これ佐々木さんちのものなんだから、これはおかしいな)、再び乾杯。余程喉が渇いていたのか、佐々木さんは一気に飲みきった。

 なんとゆー思い切りのいい飲みっぷり。まるでビールの宣伝みたいだった。


 成人組に程よくアルコールが回って、感じていたよそよそしさがなくなり始めた頃。船が大きく揺れた。

「きゃぁっ」

 相変わらずグラスを片手に立っていたコガネ先輩が、よろけるほどの揺れ。

 私は、といえば、ソファに座ってもくもくとカナッペを摘んでいる最中だったので無事だった。あ、そうでもない。今のでちょっと、クラッカーからキャビアがずり落ちた! もったいない!


 それを合図にしたかのように、佐々木さんがにやぁ、と笑ってとんでもないことを言い出した。彼女はちょっと口が大きめなので、なんだかその表情には迫力があった。

「実はな、これから泊まる屋敷は、ちょっといわく付きなんよ……」


 私はぎょっとして、硬直した。い、いわく付き? ただでさえよくわからん呪いの指輪が嵌っている私をそんなとこに連れてって、だいじょぶなの?

 なんでそんな物騒なトコに人を招待してくれたんですかコンチクショー! こっちは、リゾートだって言うからノコノコ付いてきたのにさぁ。


「昔な、結婚を反対されてヤケになった男が、ある日屋敷中の人間を……」

「なっ、なによそれっ! 聞いてないわよ?」

 余程怖い話が苦手なのか、始まった途端にコガネ先輩が私の代わりに取り乱し、青い顔をして佐々木さんに詰め寄った。気持ちはわからんでもないが、まぁ落ち着いて。


 しかし佐々木さんはお構いなしに続ける。

「でな、最後は娘を攫って、崖から……」

「いやああああ、ききたくないいいいいい」

「それから、たまにバルコニーに立つ白い影が……」

「きゃあああああああああああ」


 コガネ先輩の大絶叫のせいで、途切れ途切れにしか聞き取れなかった。

 怖がりにも程があるだろう。そこまでやると、「かわいい、守ってあげたい」を通り越してうるさがられるんじゃないか? あー、でも、先に他人がパニックに陥ると冷静になれるシステムのお蔭でそこまで怖くはなくなった、かもしれない。


 どうやら佐々木家の2代前の御当主がホラー好きで、買い取ったものらしい。まったく、悪趣味なことだ。まぁ、そのまま維持して、こうして本人も遊びに行くくらいなんだから、バルコニーに白い影が見える以上の問題はないとみた。

 それにほら、バルコニーにはレースカーテンがつき物だ。きっと、風に揺れるカーテンだったとかいうオチに違いないよ。(自己暗示)


「まぁまぁコガネ。今回の台本は、まさにその話を題材にしてるんだよ。実際に起こった悲劇を、現場で再現する。きっと素晴らしくリアルな作品に仕上がるに違いない!」

「なにいってんのよバカっ! 私はイヤよ、帰る!」

 ……諦めが肝心ですよ、コガネ先輩。


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