六月の脇役 その十
ごぉ~~ん、ごぉ~~ん……
低い鐘の音が辺りに響き、重い音を伴って城門が開いてゆく。
道を挟んで左右にずらりと並んだ兵士達が、波が引くように順番に片膝をついてゆく。
その間を、艶やかな黒髪の女性が通る。女性の髪は一度高く結い上げているにも関わらず腰よりも伸び、彼女の歩みに従ってゆったりとうねる。着ている黒いドレスよりもなお黒く、それは吸い込まれそうな闇色だ。
女性をエスコートするのは大柄な男性。その白皙の美貌は眼光鋭く、見るものを否応なく従わせる武器にもなるだろう。オレンジ掛かった金の服にさらりと掛かる金の髪。それは太陽のフレアが踊るさまにも似ている。
二人はゆっくりと、城へ続く道を進む。
……と、ゆー、穂積夫妻のご帰還風景を、お城の真正面でにこやかに微笑んでお迎えしているわけですが!
なんか、うん。良い言い方をすれば厳粛なんだけど、はっきり言って辛気臭い。
ふつー国王陛下ご帰還とかいうシーンではファンファーレじゃないの? 悪いけど葬列みたいだよ、左右の皆さんも近衛兵の正装だとかで半分は紺だしさ。反対側のオレンジさえもくすんで見えるよ。
私の右隣には竜胆君。そして二人の間、ちょっと前方にタロちゃん。
タロちゃんは両親の帰還がうれしくてにこにこしているのに、竜胆君は硬直している。これはご夫妻の迫力に緊張しているためというよりは、見栄えのために久々の超ハイヒールを履いている私を支えているのが原因だろう。女の子に免疫なさそうだからな。
私は、というと、別な意味で緊張していた。帰還を知らせる鐘の音は、つまり「計画」の開始の合図と同義であって……、あぁ、もうどうにでもなれ!
穂積さんご夫妻が、丁度三分の二を通り過ぎたあたりで歩みを止める。穂積さんを庇うように、旦那さんが一歩踏み出し、やや大げさに彼女を後ろへ押しやった。
その更に数歩先に、唐突に炎が現れる。そこで初めて、その場が騒然となった。
炎は瞬く間に大きく円を描き、周りの兵士達を跳ね飛ばして広がり、さらに仰々しい魔方陣へと姿を変える。一度ぼぅっと白い燐光を放ったかとおもうと、五紡星の形をした光の柱がまっすぐ天に伸びた。
ひぃぃぃ、なにあれ、CG?
柱の中を、ゆっくりと舞い降りてくる仮面の男。真紅のマントを翻し、彼はゆったりと着地した。そしてこちらに振り返って手を差し出し、口元を歪めて嗤った。
「我が姫よ。迎えに来た」
魔王様、ノリノリです。(ウンザリ)
タロちゃんプロデュース計画……。それは、タロちゃんが心酔している月の騎士にさえ倒せなかった敵を、タロちゃん自身に倒させちゃうプロジェクトである。ほら、あれだ、「師匠のカタキだっ、思い知れっ」ってやつだ。
ついでに月の騎士と二の姫のお話を、修正する計画でもある。
キャスティングは主演、タロちゃん。守られるだけのお姫様、私。師匠、竜胆君。そして悪役の魔王様を光山君が引き受けた。穂積夫妻はあくまでも見届け役。
つまり、竜胆君が光山君に倒されて、光山君をタロちゃんが倒す。物語としてはありがちで単純明快なんだけど、それゆえに細かい矛盾点をどう取り繕ってゆくかが問題だった。
手紙を寄越した翌日、計画の詳細を練るために穂積夫婦のもとからこっそり城へやってきた光山君を交え、三人の秘密の会議が始まった。(なんで私達がこんな裏方仕事せにゃならんのだ、メインキャストなのに!)
とはいえ、お芝居の台本作りだと思えばわりと楽しいかもしれない。去年の文化祭は受付しかしなかったしね……。
私は「は~い」と手を挙げた。学級会のノリで。
「とりあえず、みんなの前で派手にやらかすなら、何故穂積さん達が手を出さないのか。この矛盾の解決からなんとかするべきだとおもいま~す」
これに関しては光山君がアッサリ答えを出した。
「そりゃぁ、国民を守るために結界を張らないと。魔王の放つ瘴気を封じ込めるのに精一杯なんだよ、きっと」
瘴気放つ気なんか、アンタ。
私がぎょっとした目で見たのに気付いたのか、彼は「もちろん、実際はただ眠くなるだけの空気だよ。それに色をつけるだけ」と補足した。あ~、どっちにしろその空気に触れたらパタパタ倒れていく、ということね。
つまりかぐや姫のアレですな。
「魔王より弱いの?」
「まぁ、二人は神様の御遣いであって、神様じゃないしね」
ふ~ん。まぁいいや、じゃぁ次。
「それじゃ、タロちゃんにやられちゃうのはどうして?」
「う~ん、月の騎士を倒して、油断してたから?」
「そのへん、なんとかわかるようにアピールしないとねぇ。でないと、今度は陛下のご威光というものに関わってきちゃうしねぇ」
う~むむむむむ。
「……俺は、具体的にどうやって倒されたらいいんだ?」
おぉ、竜胆君が珍しく積極的だ。やっぱり、懐かれたらタロちゃんがかわいくなったのかな? やられ役だけど、せめてカッコよく倒れたほうがいいよね?
「実際、剣ではオレより強いだろうし、切り結んで負けそうになったオレが竜胆君を魔法で吹き飛ばす、っていうのでどうだろう?」
「うわ、魔王様セコっ」
「魔王だしねぇ」
光山君はにこっと笑った。
「オレには騎士よりこっちのほうがあってると思うんだよね」
さすが、自分をよ~くご理解なさっているようで。