六月の脇役 その十四
「お疲れさま~」
魔王退治の熱に沸く宮殿は、一晩中宴が繰り広げられている。
女帝陛下と二の月の姫の浄化の力によって、瘴気にさらされた者達も一命をとりとめ、若干の怪我人は出たものの(パニックで逃げ出そうとして転んだ人と、魔王に吹き飛ばされた人ね)奇跡的に死者は皆無であった。
宮殿の庭は一般にも開放され、人々は次期帝王への賛美を口にする。
そんな中、穂積夫婦、光山君、竜胆君、そして私は、秘密の小部屋でひっそりと慰労会をしていた。
「今回は息子がご迷惑をおかけしました。でも、おかげでみんなに会えて嬉しいわ」
元クラスメイトと旦那さんしかいない気安さで、穂積さんは女帝陛下然とした口調ではなくくつろいだ様子で話してくれた。いや、なんか恐縮です、はい。
光山君が倒されたあと、竜胆君を治療室に運ぶという皆様の言葉を「唯人がこの傷に触れれば、瘴気に侵されてしまいます」と追い払った。(だってあんまり近付かれたら嘘っこの血だってバレちゃうじゃないか)
「この場に残る瘴気は私達が向こうに持って行きましょう。騎士の傷も、あちらでゆっくり癒す事にします」
魔王が残した残渣である赤い霧を両手でかき抱くようなしぐさをすると、それは球状に集まって収束し、私の右手の指輪に吸い込まれた。(なにを隠そう、この指輪が借り物の魔法の本体なのだ)
わぁい、魔法を操るのって楽しいなぁ。本物の巫女様みたい。
いや、巫女様ごっこがしたくてこんな事してるんじゃないんだよ? だってほら、帰るにしてもこういう細かい理由付けしないと、後の世の人から「なんでここに残ってくれなかったの?」とかツッコミが入るかもしれないじゃない? (それ以前にこの話は突っ込みどころ満載だけどな!)
「姫、騎士殿は、騎士殿は助かるのだな?」
だいじょぶだよ、タロちゃん。むしろいい加減石畳の上に倒れてる状態から解放してあげたいから、聞き分けておくれ。
「大丈夫。彼はとても強い人です。私の……自慢の騎士ですもの」
そしてタロちゃんに「立派な王におなりください」と告げて、魔王の作った空間の歪みが消えぬうちにとかなんとか理由をつけ、竜胆君と一緒にその場から消えた。
さすがにそのまま世界跳躍というのはいくらなんでも無理らしいので、私達はあらかじめ指輪に設定されていた転送先の小部屋にテレポートし、先に来ていた光山君と合流したというわけだ。
本当はそのままとっとと帰ってもよかったんだけど、やっぱりほら、穂積さんとはちゃんとお別れしといたほうがいいかなぁ、と。今度こそ今生の別れになるかもしれないんだし。
「あの子、卒業式に盛沢さんを見てから憧れちゃったみたいなのよねぇ」
「はぁ……」
「盛沢さんの髪は、光の下だと金色っぽく見える事があるでしょう? そこが、あの子には自分と同じに思えたみたいなの」
子供って不思議ね、と穂積さんはため息をついた。
確かに、こういう茶色い髪は光に透けると輪郭が金色っぽくみえることもあるからなぁ。卒業式に会った頃のタロちゃんはもっとちっちゃかったし、なんだか変な刷り込みみたいな現象が起きたのかもしれない。
「それで、帰ってきてから『二の姫と結婚するからティティは妹にする』なんて言い出しちゃって」
「あぁ、それであの娘に殴られて記憶を飛ばした事があったか」
ええええええ、ちょっとおおおおお?
「え、それって、頭にたんこぶ作って気絶してた事件の真相?」
「そうなの。本の角で思いっきり。あれはモモタロウが悪いから、見なかった事にしたの」
ティティちゃんのパパ、やっぱり濡れ衣だったんだ!
「おかげで口やかましかったあれの父親も少しおとなしくなったからな。丁度良い」
……この夫婦、怖い。
タロちゃんの悩みの根っこは、どうやらちっさいころから「殿下は唯一無二のお方です」と言われて育った事にあるらしい。期待が重過ぎるってことか。
モーリス殿下はしれっとのたまった。
「私があの年頃には、剣を振り回し、戦の真似事をして遊ぶ事しか頭になかったが」
この人、乱世に向いてるんだ、きっと。覇王向きなんだ。
「妙に卑屈なところが気になっていたのだ。一人きりの世継ぎだからと、少々周りがうるさくてな。我らより偉大な指導者になれと」
……まー、こんなインパクトの強い両親見てたら、なんか焦るよね。
「そういうところは私に似たのね。私も、あっちにいた頃はコンプレックスの塊だったもの」
え、そうだったんだ? そういやお姉さんと弟さんに比べてすごく地味、とかいうちょっと悪意めいた噂があったような気もする。そうか、そういうのが遺伝したのか。
でも絶対それだけじゃないと思うんだ。この世界の慣習に反している名前もかなりのコンプレックスなんだよ、とお説教してあげたほうがいいんだろーか。桃太郎、という名前自体は、決して悪いものじゃないんだけどなぁ。
と、人様の家庭の事情について頭を悩ませてみたのだが。
「でも、光山君と竜胆君を間違えて連れてくるなんて、本当にそそっかしい子ねぇ」
ふふふ、と笑う穂積さんの顔を見ていると、なんだかもうどうでもいいような気がしてきた。少なくともそこには確かに、息子への愛が存在するのだし。
少年は神話の裏側(それさえも捏造ではあるものの)を知り、少し大人になった。そして国を導くに足る力があると示した。英雄伝説なんて、きっとこうやって創られていくのだ。そして慣習なんてのも、流行りによって形を変えていくものなんだ。
……ということで、納得しておこう、うん。
しばらく光山君の演技力のすごさ(アレは演技って言うか、口調以外素でやってた気がする)やら、演出の凝り具合(衣装同様、使えそうな演劇用の魔法具をフォレンディアの劇団からぜ~んぶ借りてきたんだとさ)やらの話題で盛り上がったが、ひとしきり会話のネタが尽きた所で気だるい沈黙が訪れた。う~ん、これはお開きの雰囲気?
あまり話題に加わらず、静かに聞き役に徹していた竜胆君がポツリと言った。
「……元気そうだな」
穂積さんが答えた。
「幸せだから」
それで、おしまい。
家のリビングに戻ってきた時、そこには誰もいなかった。
アレぇ? 水橋さん、心配して残ってたり……しないか。光山君に任せた時点で安心しちゃったか。(そういや、結局どうやって連絡つけたんだろう?)
まぁ、あれから9時間ちょっと経つんだもんね。なんと12時だよ。実家から大学通ってるんだから、帰ってなきゃご両親が心配しちゃうよね。薄情だなんて思わないもんねっ! (でも次回の会議ではお菓子のグレード下げてやる!)
しかし真夜中の12時にお城から帰ってきたらお姫様タイム終了とか、今回は本当に御伽噺じみたトラブルだったなぁ……。