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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
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七月の脇役 その三

「では、盛沢様」

 けほけほ、ともう一度咳き込んで、矢切さんは息を整えてから、私の腕をつかんだ。むむ、なかなかの握力! いや、そうじゃなくて、なんでいきなり人をつかむかな!


「九頭竜が待っております。こちらへ」

「え、え、え?」


 例え店子さんであろうとも、みだりに一人暮らしの男性のお部屋に入っちゃだめよ、と母から言われてるんだけれど、矢切さんは女性だし、これはセーフ?

 あれ、でも、あれれ?


 矢切さんは、見かけによらず力が強いらしい。ずるずる、と引きずりこまれそうになって、私は慌てて空いている手でドアの縁に捕まった。


「あ、私、靴を……」

「構いません、どうぞそのままで」

 土足で生活してるのっ? いくらアメリカ帰りだからって、せめて室内履きに履き替えるくらいしてもよかろうに。


「お願いですから……」と、矢切さんは白衣のポケットから、何かをごそごそと取り出した。

 えーと、なんか、テレビで見たことのあるものに似てる。……す、スタンガンとかいうやつに、にてるねぇ?

「手荒なマネは、したくないんです。ね?」

 にこ、と微笑まれて、私はおとなしく両腕から力を抜いた。


 こんな時こそ発動しろよ緊急ブザー! と念じてはみたものの、指輪からは全くその気配を感じない。何のためにこんなもんつけてるとおもってるんだあああ!


「大丈夫、ご安心ください。我々は政府に認められた機関です。何も危ない事などありませんから」

 スタンガン片手にそんなこと言われても、これっぽっちも説得力ないですよ。とは突っ込めずに、私は力なく「あはは、そうですよね……」と笑い、室内に引きずり込まれた。


 うちの貸間の作りは、一階が玄関、浴室、お手洗い、そして寝室で、階段を上がって二階がダイニングキッチンだ。

 しかし、玄関から内扉を開くと、本来寝室として使われるべき場所には何もなかった。


「こちらへ」

 すたすた、と、相変わらず私の腕を捕まえたまま矢切さんが窓へと歩いてゆく。あ、よく見たら窓のところに梯子が設置してある。


 だめだ、もうだめだ、この時点でなんだかわかった。


 誘導されるままに梯子を上がり、窓の外にあった踏み台を使って外に出る。そして次に示されたのは……。

「この中です」

 ポリバケツだった。


 屋上から見ると二階のベランダで死角になっていたから気が付かなかったけど、これはちょっと契約違反じゃないかね? 一応「デザイナーズ」と銘打っているので、「美観を損なうものは外に出さないように」と特約事項に書いてあるはずだ。


 そう抗議すると、矢切さんは少し考えて、「では九頭竜に仕様の変更をするように伝えます」と答えた。アレ、そういうところは案外律儀?


「とりあえず、今回はこちらからお願いします」

 一見ただのポリバケツなのに、生意気に指紋認証がついているようで、矢切さんは蓋の取っ手の両側に、それぞれの手を差し込んだ。

 ……今なら逃げられるかな、とは思うんだけど、やっぱりだめだよねぇ。ここまで来ちゃったらもう、とりあえずの決着まで付き合わないとかえって不安だし。


 ぴっぴっぴ、ぷしゅ~、という音がして、バケツの蓋が持ち上がり、その中に梯子が見えた。梯子好きだな!

「先に下りてください」

 はいはい、もう観念しましたよ~、だ。


 中はまるで、マンホールの底みたいに暗くて、よく見えない。

 恐る恐る足を入れて10段ほど降りたところで、突然次の段が消えた。

 いや、消えたんじゃなくて、元からなかったところに足を引っ掛けようとして、そのまま落ちた。


「ひゃあああああああああああああああああ」

 そこから先は、やたらとよく転がる滑り台みたいになっていた。真っ暗でわかんないけど! 見えないけど!


 はじめは、きゃぁいやぁたすけてぇ、と叫んでいたが、やがてあほらしくなって、私は口を閉じた。

 おうけい、着地するまではせいぜい声を節約するとしよう。そして九頭竜さんと対面したら、お客様だろうが、もう構うものか。絶対に文句言ってやるんだ!


 自分がどの方向にむかって運ばれているのかはよくわからないけど、どうせ最終的にはあの空き地の方に出るんだからひとまず我が家の地下は無事、だと思いたい。そのうち「スペース足りなくなったから」なんて掘り進めてこないように、きっちり注意してやろう。


 18歳の大学生にがみがみ叱られる34歳の天才、なんて滑稽じゃない? 少しは溜飲が下がろうってものだ。


 まっすぐ滑っているような、ゆるく螺旋を描いているような? とにかく、よく滑る。……うぅ、お気に入りのチュニックだったんだけど、痛んじゃったりしてないかなぁ?

 だんだん余裕が出てくると、さっき変な落ちかたしたせいで打ってしまった腰がじんじん痛み出した。湿布なんて、うちにあったかしら……。


 だいぶ暗闇にも慣れ、どうやらこの滑り台、何か大きな筒状のものを取り巻きながら斜め下に向かっているらしいぞ、と当たりをつけたころ、不意に視界が開けた。


 そのままぽ~んと放り出されて、私はもう一度悲鳴を上げ……そうになって、喉が張り付いたようにカラカラで声も出せないことに気が付いた。

 幸い、着地先にはちゃんと緩衝材みたいなものが敷き詰められていて、もう一回腰を打つ、という目にはあわずにすんだ。


「ようこそ! 『地球平和機構総合本部』へ!」


 暗いところから突然明るい所に放り出されたせいで、視力はまだ回復していなかったけれど、その無駄に底抜けに明るい声は九頭竜さんだ、とわかった。

 こいつ、これっぽっちも罪悪感ないな。むしろ喜んでるな?


「あーっと、そろそろ矢切クンが来る頃だ。ほらほら、立って立って」

 立てと言われても、視界はまだ眩んでいるし、長時間滑ってきたから足腰がおかしいし、たぶん緩くではあるけれど螺旋状に振り回されて、三半規管もなんだか狂っている。

 何より緩衝材の上で立つなんて、初心者にはけっこう難しいですよ?


 しかしグズグズしていたらきっと、また下敷きルートだ。下敷きになるのは異世界トリップの時だけで十分だよ!

 私はよろよろと、膝と手をつきながら何とか這い出した。直後ブザーが鳴り、しばらくして矢切さんが放り出されてきた。


「はい、まずはお茶をどうぞ」

 九頭竜さんは慣れた様子で、私と矢切さんにペットボトルを差し出した。

「いやぁ、あの緊急出動用ルートは、やっぱりまだ改善が必要そうだなぁ、はっはっは」

「……全くです」

 ごくごくごく、とミネラルウォーターを一気に飲み干して、矢切さんが言った。


「降りる際は長すぎて喉が渇きますし、昇る際はスピードが速すぎて息切れしますから。早急な改善が必要と思われます」

 それから、入り口をポリバケツに偽装するのはマンション契約に違反するようですよ、とも付け足してくれた。


「えええー! 秘密基地への入り口と言ったら、一見冴えないロッカーかゴミバケツと決まっているのに!」

「あれは、いくらなんでも困ります」

 何が秘密基地だ、あんな目立つ出動しといて!


「九頭竜さん、いろいろ申し上げたいことはありますが、まずは……」

 水を飲んで私の声も復活したので、滑り台の途中で計画したお説教タイム開始、だ。


「103号室のお家賃、返してあげてください!」


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