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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
90/180

七月の脇役 その六

「おかしいな……。『子供たちの未来のために』とか『地球に生きる生物全てのために』とか言ったほうがよかったですか?」

 女性相手の説得ならこれで間違いないって、おじいちゃんが言ってたんだけどなぁ、と腕組みする九頭竜さん。あんたのおじい様は一体何を孫に教えて育てたんだ!


「なんですか、その選挙演説みたい、な……」

 は! そういえば九頭竜って苗字テレビで聞いたことある。確か大臣職に何回か就いたことのある人じゃなかったっけ。この若さで独立行政法人のトップになったのは、よもやまさかそういうコネなのだろうか。

 ……いいや、知らない知らない。知らなくていいことは知らない。これが大事。


「こほん。とにかく、その……憶測なんでしょう? 私が見る限り、その人達は正義の味方っぽいような気がしますけど?」

 なんとか誤解を解かねば。助手としてイメージアップに努めねば!

「ほら、ええと、ほら! えーと……。そうだ、5人戦隊っぽいですし!」

「それはテレビの特撮モノに洗脳されてるからです」


 や、ちがうんだ! 確かに今のはちょっと言い方がまずかったけど、ほんとは「5人戦隊っぽいから正義の味方」なんじゃなくて、「正義の味方が5人だから5人戦隊」なんだ。あぁ、なんてもどかしい。何もかもぶちまけてやりたいのに。(きりきり)


「それに、日本語でしゃべっていたのならきっと言葉が通じますよ。まずは平和的に、言葉で交渉してみたらどうでしょう?」

 まぁ、言葉が通じても意味が通じない人っているけどさ。ケセラン様はちょ~っと怪しいところだけど、ブレイン役のホワイトあたりと一度お話してみるといいよ。

 そのほうが、いきなりミサイルぶっ放したり、ロボットで戦いを挑んだりするよりもずっと文明人らしい行為だと思うんだ。


「もちろん、まずは平和的に交渉するつもりですよ? でもほら、万が一ってこともありますから」

 きらきら、ときらめく九頭竜さんの目を見る限り、「万が一」が起こるといいなぁ、という気持ちが駄々漏れなんだけど。どうしても正義のロボットのパイロットになりたいんだなぁ、34歳にもなって。体力と気力に満ち溢れてるんだな。

 逆に5人戦隊なんて、30前には引退したいとかボヤいてるのに。世の中って、ままならないなぁ。


 あーもー、いっそケセラン様に紹介して「なうっ!」ってやってもらおうかな。ほらあの、ケセランフラッシュ? 篠崎さん達の記憶を消したアレ。あぁ、でも世界中のお偉方にやらないと、もう意味はないんだ。


 ……なんで迷彩モードオンにしておかなかったかなぁ。迂闊すぎるよ、みんな。


「と、とにかく、私には荷が重過ぎます。まずは交渉して、決裂したら改めて……」

「まぁまぁそう遠慮せずに! せっかくの機会ですから!」

 遠慮じゃない。心底嫌なんだ。


 一時間後。矢切さんにひん剥かれ、モニター付き全身タイツ(黒)の上に宇宙服みたいなものを着せられた私は、とうとうコックピットに座らされていた。

 ……いや、がんばったんだよ? がんばったんだけど、考えてみれば私、ここから自力で脱出できないんだよね。あとはもう、この人達が満足するまで付き合うしかないじゃないか。


 椅子の座り心地は素晴らしい。何のための椅子なのか考えなければ、ずっと座っていたいくらいだ。手足を自由に動かせるのなら、だけど。

「隙間があまりあると危険なので、ちょっと強めに締めますよ」

「……ハァイ」


 きゅきゅっ、と音をたてて手首が固定されてゆくのを、私はなす術もなく見下ろす。同じように足首に至るまで、体中をベルトで固定されてしまった。

 五月にキュピルとひとくくりにされて転がされた時よりははるかにマシとはいえ、なぁ……。(アレ、これ、ほんとにマシか?)


「あのぅ、これでどうやって操縦を?」

「まだ実験段階なので、とりあえず帰還ボタンと緊急脱出ボタンさえ押せれば大丈夫です」

 はい、とニッコリ笑いながら、九頭竜さんが二つのボタンを私に握らせた。右手に赤、左手に青。長いコードが座席の下のほうに繋がっている。


「青が帰還用、赤が脱出用です。くれぐれも、間違えないでくださいね」

 本体を持って帰れる「帰還」と違って、「脱出」は運転席のみ排出したあと自爆するようになっていますから、と九頭竜さん。

 私はこくこく、と頷いた。きっとこの人のことだ、派手に自爆するに違いない。脱出しても爆風に巻き込まれる可能性がある。押していいボタンは左だけ、左だけ……!


 椅子に固定されたあとは、残る隙間いっぱいに緩衝材を詰める作業だ。出発準備にこれだけ時間が掛かるなら、到着した頃にはコトは終わってるよな。ほんと、このままじゃいくらなんでも意味がなさ過ぎる。

 あのむやみに長い緊急出動用ルートといい、本気で地球を守る気がないんじゃないかと突っ込みたくなるなぁ。「駆けつけた時には手遅れでした」コース一直線じゃないか?


 酸素マスクがついた物々しいヘルメットをかぶせられた私の視界を、更に埋めゆく緩衝材。え、え、どゆこと? 見えないんだけど?

「すみません、外が見えないんですけど!」

「あー、モニターはまた開発中で。とりあえず、全方向性カメラの映像は司令室のモニターに映ってますから!」

 だから何だと言うんだあぁ!


 いや、どうせまた「実験段階なので」って言うんだろうけどさ。想像しちゃったじゃないか。「3歩先、右にパンチです!」「左斜め下45度、射撃っ!」とか指示する矢切さんを。(やばい、すごく似合う)

 そしてそのたびに「このへんかなっ?」「わかった!」とか言いながら指示されたとおりに動かす九頭竜さん。……想像し易すぎて眩暈がする。


 しかし、これじゃぁ閉所恐怖症は致命的だよね。でも、見えないんなら高所恐怖症は大丈夫なんじゃ? いやまてよ、私より乗り物に弱い従妹の絵実ちゃんは、確か「船に乗ったと自覚したとたんに酔った」とか言ってたし、気持ちだけでダメってこともあるのか。

 ……あ、やばい、私も気分悪くなってきたかも。


「す、すみません、やっぱり私、ダメかも……」

「大丈夫! 正義を愛する心があれば!」

 守られる立場でいたい乙女心っ!


「準備できました」

スピーカー越しに矢切さんの声が無情に響く。「いってらっしゃい」と九頭竜さんがコックピットのハッチを閉めた気配。あああああ。


 ふぃぃぃぃぃん、ふぃぃぃぃぃん、とサイレンが鳴って、横にスライドする振動を感じた。気をしっかり持つのよ、わたし。これはジェットコースターと一緒。暗闇を駆け抜けるジェットコースターに乗ったと思うのよ、わたし! どうせ見えないんだから目をぎゅっと閉じて……!

「5秒前。……2、1、発射!」


「『発射』ってなんだああああああああああああああああ!」

 私は歯を食いしばりつつ絶叫するという離れ業を達成した。


「いやぁ……記録更新ですね」

「驚きましたね」

 額にタオルを乗せ、グッタリと横たわる私の頭の真横で、二人がしみじみと会話する。あのさ、気持ちはわかるけど、労わってよ。今具合悪いんだしさ。


「まさか、これはさすがのボクも想定していなかったよ」

「ええ、私も驚いています」

「「まさか2分ももたないなんて……」」

 声を合わせてため息をつくなっ!


「すみません、ねぇ……」

 冷たいタオルの下で、私のまぶたがひくひくと痙攣した。ストレスだ。心が限界だって悲鳴をあげてるんだ、きっと。

 大体さ、ロボットの飛行実験だってのに離陸の合図が「発射」って、なんだよ! 「発射」って。「発進」でしょ~? あんた達も実は気付いてるんだね? これはただの空飛ぶドラム缶に過ぎないって。


「何の訓練も受けてない、民間人なもので」

 しかも未成年の女子大生だよ? か弱いよ? 乗り物酔い酷いとも言っておいたじゃないか。なのになんだ、そのいかにも「期待はずれ」「だまされた」みたいな声音は!


「これは、やはり見直しが必要ということでしょうか」

「ええー! イヤだよ矢切クン、また一からやり直しなんて!」

 九頭竜さんが子供のような声を出して駄々をこねた。……お願いだからあっちでやって。


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