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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
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八月の脇役 その一

 私が入ったアーチェリー同好会は、大会に出場したりしない。だから夏休みもあまり積極的に活動したりはしないんだけど、一応1週間だけ夏合宿と称して活動している。

 室内アーチェリー場には残念なことに冷暖房がないので、一番暑い時間を避けて、早朝からお昼前まで。


 ……せっかくのお休み期間なのに朝寝坊ができないのって、ツライ。ち、もっと確認してから入ればよかった。でも、ちょっと張り切ってカッコイイ弓買っちゃったしなぁ。これでやめちゃったらもったいないし、がんばろう。


 合宿は明日までだし、そしたらあとは自由だ。また実家に戻ってもいいし、いっそのこと短期のバイトというものを経験してみてもいいなぁ。さて、なにして過ごそっかなぁ。

 目白さんあたりを誘って旅行にいってみるという手もあるか、なんて考えながら弓を解体していると、肩をぽん、と叩かれた。

「なぁなぁ盛沢さん、このあとご飯食べにいかへん?」

「あ、佐々木さん……」


 この口調、声。同じ学部の佐々木 寧々さんだ。佐々木さんとは、いつぞや「目白さんの(重要)」代返をお願いして以来、付かず離れずの関係になってしまっている。

 よく言えば物怖じしない、悪く言うと遠慮のない性格の子で、正直言って苦手だ。ただでさえ私、関西風のイントネーションにちょっとした苦手意識があるのに。いや、別に関西の人が悪いというわけではないんだけど! 中学生のときに旅行先で理不尽な目にあったことがあってね……。トラウマとゆーか。


 佐々木さんは大層なお嬢様で、大学に入るまでは生家の所有する島のお屋敷からほとんど出ずに暮らしていたらしい。学校は毎日ヘリコプターで送り迎えされていたというから驚きだ。

 ゆえに、横断歩道や信号という概念をイマイチ理解できない人である。一昨日みんなでファミレスに行った時も、それはもう大変だった。信号が赤だろうが横断歩道がなかろうが、とにかくまっすぐ進みたがるので、最後には一人「エスコート係」に任命されていた。

 ファミレスに入ったら入ったで、システムを一から説明しなきゃいけなかったし。


 なぜそんな人がアーチェリーサークルに入ったのか、全く理解できない。お屋敷でクレー射撃をしていたそうだし、ライフル射撃部にでも入ったらよかったんじゃない?

「えっと、みんなで?」

「ううん。ふたりで。……盛沢さんに、お願いしたい事があるんよ」

 つまりこれはお誘いではなくて、彼女の中では決定事項なのだな、と理解した。


「お、お願い? 私、何もできないと思うよ?」

 よりによってなんで私に目を付けたのか。頼むから考え直して私よりもっと有能な人に声掛けてくれないか、と一縷の望みを胸に、へらっと笑って(あ、ちょっと引きつったかも)牽制してみた。


「ううん、これは盛沢さんにしか頼めんの。な? 代返したったやん」

 その代返は私のためではなくて目白さんのためにしたことなんだから私に恩を着せるのは筋違いだ!

「いや、あの、私このあと実家に帰ろうかなぁ、って」

「盛沢さんの実家て、近くなんやろ? ちょっと延ばせへん?」


 ……なんだろ、これは。なんとしても私に頼みたい何かがあるということなんだろうけど。

 自分で言うのもなんだけど私がなんの役にたつというのか? ここまで望まれると、何を求められているのか興味が沸いてきた。

「お役に立てるかどうかわからないけど、じゃぁ、とりあえずお話聞くね」

「ありがとー! たすかるわぁ」

 にっこぉ、と、満面の笑みでお礼を言われて、悪い気はしなかった。


「んー、つまり、私は一緒にご招待されて、ちょっとお手伝いすればいいの?」

「そうそう。バカンスやと思って、きらく~に来てくれればええねん」

 彼女のお願い事はたいして面倒なことでもなく、むしろ嬉しいくらいの申し出だった。つまり私を、彼女の家が所有しているリゾート島へご招待してくれる、というのだ。


 佐々木さんは映画研究会にも所属していて、そのロケのために島を提供することになったのだけど、映研には生憎友人として紹介できる同じ学部の女の子がいない。

 家の人に無駄な心配を掛けたくないから、「ついでに遊びに来たお友達」として付き合ってほしい、と。……大学生にもなって、クラスメイトとうまくやれているのかそこまで心配されるのもどうかと思うが、まぁ、お嬢様だしな。


「あれ、でも、いつもの子達は?」

 そう、彼女には私よりも親しくしている子達がいたはずだ。朝から下校まで、ずーっとピッタリくっついている子達が。そう指摘すると、佐々木さんはちょっと困った顔で笑った。

「うん……。あの二人はな、実はSPなんよ。だから……」

「そう、なんだ……」


 うわああああ、なんか気まずい、ごめん、変なこと聞いてゴメン! まさかボディーガード付きで学校通ってる人がいるなんて思わなかったんだよ、ごめん!

「だからな、代返のお願いされて、嬉しかってん。盛沢さんと仲良くなりたくて、このサークル入ったんよ」

「ええええ!」


 そ、そんなこと言われたらキュンとくるじゃないか! よしきた、一緒にリゾートに行ってキャッキャとはしゃぐくらい、任せとけ!

「うん、わかった。じゃぁ、お言葉に甘えてご招待されます。ありがとう」

「こっちこそありがとう! あ、それでな、盛沢さん」

 佐々木さんは、まったく悪びれずにのたまった。

「光山君も、誘ってな」


 主演女優の先輩の強い希望だから、とかなんとか一通りしゃべって、お礼に奢るからと伝票を持って去ってゆく後姿(あ、システム覚えたんだ)を、とっくに空になったメロンソーダのストローをくわえたまま見送った。

 なぁんだ、結局光山君が本命か。……チクショー。(泣いてない)


 と、そんなこんながありまして、私達は今、ヨットに乗ってます。もちろん佐々木さんのおうちの所有物。

 これで例の島の近くまで行き、ある程度水深が浅くなったらボートに乗り換えて上陸するという。


 まぁ、おまけ扱いで若干へこんだものの、完全なるプライベートビーチでのバカンスとあって、私はわくわくしていた。

 お屋敷には執事さんもメイドさんもシェフもパティシエも待機しているそうだから、これから一週間は高級ホテル暮らしとたいして変わらない。しかも、タダ! いやっほ~!


 映研のメンバーのほとんどは一足先に到着して準備しているとかで、この船に乗っているのは私と光山君と佐々木さん、船員さん、そして主演女優さんと、監督さん。

 監督さんはうちの大学の先輩で、主演女優さんは近くの女子大の人だそうな。あぁ、4月にビラ配りに来てた、あの大学かな……。そういや、なんだか見覚えのある顔だよなぁ。うむぅ。


「なによ、ジロジロみて?」

 おぉっと、視線に気付かれてしまった。さっきから思っていたけれど、随分ツンケンした人だ。未だに自己紹介すらされていないし。私が名乗った時なんて「知ってるわ」と言ってさっさと船に乗り込んでいったものだから、しばらく固まっちゃったよ。

 どうやらその態度は私に対してだけじゃないみたいだし、気にしないことにするけど。光山君には若干気を使っている、の、かな?(び、びみょ~)

 ご指名だったわりに、あまりベタベタくっ付くようでもなく……。わからん!


「いえ、その、お綺麗な方だなぁ、と」

 さすが今回の主演女優さんだけあって、彼女は美人だ。スタイルもいいし。165センチくらいのスレンダーな体型で、胸のボリュームはそこそこ。いいなぁ、私もああなりたかった。

 彼女はフン、と馬鹿にしたように鼻をならして、綺麗にパーマを掛けてセットしてある髪を耳にかけた。


「そりゃぁね。読モやってるくらいだもの」

 ドクモ、という音の響きに一瞬なぜか毒蜘蛛が浮かんだのは置いといて、なるほど、読者モデルさんですか。どうりで見覚えがあるような?

 いやしかし待てよ、私はファッション雑誌なんて滅多に買わないし、そもそも彼女のファッションとは系統が違う。本当に雑誌で見たのだろうか。


「そうなんですか。すごいですね」

 私の無難すぎる返答に気を悪くしたのか、彼女は不快そうに眉をしかめ、もう一度フン、と鼻を鳴らした。

「あ」

 途端に、記憶が蘇った。知ってる、その鼻! アレだよ、電車で一時期一緒だった人だよ。

 毎日満員電車のなかで傍若無人にお化粧していて、ある日口紅が鼻に刺さっちゃったおねーさんだ!


 あれから見かけなくなったけど、そうか、人の縁とは奇なるものだな。まぁ、多分私みたいなの、視界にさえ入ってなかっただろうから気付かなかっただろうけど、あれも元を正せば私がよろけたことがきっかけだったっけなぁ。


 私の小さな声に気付かず去ってゆく後姿が、あの日の彼女に重なった。

 ……やっば、これから一週間、バレないように気をつけないと。


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