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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
92/180

七月の脇役 その八

 渡された取扱説明書は、なんと240ページに渡っていた。これ、一晩で作ったんだ? そいつはすごい……んだけど、素直に尊敬できないのはなぜだろう。


 表紙には「『あんしん日傘』取扱説明書」と書いてある。ご丁寧なことに解説DVD(再生時間30分)までついていた。……こっちを見るほうがきっと手っ取り早いんだろうけど、うぅむ、ウザそう。絶対九頭竜さんが得意げに語っているに違いないんだ。

 表紙を開いてみると、ご丁寧に目次がついていた。どれどれ?


   はじめに ……………3

   使用上の注意 ………105

   確認しましょう ……135

   設定の方法 …………139

   動作確認 ……………179

   オプション …………195

   クイックガイド ……200

   困った時は …………240


 うん。「はじめに」が長すぎると思うんだ。何も、使用した素材の電子配置まで書かんでも。

 えーと、例のロボットの外装と同じ素材でできており、非常に軽くて丈夫。現在特許申請中? ……私が情報を漏らしたらどうする!


 そして昨今の日本の治安の悪化を憂う気持ちはわかるけど、そんな事をとうとうと語られてもなぁ。こういういらん注意書きやら何やらで無駄に100ページほどが費やされているわけだけど、それにしたってまだ140ページ残っている。

 クイックガイドだけでも40ページ分だなんて、いったいどんな余計な機能満載なんだ、この日傘。


 あと、「困った時は」のページのど真ん中に大きく印刷されている携帯番号は、九頭竜さんのものだろうか。24時間いつでも受付とか書いてあるけど、いいの? ほんとに。


 仕方ない。試験前にこんな分厚いの読んでいられないし、素直にDVDを見ようっと。

 私は、嫌々ながらそれを再生した。とたんに画面いっぱいに広がる九頭竜さんのイイ笑顔。うっわ、ウザぁ……。


『こんにちはぁ! 今日は、貴彦おにーさんが、よいこのみんなにすてきな日傘を紹介するよ!』

『わぁい、なんだろー(棒読み)』

 カメラが引いてゆき、九頭竜さんと矢切さんの小芝居のセットが映った。


 九頭竜さんは例の金属に関する小難しい分子式やらなにやらがぎっしり書かれた黒板を背景に、黒縁の伊達めがね、なぜか頭には鳥の巣のようなカツラ(あ、よく見たら黄色いひよこさんが住んでる!)をかぶり、白衣、といういでたちで立っている。矢切さんはパイプ椅子に座り、髪をお下げにして、手作りの名札をつけている。「やぎり りつ」。なぜひらがな?

 多分、小学生か幼稚園児向けの子供番組を意識しているんだろうけど……。私をいくつだと思っているんだ?


 早送り+1をしながら流し見したところ、大体の事はわかった。

 つまり、この傘には、「暗い夜道」(重要)で何かが起きた時に使う機能がい~っぱい備わっているようだ。

 日傘なのに。夜には出番がないのに。

 あ、でも雨晴れ兼用に改造されちゃったんだ。そっか……。便利だけど、なんかちがう。(む~)


 例えば、あんまり暗いときに足元を照らしてくれるライト(布部分の特殊加工によりソーラー蓄電できるようになったのでとってもエコ)とか、照明弾(てっぺんからロケット花火が上がるらしい)とか、防犯ブザー(一定以上の衝撃を受けると半径1キロに響きわたる)とか……。


 あとは、不審者を見つけた時にすぐ通報できる警察直通回線、救急キット(消毒液と絆創膏程度)、もしもの時のためにGPS機能(秘密基地から追跡可能)、音楽プレイヤー(九頭竜さんのテーマソングのみ)えとせとら、えとせとら。

 とにかく、全部で108つの余計な機能がついているらしい。大事な日傘になんてことしてくれたんだっ! いやしかし、今はこれ以上こんなことに時間をとられるのは惜しい。……くそぅ。


 七月というと試験期間でもある。大学の試験は2週間に渡って続く。

 その間、私は彼らのことは一旦頭から追い出して、勉強に打ち込んだ。


 だってうっかり数学のクラス分けテストで取り返しのつかない失敗をして、クラスAになっちゃったんだもの!(ひどい点数をとってクラスBかCに入っておいた方が、試験が簡単で有利らしい)

 これでも手抜きして6割くらいの正答率を心掛けたんだけど。


 名前をあえて書き忘れたとか、計算の度に間違った公式を使ったとか、解答欄を全部1つずらして出したとかいうつわもの共が多すぎてなぁ。いくつかのプラスとマイナスをわざと間違えて計算した程度じゃ、敵わなかった。

 なんとあの、ちょっとぼんやりさんな目白さんでさえも抜かりなくクラスBに納まっていたというのに。情報の力ってすごいよなぁ……。


 クラスAには私みたいに正確な情報収集を怠ったうっかりさんか、そうでなければ元々自信のある人(例:光山君)ばっかりだから、やっぱり不安。


 よりによって最終日だった数学の試験のあと、私は疲れ果てて席に座ったままグッタリしていた。ちっくしょー、クラスAだけ無駄に難しいとは聞いていたけど、本当だった。

 先生はきっと生徒に何か恨みでもあるに違いない。まぁ、さすがに落としたとは思わないけど、あまりいい評価はもらえないかもなぁ。

 一日前のドイツ語も、な~んかイマイチだったしなぁ。椅子の性別とか机の性別とか、そんなに大事な事か?


 はぁ……、とため息をついた私の隣に、誰かが立った。

「疲れてるみたいだね。カフェにでも寄ってく?」

 誰かなんて今更考えるまでもなく、光山君だ。

 一緒に帰る事が決定しているような言い分なんだけど、これはお昼も一緒に食べる事になるのだろうか。私は今、くずきりの黒蜜がけが食べたい気分だから、和食系のお店のほうがいいなぁ。


 光山君がおいしいお蕎麦屋さんを知っているというので、じゃぁそこに行こうと例の日傘(とりあえず、防犯ブザーやら照明弾やらが誤作動したら大変だから、電源は切ってあるので、普通の日傘と変わらない)を手に取って立ち上がったところで、「クミちゃああああん」という声が響いた。

 ぶんぶん手を振りつつ、小笠原君が駆け寄って来る。いちいち大げさな子だなぁ。目立つし恥ずかしいからやめてって、何度も言ってるのに。


 未だに彼の言う「わたしのおうじさま」云々が思い出せない。もう2ヶ月が過ぎようとしているんだけど、もしかしてこのままずるずるとこんな関係が続くのだろーか。

 そういえば小笠原君は私と同じく「うっかり」クラスAに入ってしまった組らしい。数学のクラス分けに関する情報を、私ほども知らなかったそうだ。まぁ、彼らしいよね……。


「クミちゃん、テストどうだった? ボク、たぶんダメだったよ~」

 ダメだったと言うわりに、全く悲壮感を漂わせぬ様子で彼はえへへ、と笑った。そして、意識してか無意識なのか、光山君と私の間に割って入ってきた。

 おぉう、怖いもの知らず。相手は紅蓮の魔王様なのに。


「う~ん、あんまり、かなぁ」

「だよねだよね! あーぁ、ボク、今からでもBかCに移動できないかなぁ」

 それは私も、できる事なら是非そうしたい。無理なのはわかってるから言わないけど。


 小笠原君の肩越しにちらりと光山君を覗くと、なんとなく笑顔が引きつっているようだ。決して私を巡る嫉妬の類ではなくて、光山君って小笠原君が苦手なのだと思う。相性が悪いっていうか?


「光山君はいいよねぇ。どーせバッチリだったんでしょ?」

 そんな事には全く気付かない小笠原君は、にこぉっ、と眩しい笑顔のまま、光山君を振り返って話し掛ける。

「さぁ、いい結果だと嬉しいけどね」

 光山君の返答はそっけない。


「えー、そんな事言って、よゆーだなぁ」

「そんなことないよ」

「ボクに少し点数わけてよ~」

「……ふふ」

 ……空気が読めないってのは、結構幸せな事なのかもしれない。


 結局、まとわりつく小笠原君をかわしきれず、3人でパスタ屋さん(小笠原君が「ボク、カルボナーラが食べたいなぁ」とかわいくゴネたもので、つい)でランチを食べて帰った。


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