六月の脇役 その十一
「でも、魔法で吹き飛ばすなんて危険じゃ……?」
「もちろん、威力は無いに等しいよ。……竜胆君、ちょっと見てて」
光山君はすっと指で空中に線を引いた。
指先の動きを追うように赤い文字が現れて、前方に飛んでゆく。ほあ~~、特撮だぁ……。
「これ、実はペイントするための魔法なんだ。これを飛ばすから、竜胆君はタイミング合わせて後ろに吹き飛ばされたフリをしてくれるかな? 本番はもっと派手に演出するから、効果と併せれば切られたように見えると思う」
「あぁ、わかった」
そんな安請け合いして大丈夫なのだろうか。できれば練習しておいたほうがいいと思うんだけどな、殺陣シーンも含めて。
そして何より、竜胆君はうまく「やられたフリ」ができるのだろうか。あぁ、不安!
……まぁ、その辺は二人で話し合うがいいさ。時間は無限ではないし、私の睡眠時間のためにはとっとと次の話題に移らねば。夜は短し眠れよ乙女、だよ!
「で、魔王はどういう設定を背負っているんですか?」
「うん、それはモーリス殿下から候補を挙げてもらってきたから……」
モーリス殿下とな? (きょとん)
は、旦那さんか。旦那さんの名前は「モーリス」なのか。
に、似合わなぁ~い。だって同名の映画のイメージが強くて。モーリスっていうと、こう、線が細くてついでに意思も弱くて流されやすい人っていうイメージじゃない? あの方とはだいぶ違うよ。
光山君はどこからともなく紙の束を取り出した。どこにしまってたの? なんて、突っ込まないんだからね!
「民間伝承にあるメジャーな悪魔や、幽霊なんかをね。悪役をそっちにシフトさせて、月の騎士の汚名を雪ぐ方針だよ」
汚名を雪ぐったって、実際ここを見捨てた時の様子見てりゃぁ悪役扱いも無理ないと思……いや、なんでもないです、はい。命の恩人です。(ぺこぺこ)
「で、イチオシがこの『紅蓮の悪魔』ですか」
「月が黒、太陽が金。そうすると、色が映えそうなのは赤だろうって」
確かに、他の候補である「霧の怪人」やら「歌う死神」よりインパクトはあるよね。「歌う死神」ってのも、なんだか気になるけど。……なになに、誰もいないはずの森の中で歌声が聞こえてきて、それを聞いた人は死ぬ?
じゃぁ誰が存在を世に広めたんだよ! 都市伝説っていうのはほんとに、そういうところいい加減だなぁ。
紅蓮の悪魔というのは火事の象徴だそうな。
魔法もない、消防設備もろくにないこの国では、火が出たらおしまい。風向きと運次第で集落が丸々一つ焼き尽くされたりするので大事なのだ。怖いね、火事って。
そんなわけで、この悪魔は「ランプの火をつけっ放しで寝ると紅蓮の悪魔が迎えにきますよっ!」みたいな感じでかなり生活に根付いているらしい。
意外と庶民的じゃない? 完全に火の用心の標語扱いされているよ? そんな悪魔を、本物の恐怖の魔王として具現化させようってのか。
モーリス殿下曰く「なんにせよ、国をまとめるにはわかりやすい国家の敵が存在するほうがやりやすいのだ」ということらしいです。せ、政治って……。
「彼はわかりやすくてインパクトの強い悪役を御所望だよ」
それから、台詞回しは大げさで構わないって。と、光山君は付け足した。
……つまりは見世物になれってことね。
後ろ暗い会議をすること三日。
その間も、日中の竜胆君はタロちゃんのお稽古。そして私は社交に精を出し、20年前(になるらしい。私にとっては10ヶ月前なんだけどなぁ)に何があったのかを適当に匂わすような工作をしてまわった。
そして今、幕が上がったのだ。準備期間三日のお芝居なので、とにかくインパクトだけで観衆の度肝を抜き、何がなんだかわからないうちに撤収ということになっている……んだけど、うまくいくかなぁ。
光山君の衣装は黒い裏地の赤いマント。他は暗めの赤で統一されている。仮面は顔の上半分を覆うタイプで、たぶんヴェネチアンマスクってやつに近いと思う。
このイカれた衣装一式は、わざわざフォレンディアの王宮お抱えの劇団から借りてきたそうで、姫君三人によるコーディネートだ。
あぁ、きゃぁきゃぁとはしゃぎながら選んでいる様子が目に浮かぶ。きっとこっちにも来たがっただろうなぁ、っていうか、来てないよね? (どきどき)
また卒業式のときみたいにスタンディングオベーションなんてやらかそうものならぶち壊しになっちゃうから、あちらでおとなしくしてくれてますように。
「姫……。20年前は逃したが、今度はそうは行かぬぞ」
光山君改め紅蓮の悪魔が、一歩、また一歩とこちらへ踏み出すたびに、赤い半透明の空気の波がきらきらと揺れ広がって、それに触れたものがばたばたと倒れだす。
モーリス殿下が大声で「いかん、皆、下がれ! あの瘴気を吸ってはならぬ!」と叫んで、いかにも「今はこれが精一杯」的な顔で結界を張った。
半球型の結界は私と竜胆君、光山君、そしてタロちゃんと、あとは護衛の人の一部だけを外から隔離する。これで余計なところからの余計な手出しはできなくなるというわけだ。
穂積さんは倒れた人の治癒(まぁ、寝てるだけなんだけどね)をしながら、タロちゃんを時折心配そうに見つめる。演技細かっ!
私と竜胆君にはあらかじめ魔法効果を無効にする術とやらが掛けてあって、赤い空気を吸っても眠くはならない。しかし護衛の皆様はくたりと倒れ付し、タロちゃんもふらりとよろけて膝をついた。
よしよし、ご両親の言うとおり魔法耐性が未熟で助かった。プランBへの変更はナシ、と。
私は彼の身体を支えながら、なるべく気丈そうに見える顔を作って魔王を見返した。がんばれ私、女は生まれた時から女優なのよ!
「『紅蓮の君、私は申し上げたはずです。あなたと共に行く事はできません。この世界を滅ぼそうというあなたの手を取ることなどありえません』」
魔王というのはとりあえず世界を滅ぼす存在だよね。その裏にはきっと魔王なりの理由があるんだろうけど。
その辺を想像するのは後の世の人のお仕事ということで、割愛。
「ではどうする。太陽の結界を解けばこの場の者は死に絶える。しかし結界を解かねば逃げられぬぞ? 頼みの騎士は……あの時の傷が、まだうずくのではないか?」
魔王がすらりと細身の剣を抜いた。あー、レイピアちょー似合う……じゃない、演技に集中!
竜胆君がやはり剣を抜いて私達を庇うように前に立った。
私はタロちゃんの身体をぎゅ~っと抱きしめて、あらかじめ光山君から「預かっていた」魔法を起動させる。おー、光った光った。私とタロちゃんが光り始めた。
これで、光山君と竜胆君が戦っている間に時間を掛けてタロちゃんを回復させるらしい。
……今度は、斬り合いを生で見られちゃうんだなぁ。(フクザツ)