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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
93/180

七月の脇役 その九

 結局くずきりを食べそこねたけど、あのパスタ屋さんは良いお店だった。また行こう。今日はとりあえず、ゆ~っくり休んで、それから夏休みの計画を立てよ~っと。


 ふんふん、と、テストが終わった開放感に浮かれてちっちゃく鼻歌を歌いながらマンションまで帰ると、エントランス前でスーツ姿の矢切さんが、なぜか仁王立ちしていた。

 ひ、ひぃ、今度は何?


「おかえりなさい。……『あんしん日傘』に作動不良があるようですね。呼び出し回線が通じませんでした。後ほど修理しましょう」

「ただいま戻りました。あの、試験中に防犯ブザーがうっかり鳴っちゃったら大変だと思って、電源切ってました。……なにかあったんですか?」

「そうでしたか。ふむ、機能別に切れるように改良が必要ですね。まぁ、それについては後ほど。まずはこちらへ」


 矢切さんは無表情のまま、エントランスを開けて私を中へ誘導した。そのまま九頭竜さんのお部屋へ入るよう促される。

 まさか、またあの地下室まで呼びつけられてるのだろうか。いやだ、あれから私、地下恐怖症になりつつあるのに。

「え、あの、地上じゃできないお話なんですか?」

「しっ! 基地のことはトップシークレットですから、むやみにその話をしてはいけません!」

 めっ、ってされた……。自分だって今、「基地」って言ったじゃん。


「えっと、今日の服は滑り台向きでは……」

「大丈夫です。盛沢様のアドバイスのお蔭で、行き来共に高速エレベーターになりましたから。今では片道3分です」

 改造はやっ!

 そういえばあの翌日から空き地の方がまた通行止めになってるなぁ、と思ってはいたけれど、無駄に行動が早いな、九頭竜さん。

 ち、まずは基地の改造に取り組ませて、無駄なロボットへの着手を遅らせようと思っていたのに。


 仕方なく一旦104号室へ入り、梯子を上って窓からもう一度外へ。この一連の無駄な労力は省略するつもりないんだ?

 いや、いいんだよ、利便性を追及した結果この部屋の地下を掘られた日にゃあ、それこそ目も当てられないし。


 空き地と我が家の塀の間、前回はポリバケツが置いてあったはずの場所には、私がお勧めした銀色の外置き収納ボックスが設置されていた。我が家はこれをベランダに置いてゴミ箱として使っている。

 秘密基地への入り口はゴミ箱、という九頭竜さんのこだわりに私が妥協した結果、これになったわけだ。ポリバケツよりは見栄えがいいと思うんだけど、うぅむ。


 ボックスの表面に矢切さんが手を当てると、ぷしゅ、という音とともに蓋が開き、地下へと続く階段が現れた。おそるおそる1段、2段、と探りながら降りて10段目。そこにはエレベーターホールができあがっていた。

 1ヶ月足らずで、よくもまぁここまで……。


「これは以前の、帰還用ラインの転用です」

「あの、ジェットコースターみたいなアレですか?」

 前回地上に戻る時もひどい目にあった。高速で昇り続けるジェットコースターとか、もう二度と乗りたくないよ。息が切れるし、風が強くて顔がめくれるかと思ったし。

「ええ。さぁ、お乗りください」


 エレベーターの中には座席が二つ。あぁ、確かに見覚えがある。てゆーか、やけに広いエレベーターだなぁ。コースターをそのままエレベーターの中に入れただけじゃないか?

「安全バーをおろしてください」

「……はい」

 言われなくとも。(ぎゅー)


 フリーフォール系のアトラクションのような移動のあと、私はやっぱりしばらく立てずにグッタリしていた。

「オーナーは本当に乗り物に弱いんですねぇ」

「やはり『左足首くん』への採用は絶望的ですね……」

「まぁ、ボクもエレベーターって苦手だからね。今より狭くなったら耐えられないと思うんだ」

「リハビリも兼ねて、少しずつ小さくしていきましょう」


「あのぅ、私は何のために呼ばれたんでしょうか」

 ソファーに横たわって、またしても濡れタオルを額に乗せている私の頭の上で交わされる勝手な会話を、前回と同様手を挙げて遮った。あぁ、デ・ジャ・ヴュ。


「あぁ、そうそう」

 九頭竜さんは、ぽん、と手を打って私の手に何かをのせた。んん?

「これがあなたのIDカードになります。おめでとう! これで晴れてあなたも地球平和機構の一員ですよ!」

「は、はぁ……。ありがとう、ございます?」

 いや、ほんとはありがたくない……。


 私の微妙な反応を気にすることもなく、九頭竜さんはさらに「はい」ともう一つのものを私の手に乗せた。なんだこれ? ちょっと分厚い。

 タオルをずらしてみてみると、それは封筒だった。


「例のお家賃の件。あれから矢切クンが調べてくれたんですよ」

「第一回試験飛行の際のカメラの画像を解析した結果、確かに封筒らしきものが映っていました」

 その画像を拡大して、封筒の厚みやら飛ばされてゆく軌道やら何やらを計算したら、やっぱりお家賃の入った封筒であった可能性が高いということだった。


「目下行方を捜索中ですが、我々にも責任がある、と判断いたしましたので、取り急ぎ立て替えさせていただきます」

 おおおおお! よかったね、浅見さん! これでご両親にいらん心配を掛けずにすむよ。

 私は飛び起きて、今度こそ心からお礼を言った。

「ありがとうございます! 彼女もきっと喜ぶと思います」


「はっはっは。お安いご用ですよ。ところで103の方って、どんな方ですか? 小さいですか?」

「え?」

「え、ほら。お隣だし、出勤しやすいかなぁ、と」

 無節操にテストパイロット募集しようとしている!

 いやいや、彼女はやめておいた方がいい。彼女は絶対向いてないよ、ラボの機械全部ひっくり返しかねないよ?


 私は咄嗟に答えた。

「(私よりは)背が高い方です」

「そうですかぁ……」

 九頭竜さんはガッカリしたように肩を落として、けれどももう一言付け加えることを忘れなかった。しぶとい。

「お友達に、あなたと同じくらいの背丈で、正義感が強い子がいたら紹介してください!」

「……ソウデスネ」

 水橋さんは、お庭に出さないように気をつけよ~っと。


 指紋、声紋、網膜パターン、静脈データに至るまでをメインコンピューターに登録されて、私はやっと解放された。なんだかプライバシーを全て暴かれた気分……。


 幸いエスカレーターの速度は自由にいじれるらしいので、通常の高速エレベーター程度に設定してもらう事でなんとか生還できた。以降、私のIDで移動する時は、九頭竜さんいわく「緊急っぽくない速度」で運転される事になるそうだが……。自らの意思であそこに行くことなんて、この先あるのだろーか。

 ま、いいや。とりあえず浅見さんに電話して、安心させてあげないと。


   ぴるるるる、ぴるるるるる、ぴっ。


「こんにちは。盛沢です。今、お電話よろしいでしょうか?」

「あ、こ、こんにちはっ! すみません、あの、あの、わたしっ」

 ……相変わらず切羽詰ったような声なんだけど、大丈夫かな?


「お取り込み中でしたら、また後ほどお電話しますが、実は……」

 詳しい事情(どうせ捏造)は後回しに、お家賃が見つかったことだけでも伝えようとする私の言葉を遮って、浅見さんは電話の向こうで絶叫した。

「なんか、600万円もらっちゃったみたいなんですぅっ!」

「はぁ?」

 なんの対価もなくリスクも負わずにそんなお金が入ってくるわけがない。今度はどんなまずいことに巻き込まれたってんだ?


「なんか、小児科のお医者さんからメールが来てっ!」

 彼女の元に、小児科医と名乗る人物からメールが届いたらしい。自分の患者さんの話し相手になってほしい。そのお礼に、ある会員制のサイトに600万円を振り込んでおいたから確認してください、という内容で、金額の大きさに驚いた彼女は若干興奮気味だった。


「すごく可哀想な子なんです。病室から出た事もなくて、ご両親もその子の手術代のためにお仕事が忙しくてお見舞いにも来れないから、お姉さん代わりの話し相手がほしいって」

 そのために、まずはなんとかいう胡散臭いサイトに接続して、会員登録をしろ、と? うっわ、その手口、この前テレビでみたよ……。


「お金はいらないから、私でよければよろこんで、ってお返事しようと思うんです。あ、それであの、お家賃はもうちょっと……」

「いえ、浅見さん、落ち着いて聞いてください」

 未遂? 未遂だった? 間に合ったよねぇ?

 これ以上彼女が坂を転げ落ちるのは阻止できるよねぇ?


「残念ですが、それも詐欺なんです。そうやって、有料の会員サイトにおびき寄せる手口なんです」

「え、ええ?」

「メッセージ一通受け取るのにいくら、みたいなサイトがあるんです」

「えええ?」

「絶対、返信しちゃだめです! それに、お家賃はお隣の空き地の持ち主さんが拾って(嘘)届けてくれましたから!」

「ええええええええええええ!」


 なんかもう、同い年のはずなのにちっちゃな子を相手にしている気分になるなあ、危なっかしくて。どうしたらあんなに純粋でいられるんだろう。


 頼むから、くれぐれも早まったことをしてくれるな、としつこく言い含めて、私は電話を切った。

 ……さぁ、明日から夏休みだ。


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