七月の脇役 その五
なんて断ったらこの人達に通じるだろう。
咄嗟に首を左右にぶんぶん振ると、九頭竜さんは大変さわやかな笑みを浮かべ、私の肩をぽん、と叩いた。
「正義のためです。一緒に地球の平和を守りましょう!」
もういるよ! 人知れず守ってる人達が5人ほどいるよ!
そしてたぶん、九頭竜さんの発明品よりず~っとず~っとハイテクな機械いっぱいもってるよ。ロボはまだないけど。でも、コレよりはずっと大活躍してるから!
「なぁに、大丈夫大丈夫。オートパイロットで、緊急脱出装置付きですから! ほしいのはあくまでも『人が乗って10分以上飛行した』記録なんですよ」
それにこれは正義のためのプロジェクトなんですから、と繰り返す。
もしやこいつ、正義のためなら何をしてもいいと思ってるタイプか? 街中で戦闘してビルとか壊しちゃっても「あっはっは、正義に多少の犠牲は付きものですよ」とか笑ってすませてしまいそうで怖い。
せめてうちの近所での戦闘はくれぐれも避けるように、できれば戦隊と同じく廃工場とか海岸あたりで戦うように、矢切さんにでもお願いしておこう。
「私にはそんな大役務まらないと思うんです。ほら、あの、警察とか自衛隊とか、そちらの方から募っては……?」
「それはダメですっ!」
「ダメですね。論外です」
九頭竜さんがものすごい剣幕で叫び、矢切さんが全否定した。
なんでだ、いい考えなのに。ただの女子大生をドラム缶に詰め込んでぶっ飛ばすよりは、ずっと現実的じゃないか?
「そんなことしたらメインパイロットの地位まで奪われちゃうじゃないですか!」
「そうですよ、メインパイロットの地位を死守するために、自衛隊との共同研究の話を蹴ったんですから」
子供かっ!
「では、まずは閉所恐怖症の治療をなさって、それから進めてはいかがでしょう?」
どうしても自分が乗りたいんだったら、まずは乗れるようにしやがれ、と言ったつもりなのだが、九頭竜さんはため息をつき深刻な顔で首を振った。
このぉ、イチイチ仕草が表情豊かでうっとうしいなぁ!(特にこんな時は気に障る)
「……仕方ない、矢切クン。『あれ』を彼女に見せようと思うんだが」
「ええっ、所長! 『あれ』は、国家機密で……」
「彼女は『あれ』を見たことがないから、今、地球で何が起こっているのか知らないんだ。きちんと現実を理解すれば、絶対に協力してくれるさ!」
あっれぇ、もしかして今、「世間知らずの平和ボケ」扱いされた? よりによって世間から確実にズレてるこの人達からそんな扱いうけると、地味にショックなんですけど。
矢切さんはしばらく逡巡した後、こくりと頷いた。いやほんとそんな、国家機密とか迫りつつある危機とか、怖いこと知りたくないんだけどなぁ。穏やかな日常を常に求めている私に、なんてひどい仕打ちだろう……。
「では、盛沢様。こちらのモニターをご覧ください」
彼女は、やっぱり白衣のポケットからリモコンらしきものを取り出して、部屋の半分を覆うスクリーンに向けた。(あのポケット、多次元に繋がってたりしないよね?)
写されたのは、んー、……これは衛星写真、かな? 素人にここから何を読み取れと?
「この部分です。拡大します」
矢切さんがレーザーポインターで写真の右端を指し、そのままぴっ、ぴっ、と拡大してゆくと、次第に「何か」が見えてきた。
「はじめは、某国の気象衛星にたまたま写り込んでいたのですが……」と、矢切さん。
私は思わず額をおさえた。あちゃ~……。
「これが一番はっきり写っている画像です」
そこには、発光する丸い物体と、赤い全身タイツにヘルメットの人影が、ポーズをつけて写っていた。
あ、あ、あ、アイタタタタタタタ。
「確認されたのは昨年の6月頃でした。それから世界中の気象衛星、軍事衛星などから、このような映像が出てきまして……」
ビームサーベルを振り下ろすブラック、ランチャーを構えるホワイト、なんだかかわいいポーズで逃げるピンク、フライングボードで何かに激突するブルー。
「更に昨年11月からは、地上でもこれらの未確認飛行生物が度々観測されるようになっているのです」
矢切さんの深刻そうな説明が、頭の上をすり抜けてゆく。レッド、あぁ、レッド。
ノリノリでポーズつけて写っちゃってるよ、レッド! だからおバカキャラだって言われるんだよ、私と根岸さんに!
「この未確認飛行生物達は、おそらく宇宙人だろうと考えられています。彼らの使用する武器は地球の科学ではまだ解析さえできない物が多くて……。あぁ、これ以上はさすがに言わないでおきましょう。ま、とにかく、恐ろしいテクノロジーを持っていると考えてください」
私の苦悩を驚きによるものと勘違いした九頭竜さんが、やたらと鼻高々に説明を引き継いだ。いや、うん、知ってるんで。あなた達よりず~っと、知ってるんで!
「彼らについては、世界中で見解がわかれるところでね。ご覧の通り、彼らは『何か』と戦っている。たまたま戦闘場所が地球の近くであるという可能性、地球を守っている可能性もありますが」
九頭竜さんはキリっと真顔になってスクリーンへ寄って行き、右手でコンコン、とブラックのサーベルのあたりを叩いた。
「当然、地球を侵略に来たという可能性も、十分にあるわけです」
んのおおおおおおおおおおおお!
ちょっとあんた、そりゃないよ。彼らはねぇ、自分達には何の落ち度もないのに白い悪魔にこき使われてる、可哀想な正義の戦隊なんだよ? なんと時給1100円で地球の平和を守ってるんだよ?
それなのに、地球の敵呼ばわりとか不憫すぎるよ!
「既に国によっては、彼らに向けて威嚇の意味を込め、ミサイルを発射したところもありますが……。全て『彼』に斬られて不発に終わっているようです」
おぉ、さすがはブラック! やっぱりやるときはやるね、竜胆君。そうか、地球だけじゃなくて戦隊も守ってるのか。大変だなぁ……。
はて、でもそんな話、私は聞いたことなかったぞ? 心配させまいとみんなが黙っているのか、それとも認識していないのか。どっちだ? 結構暢気な連中だからなぁ。
竜胆君が気付いて無言で斬り落として(とはいっても、何かが飛んできたからとりあえず落としとけ、くらいの認識だろう)、他の四人は気付かず、ケセラン様は面倒だからスルー、というあたりが真相だろうか。
「それに対する報復措置などがないことから、彼らは『今のところ』敵ではない、というのが概ねの意見です。しかし、しかしですよ!」
私がふむふむと感心したように頷いたのにムッとしたのか(ほんと子供だな!)九頭竜さんは再びブラックのサーベルを、今度は掌でべしん! と叩いた。
「いつ、我々に牙をむいても、おかしくないんです!」
ないない、ないって。多分ケセラン様だって、そこまではしないよ。地球をゲーセンみたいに思ってるフシはあるけど。最近は株式というゲームに夢中になってるけど!
ケセラン様を派遣したうちぅけいさつだって、そんなに地球がほしいならあんな毛玉一つを寄越すなんてまね、しないよ。一気に攻めて一気に落とすよ。
しかしなぁ、これはケセラン様も、何らかの声明文発表したほうがよくないか? 戦隊を守るためにもさ、「ワレワレハ、ユウコウテキナ、ウチュウジン、ナウ」とか。……誰も信じないか。
「そうだ! これを見てください」
ヒートアップした九頭竜さんは、「矢切クン、『アレ』を」「しかし所長!」「いいんだ、ボクが全責任を持つから」というやり取りの末、もう一つの極秘映像をみせてくれた。
「これは先々月、国内の廃工場で撮影された映像です。たまたま廃工場マニアの人が忍び込んでましてね。世界でもおそらく初めての声付き動画です。残念ながら数十秒ですが。なんと、彼らが使っている言語は日本語なんですよ!」
スクリーンいっぱいに、なんだか見覚えのある細長い影が映った。あれは……。
『ぎゅるるらる~、ぴぎゅ~~~』
『そっち行ったぞー、ブラック!』
『はぁっ!』
あ、ああぁ!
これは私がケセラン様の策略にひっかかってひどい目にあった時の映像だ。しかも、私の救出作戦の最後の部分だ!
「どうですか、竜ですよ、竜! 伝説のイキモノだと思われていたのに、本当にいたとは驚きですよね!」
「そ、ソウデスネ」
「この黒い宇宙人、竜の宝玉を奪ったんですよ。とても正義の味方とは思えません」
ごめん、ごめんよブラック。フォローしたいけど、言えないんです。「その珠の中には私が閉じ込められていて、危うくそのまま宇宙に連れてかれちゃうところだったのを助けてもらったんです」、とか言えないんです!
「この映像から見るに、連中は地球に狩りに来ているのではないかと思うんです」
「狩り?」
「そう。竜、麒麟、ユニコーン、ペガサス、人魚……。今では我々が伝説だと思っている生き物が、かつては実在して、彼らが狩り尽くしていったために想像上の生物として扱われるようになったのではないかと! このままでは50年後、『犬? あの伝説のペット?』なんていうことになるかもしれません」
それは、いくらなんでも飛躍しすぎじゃないだろうか。
「というわけで、かわいい動物達の未来のためにも、彼らと戦う日に備えて、どうか実験に協力してください」
「すみません、私、乗り物酔い酷いんです」
……あほらしい。帰ろう。