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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
高校生編
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7月の脇役そのいち

 7月。うん、憂鬱ですよ? 先月に引き続きジメっとしてるうえに、暑いから。しかもほら、期末テストがあるし。蚊も鬱陶しいし。


 特に我が家の庭は、やたら植物が植えられているせいか虫や鳥がすごい。外から眺める分には美しい庭かもしれないが、手入れをする方は大変だ。

 こんな日差しの強い季節に庭仕事なんて、私にはできない。無論、母にも無理なので、人にお願いして定期的に手入れに来てもらっている。


 学年始めに張り切って教室に花を持っていってしまったので、それからもずーっとその習慣が続いている。頻度は低くなったけど。

 先月からかなり気になるあの3人組も相変わらず我が家の庭に興味津々のようだ。あの、鞄の中の謎の生物(決め付け)に関係があるのだろうか?


 私もあれから良く考えてみた。新渡戸と桂木(腹が立ったので心の中ではもう呼び捨て)への呪いのバリエーションを一通り考えているときに、ふと思いついたというのが本当のところだが。(ねちっこいですよ?)


 キーワードは「女の子」「鞄の中に謎のイキモノ」である。この場合人数はあんまり関係ないと思われる。人語を解す謎のイキモノを連れた女の子といえば、思い当たるジャンルがある。それは……魔女っ娘モノだ!

 私も幼稚園の頃は夢中になってテレビにかじりついていたものだ。


 普通の女の子が魔法の国からやってきたふわふわした生き物に頼まれごとをして(大抵は探し物)、とにかくそのお願いをかなえるために魔法の力をもらう。

 その力で変身したりして、身近なお悩み事なんかを解決していくのだ。

 あぁ、懐かしいなぁ。いいなぁ。コンパクトとかペンダントとかステッキとかバトンとか、私もおもちゃをいくつか持っていた。


 お話の途中で一回、我侭のために魔法の力を使ったりして、罰として力を失うんだけど、改心してバージョンアップしちゃったりするのだ。

 だから魔法のグッズは1作品につき複数発売されるのだ。今思えば大人(おもちゃ会社)の都合だね! 女の子の夢台無し!

 夢の無い話は置いといて、魔法少女かぁ、それはいいなぁ……。あぁ、でも、私脇役だからな。自分で魔法使えるわけじゃないもんね。ちぇっ。


 展開した切っ掛けは、私が薔薇を持って教室に入った事だった。

 連日早めに教室に来て、私を待ち構えている(被害妄想)出席番号8番、瀬名 くるみさん、21番、氷見 良子さん、32番、由良 明子さんが、いつものように鞄を覗き込んでなにやら話していた。


 当然、見ない振りをして、というか全く不自然さを感じていないような振りをして、「おはよう」と声をかけ、横を通り過ぎようとした私の鳩尾に、緑色の何かがめり込んだ。


 それはもう、すごい威力であった。思わず「ぐふっ……!」とか声出ちゃったよ。女の子の声じゃないよ。時代劇で袈裟懸けに斬られた浪人みたいな声だよ。

 うずくまって咳き込んでいると、あの3人ではない声が聞こえた。

「女王様の匂いがするきゅぴー」

 声だけなら、鼻が詰まりっぱなしみたいなしゃべり方をする女の子のようだったが、「きゅぴ」って。なんだ、きゅぴって。

 いや、それより私今ものすごく苦しんでるんだけど。心配してよ、気遣ってよ。


「ちょっとキュピル、なんてことするのよ! 大丈夫? 盛沢さん」

 一番しっかりしていそうだ、と前々から感じていた由良さんが、真っ先に私の状態に気付いてくれた。信じてたよ。で、キュピルってなに。キュピルだから語尾がきゅぴなの?それとも語尾がきゅぴだからキュピルなの?って、あぁ、どうでもいい、苦しい。


「女王様の匂いきゅぴ! この花から、今までで一番強い匂いがするきゅぴ!」

 おそらく加害者と思われる声が、私のことなど全く眼中にないと言わんばかりのセリフを吐いた。よーし、いい度胸だ。そこへなおれ。(なんて言えない言えない)


 やっと呼吸が整ってきたので、私はそっと顔を上げた。異世界の勇者様も変身するヒーローも、浮かぶ毛玉も見慣れた私に怖いものなど無い、と言いたいところだがそろそろ「最悪と思われる事態は更に悪化する可能性がある」と学習したので(主に5人戦隊の悲惨さを間近で観察していたおかげ)あくまでそっと、だ。

 予想通りの魔法少女モノだったとして、最近の過激なブームにのっとり、殴り合い、殺し合いをしないとも限らないではないか。


「もー、キュピルったら。学校で鞄から出ちゃだめでしょー? 戻って戻って」

瀬名さんが鞄に収納したもの、それは……。

「キャベツ?」

「キャベツじゃないきゅぴ!春の妖精きゅぴ!」

 春の妖精さんはキャベツであった。


 うわぁ、なんて期待はずれな……。せめてモフっとした小動物で行こうよ。猫とか犬とかウサギとかリスとかハムスターとかさぁ。まぁ、緑色をしていた時点で、アレ? っとおもったけどさぁ……。

「盛沢さん。あとで説明するから、とりあえず、えーっと、保健室いこっか?」

 氷見さんの申し出は大変ありがたいが、保健室で一体何と言ったらいいのか皆目見当が付かない。


 朝っぱらから、学校で、鳩尾にキャベツを喰らいました、とか?意味がわからない!むしろ朝食べたキャベツに中りました、の方がまだマシな言い訳だ。でもキャベツで食中毒とか、あんまり聞いたことないな。

 結局、保健室には行かずに昼休みまで過ごした。


 放課後、屋上にて。「あのね、ちょっと信じられないお話なんだけど……」と瀬名さんが始めた話を要約するとこんな感じだ。


 春休み、中学から仲の良かった瀬名さん、氷見さん、由良さんの3人は、一面に広がる菜の花畑で有名な観光地に旅行に行った。もちろん、菜の花畑を見るのが目的だったので、存分に楽しんでいると、何故かキャベツが転がっていた。

 不思議に思って氷見さんが持ち上げてみると、そのキャベツには胴体が付いていて、顔らしきものも付いていた。


 キャベツは、キュピルと名乗り、自分は春の妖精で、今年生まれるはずの女王を探しに来たという。女王の種が、悪い妖精によって人間界に流されてしまったからである。

 女王の種は、どこかの花の中に潜み、迎えを待っている。だが人間界に不慣れな自分では、どこをどう探したら良いのかさえ分からなくて、行き倒れていた。ここでこうして逢えたのも女王のお導きかもしれない。どうか協力して欲しい。

 そうして3人は、悪い妖精と戦いながら女王様を探すため、妖精界の宝玉を授かり、女王親衛隊となって春から頑張っていた、と。


 なんて……突っ込み所の多い話だろう。なんで女王の種とやらが盗まれるような杜撰な管理をされていたのか。なんで女王の種を探すのにキャベツ一つだけが派遣されたのか。

 更に指摘させてもらうと、旅行先で見つけて連れ帰ってきたというなら、キャベツの着地地点に何ら意味はなかったということか?

 女王がどの辺にいるのか見当さえつけずに適当な場所に降り立ち、そこには未練もないとばかりにこっちに移動してきたのか? いや、女王様のお導きですね、きっと。ハイハイ。

 お話の都合上、どうも私の家の庭があやしいんでしょうよ。


 どうりで、「お庭みてみたいなー」としつこかったわけだ。4月からずーっと目をつけてたのね。早く言えばいいのに。4月の初めの頃だったらちょっと受け入れにくかったかもしれないけれど、下旬にはもう、光って宙に浮く男子高校生さえ許容したんだから。


 ちなみに悪い妖精は、人々の心の隙間に忍び込んで犯罪などを誘発するらしい。

 地味に嫌だ。我が家に女王様がいるのなら、それを嗅ぎつけた悪い妖精(言うたびに半笑いになる)が、ご近所に増殖するかもしれない。それは困る。


 一刻も早く女王様を連れ帰っていただきたい、と真剣にキャベツに訴え、そのまま3人を我が家に連れて帰ることにした。

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