六月の脇役 その十三
「あなたはあの時、二の姫によって力のほとんどを封じられたはず!」
「永き眠りについたはずのそなたが、なぜ再び姿を現したのだ!」
魔王の暴露話に、穂積夫婦が大声で(←ポイント)驚きの声を上げる。
……わざとらしいと思うんだけどなぁ。テレビその他のメディアが普及していないこの世界は娯楽に飢えているので、むしろこの方がウケるということらしいけど。やりすぎはよくないと思うんだ。
「ふ、我は倒されたわけではない。月の騎士より奪った力がこの身に馴染むまで、時を待っていただけの事……」
ギャラリーが、なるほど、と言いたげに頷いている。
中にはこんな危機的状況であるにもかかわらず、地面に紙を広げて熱心にメモを取っている人までいる。あ、あの人、面会時間にものすごくしつこかった人じゃない? うわぁ、命より研究が大事なタイプなんだなぁ。
魔王と穂積夫妻のやたら解説じみた問答の最中、突如「魔王、覚悟しろっ!」という声が響き、剣を振り上げたタロちゃんが突撃してきた。
……うん、怖いのはわかるし、気持ちを奮い立たせようと声をだしちゃう気持ちもわかるんだけど、こういう千載一遇の奇襲のチャンスを自らふいにせんでも。それとも、やっぱり不意打ちは騎士道精神に反するとか、そういう理由か?
とにかく、タロちゃんは竜胆君から習った型もなにもかも関係なく、ただ突っ込んできた。そして、声を聴いても振り向こうとさえしない光山君に剣(もちろん、フィフィーさんによって刃を落としたものにすり替わっている)を振り下ろす。
……むしろ、声もなくそっとやってきて、おしゃべりに酔っているところを後ろからぐさっとやってくれたなら、「油断していたか」とかなんとか間抜けな言いわけしながら魔王様が倒されて終了ルート、という選択肢もあったものを。
ち、やっぱり物語はプランAの1か。どこまでも読み通りに動くお子様めっ。王道の王子様めっ!
タロちゃんが思い切って振り下ろした剣は、魔王に届くことなく弾かれた。
キィン、と音がして、一瞬だけ空間の一部が赤く光る。魔王様の防御壁ってところか。いちいち赤く光らせるあたり、光山君は本当に凝り性だと思う。
「うっ」
衝撃でタロちゃんが剣を取り落した。体調が万全でない上に、力いっぱい振り下ろしたものが思わぬところで阻まれて手が痺れたのだろう。可哀想に。
「無駄だ。ただの武器で我を倒すことなどできるはずがない」
はい、ギャラリーのみなさん、ヒントですよ~? ただの武器じゃなければ魔王は倒せるというヒントですよ~! 謎を解いて魔王退治にご協力くださ~い!
「月の騎士が倒れ、姫の力ももはや通じぬ。あきらめることだ。おとなしく引けば、そなたの治世くらいは見逃してやろう」
魔王様は「さぁ、姫。立つのだ」と言って私の腕を引いた。
「嫌です、あなたとは行けません!」
倒れている騎士の手を握っていやいやと首を振る非力な姫君。無情にも連れ去ろうとする魔王。
……なんだか、古い時代劇で借金のかたにさらわれる町娘の気分。「娘はもらってくぞ!」「いやぁ、おとっつぁん!」「ごほごほ、娘はっ、娘だけは勘弁してくだせぇ」みたいな~。
「く、このぉ! 姫を放せっ」
タロちゃんがべちべちと、魔王の防御壁をこぶしで叩く。本人は大真面目なんだろうけど、一時期流行ったパントマイムっぽく見えてなんとも……。
魔王様が二の姫に気を取られている(演技をしている)間に、ギャラリーの推理も順調に展開しているようだ。よしよし、歴史オタクやら神学者やらを混ぜておいて正解だった。
あちらは「普通の剣では通じない」→「では陛下の『月神の剣』なら?」→「もはや月の力だけでは通用しないでしょう(これは穂積さんのセリフ)」→「じゃーモーリス殿下の祝福もくっつければいい!」的な流れになっている予定で、フィフィーさんの仕草で話がどのくらい進んだのかがわかる仕組みだ。
彼女が両手を胸の前で組み合わせているということは、最終段階まで誘導完了しているってことだよね? そろそろこの茶番終わるよね? いい加減、引き延ばし工作が苦しくなってきたので早くしてください。本当ならこの魔王様、姫の意見なんて聞かずにこの場から掻っ攫って行きそうなタイプなんだからさぁ。
「モモタロウ! この剣を使いなさい!」
「月と太陽、双方の祝福を受けた剣だ! そなたならば力を引き出せるはずだ!」
穂積夫婦が「月神の剣」を結界の中に投げ入れた。
あれって、神話では月神様から与えられた不思議な剣ってことになっているけど、実は神殿に奉納されてたのを持ってきただけらしいよ。本当は、装飾が凝っているだけの普通の剣なのだそうな。
そんな「なんちゃって神剣」だけど、これも光山君の特殊効果のおかげで、今は黒と金、両方の光を螺旋状にまとってすごいことになっている。
投げ入れられた剣は不思議な力(もちろん、誘導の魔法)に導かれてタロちゃんが差し出した手の中にすっぽりと収まった。
「我らの力を受け継いだ、そなただけが真の力を扱えるのだ!」
「あなたは私達の自慢の息子よ! がんばって!」
「はい、父上、母上!」
タロちゃんが両手で構える。「あの力はっ!」なんて言いながら魔王がひるむ。
あぁ、なんという予定調和。だめだ~、笑っちゃダメだ、堪えろ私。
腹筋に力を入れて、必死で堪える私。ぷるぷる震えるのが竜胆君にも伝わったのだろうか。ぎゅっと手を握り返して、小さな声で「大丈夫だ。もうすぐ終わる」と励ましてくれた。
いやいや、生戦闘に怯えてるとか、緊張してるとかじゃないんだよ? ただ、お約束過ぎて地球ではもう通じなそうなこの展開を大真面目な顔でやっている自分達が滑稽に思えてきちゃってですね。……いろいろ期待はずれで、ゴメン。
「魔王、今度こそ、覚悟っ!」
どう考えたって間合いの外だろうと思われる位置で、タロちゃんが剣を振り下ろした。あー、今度はなんだか、剣道の素振りみたいだ。きっと正しい型を思い出したのだろう。
剣の先から二色の光が渦巻き、奔流となって魔王に降り注ぐ。
「まさか……、こんなことが……」
やられ役の定番みたいなセリフを最後に、紅蓮の魔王は赤い霧となって霧散した。
ふ、他愛ない。(一度言ってみたかったんだよねぇ、これ)
かくして、月と太陽の祝福を受けた剣の力により、世界を滅ぼそうと目論む魔王は退治され、その剣の唯一の使い手であるモモタロウ殿下は伝説の勇者となったのでした。めでたしめでたし。