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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
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七月の脇役 その四

 私の第一声が余程予想外だったのか、九頭竜さんと矢切さんは、二人揃って首をかしげた。

 ……まぁ、そうだよね、状況の説明もなしにこんなこと言われたら「なんのこっちゃ」だよね。落ち着け、私。順序立てて話すんだ。


 私は、浅見さんがロボを見てしまったことは伏せて(だって、これ以上彼女を巻き込むのはちょっと……)、例の突風がおこした悲劇について説明した。

「103号室の方から、『窓を開けておいたら、いきなり変な突風が巻き起こって、お家賃の入った封筒を飛ばされた』というお電話をいただいたんです」


 その事実を確かめるべく、屋上から空き地を覗いてみたら、たまたま「よくわからないもの」が打ち上げられる様子を目撃してしまい、ついでにその時の突風で日傘を飛ばされてしまったのだ、と。


「大事な日傘でしたから、回収してくださって感謝します。……ここが何なのかはよくわかりませんが、うちの敷地内ではないようですし、あのポリバケツさえなんとかしていただければとりあえずは結構です」


 相手が口を挟む隙を与えず、一気にべらべらと言葉が出てきたのは、あの滑り台がやたらと長かったせいである。

 そういや、さっき「緊急出動用ルート」とか言ってなかったか? あれで緊急? 10分くらい掛かってなかった?


「ただ、やはり103号室の方のお家賃は、できれば返してあげてくださると助かります」

「……聞いたかい、矢切クン。やはりボクの思ったとおりだよ。彼女はとても優しい子なんだ」

 ……はい? え、今のお説教からなんでそういう結果に?


「突然、謎のハイテクの中枢基地に連れてこられて戸惑っていないはずがないのに、彼女は他人の心配をしているんだ。どうだい、言ったとおりだろう!」

「なるほど、確かに所長のおっしゃるとおり、適任かもしれませんね」


 ちがっ! 違うんだ、戸惑ってるには戸惑ってるけど、異常事態に慣れきってるせいで動揺がはっきり表に出ないだけなんだ。


 そして103のお家賃のことは純粋な善意とかじゃなくて、「あーぁ、『娘さんがお家賃用の通帳のお金使い込んで滞納してるんです』なんて親御さんに話すの、気が重いなぁ、やだなぁ」という気持ちのほうが強いんだ。


 だからそんな目で見ないで、「すっごく優しいいい子」みたいに思わないでっ! こそばゆいから。なんか罪悪感覚えちゃうからぁ!


「オーナー、実はそんなあなたにお願いしたいことがあるんですよ! さぁさぁ、まずはこっちこっち」

「これで問題は解決ですね、所長!」

 どんな私に何をお願いする気だ! と言いたかったが、残念ながらもう二人はノリノリで、私の言葉など届きそうになかった。

 ……早く地上へ返して。


「どうです、驚いたでしょう。『地球平和機構』とはすなわち、政府から委託されて地球の平和を守る、正義の味方なのですよ!」


 それは、うん。ある意味驚いた。政府がそんな重要な任務を民間(まぁ、純粋に民間とは言えないが)に委託していることといい、そんなあからさまな名前で活動していることといい、仕分けされていないことといい。


 私達が最初にいたのは地下4階。「ラボ」と呼ばれる階層で、そこから順に、上へ向かって「居住区」「作戦指令本部兼操作室」「機械室」となっているそうだ。


 ……居住区があるならなぜうちの部屋を借りているのか、と聞きたい。

 まぁ、たぶんあれだ。「様式美」というやつなんだろう。(なにせ「一見冴えないロッカーかゴミバケツ」から秘密基地に行く、という変なこだわりがある人のすることだからな!)


 建物の真ん中は吹き抜けになっていて、その中央に赤い「何か」がど~んと置かれている。


 私達の現在地は作戦指令本部兼操作室。ガラス越しに吹き抜け部分が見えるから、改めて例のモノを観察することができた。

 赤い物体の背の高さはは多分3メートル程度? もうちょっとかな? あ、4メートルもあるんですか? ふぅん。


 胴体にあたる部分はほぼドラム缶のようで、左右にクレーンみたいなアームとU字型の手がついている。頭っぽいところはボール状で、多分全方向にカメラがついてるんだと思う。

 なんか、グロテスクでカッコワルイ。足は、ない。

 

 ……これで一体、どうやって地球の平和を?


「今はまだ実験段階で、アレは試作品なんですよ。完成予定の模型はコレです」

 じゃじゃ~ん、と九頭竜さんが指差したその先には、あの不恰好な代物とは似ても似つかないカッコイイロボットが置かれていた。

 おー、すごくヒーローっぽい。というか、5周りくらい大きい人間型ロボットって感じ?


「最終的には、こうなるんです。パワードスーツというものとロボットの中間ですね! もちろん、ボクが操縦します」

 そうだろうよ、好きそうだもん。いかにも好きそうだもん。アメコミっぽくて。

 でも、あの試作品がその完成予定模型の形に変形するまでに、少なく見積もってもあと数年はかかりそうだなぁと思うのは私だけ?


「とりあえずは有人での飛行実験中でね。まだ2回しか飛んでないんですけど。貴重な瞬間にでくわすなんて、オーナーも幸運でしたね!」

 何が幸運かっ!


 しかし、それでやっとわかった。なんであんなうるさい音がするのに気が付かなかったのか。

 1回目は私が留守の時で(代わりに浅見さんがいたわけだけど)、私が見てしまったのが2回目だったのね。なるほど。


「あのぅ……。それで私に、なにをしろとおっしゃるんでしょう?」

 嫌な予感がしてならないんだ。そういえば思い出した。うちのマンションを建てるときに起きた数々の珍事件を。


 まずは、そうだ、建設が始まっているにもかかわらず「この土地を売ってくれ」と執拗に交渉を持ちかける謎の業者がいたんだった。

 それをやっと追っ払ったと思ったら、今度はなぜか、この地区一帯が一年間に渡り「車両通行止め」となって、工事が中断。(ご近所の皆様は、お金をもらってよその区画に駐車場を借りていたらしい)


 そんな時間かけて、もしかしてうちの土地が日陰になってしまうような巨大建造物がお隣にできるのかしら、と戦々恐々していたら、何故か塀だけしかなかったわけだが……。

 そうかそうか、地下を掘っていたのか。


 ということは、だよ? 「秘密を知ってしまったからには政府によって拘束されることになる。それが嫌なら土地を売るよう、両親を説得しろ」とか、そんな交換条件持ち出されたりするんじゃ……?


「実はですね。2回の飛行実験で、重大な問題が発覚したんですよ」

 九頭竜さんは、声のトーンを一つ下げ、深刻そうに言った。

「そのために、2回とも3分間の飛行で打ち切らざるを得なくなりましてね」

「はぁ……」

 まぁ、新しいプロジェクトだ、そんなこともあろうて。


「飛行ユニットの構造に欠陥があるわけではないんです。計算上、国会議事堂までは飛べるはずなんです」

 国会議事堂だけ守る正義の味方っ?


 え、まさかね? ただわかりやすい距離として例に出しただけだよね? ちゃんと日本全土くらいは守る予定あるよねぇ? じゃなきゃ、国会議事堂の地下に作るはずだもんね。うん、きっとそう、そうに決まってる。

 ……それでもっていつかは、郊外の、ひろ~くて周りに人っ子一人いないような土地に移動するんだよね? だよねぇ?


「問題はね……」

 あぁ、耳を塞ぎたいなぁ。なんだってみんな、私に秘密を教えてくれるんだ。

「ボク、閉所恐怖症だったんです……」

 いやぁ、まさかこのボクにそんな弱点があったとは思いもよりませんでしたよ、あっはっは、と笑う九頭竜さん。笑ってる場合か、ロボット乗りとしちゃ致命的だろう!


「じゃぁ、あの、矢切さんは?」

「私、どうやら高所恐怖症だったらしくて」

 二人とも、それぞれなんとか我慢して乗ってはみたものの、3分間しかもたずに帰ってきたらしい。カップラーメン作るのに丁度いいお時間ですね。


 いずれは九頭竜さん自らあのスーツを着て正義のために戦う予定なので、閉所恐怖症を克服するための特訓はするつもりだが、その間もプロジェクトを進めるべく、どうしてもテストパイロットがほしい。けれども極秘プロジェクトなので、下手な人間は入れられない、と。


「というわけで、優しいあなたにテストパイロットになってほしいんです」


 い、……いやだ!


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