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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
85/180

七月の脇役 その一

 暑い。


 他に単語が出てこないくらい、暑い。

 実家にいた頃はもう少し涼しかった気がするんだけどなぁ。今年が特別なのか、それともやっぱり、こちらは緑が少ないせいか。


 輻射熱でペットが熱中症になるって言うくらいだし、コンクリートって熱をためるものなんだろうなぁ。

 私の家はむしろ「なんにも考えずに植えるだけ植えたんでしょ?」と聞きたくなるくらい植物に囲まれていたから、だいぶマシだったんだよね。その分、鳥も虫もいっぱいいたけど。

 ……そういや、今年はまだ蚊を見てないなぁ。


 とにかく、暑さで私はと~ってもイライラしていた。そこへ掛かってきた一本の電話。


「もしもしっ、あの、わたっ、わたしっ」

 着信の名前も見ずにとったけど、この時点ですぐにわかった。3号室の浅見さんだ。ほかにこんな噛む人知らない。


「こんにちは。どうかなさいましたか?」

 イライラしてるからって、お客様に当たるようなことはしませんよ。ええ、しませんとも。……今月分のお家賃が約束の日までに振り込まれていないからって。


 大方、その言い訳なんだろうなぁ、と思いながら、私は急かさず相手の言葉を待った。

 浅見さんはやたらと「あのぅ、そのぅ」と挟みつつ、何ゆえ今月の家賃の振込みが遅れているのかを説明してくれた。

 ……とても信じられないような理由を。


「つまり、お家賃を風にとばされた、と」

「ほんとに、ただの風じゃないんですぅ……」

 浅見さんの説明によれば、こういうことになる。


 浅見さんは、上京してからこちら、好奇心のおもむくままにいろんな所にお出かけして、「初めての一人暮らし」を満喫していた。地元とは全く違う生活を、とっても楽しんでいた。


 ところがある日、運悪く、道行く人が高価な壺を運んでいるところに接触して、その弁償をすることになってしまった。(……それはいわゆる「当たり屋」と言われる詐欺師ではなかったのか、と聞いてみたかったが、話の腰を折らぬためにとりあえずぐっとこらえた)


 困り果てた彼女は、それでも自分の責任で壺を弁償するべくアルバイトを始めたが、要領が悪いために次々と商品をぶちまけたり、お皿を割ったり、お客さんの服を汚してしまったりと長続きしない。もちろん、それに対する弁償費用も上乗せされてゆく。(あー、私が一回遭遇しちゃったアレが、日常茶飯事なのか……)


 しかし、バイト先でとてもいい人に出会って、素晴らしい方法を教えてもらった。

 まず、美容器具のセットを20万で購入して、その代金を支払う。そうする事によって「権利」をもらって、他人に美容器具を一点売るたびに、売り上げの5パーセントが自分の「配当」としてもらえる、という。


 計算上、20人に売れば元を取れるし、綺麗になれるうえにさらに配当が入ってくるなんてすごいですよね! と語る浅見さん。それはいわゆる「マルチ」とか「ねずみ講」とか呼ばれる詐欺の一種なのではないかと、私はとうとう突っ込んだ。

 案の定、勧めてくれたいい人とやらは、すでに行方知れずだそうだ。あぁ、もぉ、この人は……。


 彼女の受難はまだまだ続く。

 壺の弁償代はなぜか利息をとられてしまうし、美容器具も一括払いのほうがお得だと聞かされて、彼女はとりあえずご両親がお家賃と生活費に、と振り込んでくださったお金に手をつけ、それで支払ってしまった。(あーあーあ~ぁ……)


 そして、失敗のせいで差し引かれたもののなんとか貰えたバイト代でお家賃を入れようと思い、本日全額下ろして持って帰ってきたのだが……。(そんなことせずに、お家賃用の通帳に入れといてくれりゃよかったんだよ?)


 南側の空き地から、ロボットが発進して、その風圧でお金が全部とばされた、というのだ。


 私は思わず、受話器を片手に天を仰いだ。


「すみません、俄かにはちょっと、その……。最後のロボットに関しては、お疲れになったせいでトラックか何かを見間違えたのでは?」

 何を隠そう、この部屋こそが5人戦隊の秘密基地なんてものになってしまっているのだ。だから、絶対にありえない、とは言えない。でも、その5人戦隊さえまだ所有していないロボットとか、あなた、そんな、まさか。


 しかし浅見さんは言い張った。絶対ロボットだったと。ロボットが飛んでいったのだと。

 むぅ、頑固だな。


 なんにせよ今回の話題の重要な部分は、「というわけでお家賃の振込みをもうしばらく待ってほしいです」ということだったので、ロボットについては保留となった。

 この件に関して、前半(というか、ほとんどの部分)の詐欺られまくった話の真偽まで問うのはナンセンスだ。関係がこじれるだけだから。ここはただ、「では来月のお家賃の日までにお支払いくださいね」とお願いすることしかできない。


 あぁ、大家業ってこんな苦労もあるんだなぁ……。


 受話器を置いて、私は「飛んで行ったロボット」とやらの存在の可能性について考えてみた。

 とても気になる。もしかしてケセラン様がとうとう空き地の地下に、勝手にロボットの発進基地でも作っちゃったとか、ありえないとは言い切れないじゃないか。

 もしもそうだとしたら、ケセラン様に浅見さんのお家賃の補填をお願いできるかもしれない。だってあの毛玉、かなり反則な手を使って、株でがっぽり稼いでいるはずだもの。


「よーし、じゃぁそのロボットとやらを見てやるか!」

 暑さによって脳みそが半分溶けていた私は、そういうわけで馬鹿なことを思いついたのだった。


 南側の空き地は、そこそこ高い塀に囲まれていて道路からは見る事ができない。ところが、我が家の屋上からだと丸見えなんだよねぇ、これが。


 強めの日焼け止めを塗って、用心のため日傘を差して、そぉっと屋上に出て空き地を見下ろす。なんの変哲もない空き地だ。と言いたいところだが、そういえば真ん中に鉄板みたいなものがある。うーん、確かに怪しい。


 しかしまぁ、さすがにそんなに都合よく決定的瞬間に出くわすわけないよね。今までだって屋上にはちょくちょく出てたけど、そんな気配なかったし。

 ばかばかしい、戻ろう、と階段室のドアを開けようとしたその時。


   ごごごごごごごご……。


 あー、うん、なんか聞こえちゃいけない感じの騒音が聞こえる。

 そういえば先月聞いた、金属の門が開く音に似てるなぁ、なんて思いながらおそるおそる戻って下をのぞくと、ちょうどさっき見た不自然な鉄板が二つにわかれたところだった。え、えらいこっちゃ!


 口をぽかんと開けた間抜けな顔で、そのままぼーっと見ていると、今度は中から白い梯子のようなものが二本生えてきた。

 ちょっとちょっと、あの下ほんとどうなってんの? まさか我が家の下までくり抜いてたりしないよねぇ? 地盤沈下でも起こしたらどうするんだ?


 うぃんうぃん、といかにも「機械」な音を響かせながら梯子は平行に直立した。と思ったら、すごい勢いでその間を真っ赤な色をした何かが上がってきて、そのまま射出され、どこかに飛んで行く。


 途端に、吸い上げるような風が巻き起こって、私は手に持っていた日傘を支えきれずに飛ばされてしまった。

 あぁあああああああああああ! なんということだ、あれは祖母から送られたお気に入りだったのに!


 しかし、なるほど、浅見さんのお給料袋が吹き飛ぶわけだよ。ちょっと疑ってゴメンナサイ。でも日傘、どうしよう。

 ……いや、まぁ、それは後で考えるとして、なんだ、いまの?


 私の、「変なときにだけ発揮されるすごい動体視力」をもってしても、よくわかんなかったんだけど。えーと……え、あれがろぼっと?

 察するに、梯子はたぶんカタパルト的なもので、あの赤い物体を空中に放り投げるための装置だったんだろう。現に今はするすると収納されていってるし。


 放り投げられた赤い物体は、私が見る限り、アニメなんかに出てくる「戦うロボット」って感じじゃなくて、むしろ工場なんかで大活躍していそうなタイプのロボットだったんだけど。

 あんなもの射出して、どうすんの? てゆーか、「ロボットが飛んで行った」んじゃなくて、「ロボットが飛ばされた」が正しいよね?


 私は再び天を仰ぐ。赤い物体が落ちてくる気配はない。

 嫌になるほど夏を感じさせる空に、一つ、ため息をついた。


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