六月の脇役 その十二
先に踏み出したのは光山君だった。
レイピアって、確か突く事に特化してるんだよね? 刃を落としているとはいえ、あんな尖ったもので突かれたら怪我しちゃうと思うんだ。そうじゃなくても先端恐怖症の人なら見ただけで失神するレベルだよ。慎重に、くれぐれも取り扱いには気をつけてほしいものです。
彼はにこやかに笑い、相手をからかうように剣先を揺らし、惑わせようとする。本人は片手で軽々と振り回してるけど、あれ、結構重かった。細く見えるのに、男の子というのはたいしたものだ。
対する竜胆君はサーベル(と、言い切ろう。うん、あれはサーベルだ)を両手で構えて受け流す。
あ~、フェンシング対剣道って感じ? やりにくそう。
比較対象ができたおかげでやっと、竜胆君の剣道の腕はなるほど大したものなのだろう、とわかった。タロちゃん相手じゃ本気出してなかったというか、教えることに比重を置いてたのね。
だって今回は全然違う。足の運び方、剣を振るときのキレのよさ。背筋はぴんと張っていて、絶対に相手から視線を逸らさない。視線だけで切れそうだ。これが気迫ってやつなのだろうか。
お嬢さんたちがきゃーきゃー騒ぐわけだ。さすが武士。(いや違った、正義のヒーローだった)
光山君の剣を流して払い、竜胆君が低い姿勢から凪ぐ。それをかわす。う、うわぁい、こわいよぅ。
竜胆君のほうも刃は落としてあるはずだけど、あんな重そうなもので脇腹殴られた日には悶絶する。絶対痛い。キュピルの激突を思い出して、私は思わずお腹をおさえた。
うぅ、見ていられない。ただでさえ金属がぶつかったりこすれたりする音なんて、聞いてて気持ちいいものじゃないのに、そんな物騒なもの振り回しているのがよりによって友人二名だなんて。
早く終わってほしいと思うのが当然じゃないか。
「ぅ……」
タロちゃんが意識を取り戻したのをこれ幸いと、私は二人から意識を逸らした。
「大丈夫ですか、殿下」
「クミ姫……。一体、何が」
「紅蓮の魔王が現れたのです。私を、攫いに」
客観的に聞くとなんという自意識過剰なセリフか。いや、そういうシナリオだし、公衆の面前で私に向かってそう言ったんだけど。でも、うん、ヒロインみたいで照れちゃう。(きゃっ)
「20年前は騎士が辛くも退け、そのまま常世に逃げることができましたが……。今度はそうも行かないようです。殿下、ご両親のところにお逃げください。今なら、まだ……」
かっしゃああああん
ガラスが割れる音ともまた違う、金属が地を跳ねて転がる音。結界の外でもギャラリーが息を呑む気配がした。
展開はわかっていたはずなのに、私もビックリして二人に視線を戻すと、光山君が右手を押さえて後ずさり竜胆君がサーベルを構えなおすところだった。
……右手、本当に痛いのかなぁ? 剣を絡めて弾き飛ばすって段取りだったけど。よく考えてみればそんなことしたら手首ひねりそうなものだし。
「さすがだな、月の騎士。しかし、これは……」
竜胆君が更に追撃するのを、光山君が後ろに跳んで避ける。そして。
魔王が、左手から光を放った。光はまっすぐ騎士に襲い掛かり、吹き飛ばす。吹き飛ばされた(フリだよねぇ?)騎士の身体から赤いものが飛び散る。
い、インクだよね? インクなんだよね、ペイントの魔法って言ったよねぇ?
「避けられまい?」
竜胆君はうまく後ろに跳んで、転がった。インク(うん、絶対インク)が地面に広がる。いったいどんだけの量を飛ばしたんだ!
光山君はにぃっと満足げに嗤って、わざとらしく「せめて騎士らしく、剣で止めを刺してやろう」なんて言いながら弾き飛ばされた自分の剣を拾いに向かった。
その隙に、私はタロちゃんにもう一度「早く逃げて!」と言ってから、竜胆君に駆け寄る。あ、シナリオ通りだからね? まさかこの状況で本当にパパとママのところに逃げたりはすまいよ。
えーと、それで次は、斬られて倒れた騎士に駆け寄り、青ざめて震えながら泣く姫君の演技……って、難易度高いよ。さすがに涙は出ないよ!
とりあえず膝をついて、口元を覆って「あぁ、なんてこと!」と嘆いてみる。
そこへ魔王様が戻ってきて、優しく私に言った。
「さぁ、姫。見ているがいい。愛しの騎士の最期を……」
彼はくっと私の顎に指を掛けて、無理やり視線を合わせさせた。あ、あれ、こんなのシナリオにあったっけ? アドリブだね? 演技! 演技だけど、こわいっ!
「それとも、命乞いをするか? 妻の頼みならば、聞かぬでもないが」
そしてぐっと顔を近づけてきた。んぎゃあああ、近い、近いいいぃ!
これはあれだ、去年の8月みたいにまた「ちぅ」が待っているんじゃないかと思うほどの近さだ。や~め~て~!
演技抜きのパニックに陥りかけて半泣きになった私の視界の端に、タロちゃんがよろよろと立ち上がって剣を抜く姿がうつった。よしきたちびっこ! やれ、やってしまえ! その剣でこのセクハラ魔王をやっつけてしまえ!
「さぁ、どうする?」
ノリノリの魔王様は止まらない。あれー、計算上、タロちゃん間に合わなくにゃい? あれぇ?
「……やめろ」
魂が抜けかけた私の足元で、竜胆君が腕を動かし、光山君の足を掴んだ。ないすふぉーろー! 腕だけとか、いかにも瀕死の騎士が最後の力で姫君を守ろうとしてる感じで良いよね!
……あー、もしかしてこれも打ち合わせてあったのか?
「ふ……。やはり、先にそなたを片付けておくか」
大げさに、ゆっくりと、魔王が剣を騎士の喉下に突きつけた。あ、予定のシナリオに戻った。そうか、タロちゃんの復活が予定より遅くて引き伸ばしたのか。心臓に悪いな!
「せいぜいあの世で見ているがいい。これより我は、姫を手に入れる」
悪役の美学というのは、やはりこの無駄に長い口上にあると思うのだ。優位に立ったとたんにどうしてもペラペラとしゃべらずにはいられない。
自分が何故こんなことをしたのか、これから自分が何をするのか。
そんなわけで、悪役は解説者に向いている。
「そして、姫が封じている災いを解き放ち、この地上の生きとし生ける者を根絶やしにするのだ!」
つまり、二の姫は実は世界の災いを封じている存在でぇ、悪者に奪われると悪用されちゃうんです~、という設定なんだけど、この口上でお分かりいただけただろうか。
ちらり、と結界の外に目をやると、皆さん驚いたお顔で私を見つめていた。うわ、あんまり見ないで。