六月の脇役 その九
今日のお茶は、香りに甘さがない。おそらく竜胆君にもあわせたセレクトだろう。ダージリンのファーストフラッシュにも似た風味で……。
「騎士殿と話しているうちに、気がついたのだ。母上が常世のことを私に聞かせてくれたのは……」
あー、こっちのパンはなんかこう、私が求めているものとは違うんだけどなぁ。たまにはいいんだけど、今私は猛烈にクロワッサンが食べたい。
「……騎士殿は、私にそれを教えたかったのだろう?」
もぐもぐ、ごくん。
あ、おわった?
長いんだよ、タロちゃんの一人語り。いや、質問したのは私だけどさ、次はもうちょっと手短にお願いしたい。要点をまとめてから。
この子ったら語りながらぐるぐるうだうだ迷って、一つの内容を終えるのにものすごい時間をかけるんだもの。あれだ、政治家とかに向いてると思う。でも、帝王向きではないなぁ。将来が心配だ。
ちらり、と竜胆君を見ると、彼はいつも通り黙りこくって、一見神妙そうな顔でお茶を見つめていた。
きらきらと、「正解にたどり着いたぼくを褒めて」なお目々のタロちゃん、非常に残念だけど、あれはね、彼のニュートラルモードというか、省エネ状態なんだよ。電源オフではなくてスリープというか。要は、聞いてないんだよ、何にも。
夏休みに課題図書の感想文を書くにあたり、本を読んでいる時間はなさそうだったので仕方なく私が要点をかいつまんで解説した時。その時もあんな感じだった。
そして「という感じのお話なんだけど、なんとか書けそう?」と聞いたら、彼はしばらくあのままで5分くらい固まっていた挙句……。
「すまない、ぼうっとしていた」
ほらみろ。
「……むぅ。またそうやってはぐらかすのだな」
違うって。買いかぶり過ぎだって。
まぁ確かに、あんな難しそうな顔で、いかにも深い事考えていそうなポーズで、まさか本当にぼーっとしてるなんてちょっと信じ難いからなぁ。そうでなくとも、仮にも「殿下」のお話を全く無視して聞いていないなんて、タロちゃんにはありえない現実だもんね。
そうか、タロちゃんはここ数日いつも竜胆君相手にこんな禅問答紛いなことをしていたわけだ。そりゃぁ、悟りも開けそうだよ。角も取れるわ。
「巫女姫、騎士殿はほんとうにすごい人だな!」
「……うふふ」
なんと答えたらいいのかわからなくて、とりあえず笑っておいた。そこへ、ノックの音。おや、タロちゃんのお勉強の時間かな?
「ご歓談中失礼いたします。……フィフィーナ様が戻られました」
な、なんですとぉ!
「フィフィーナが?」
タロちゃんがパッと顔を上げて弾んだ声を出した。
フィフィーちゃんが戻った、ということは月の騎士がニセモノだとバレるってことなんだよなぁ。決闘の話はお流れになってくれそうな気配だけど……。
あれ、でもフィフィーちゃんは穂積さん夫婦とどっかに行ってたんじゃなかったっけ?
「父上と母上は?」
「フィフィーナ様だけ、急ぎ戻られたようです。巫女姫様にご挨拶したいと」
そうか、そうだよね。わざわざ視察切り上げたりしないよね。いや、でも、うぅ、会いたいような会うのが怖いような。(どきどき)
タロちゃんが許可を出し、扉が開かれる。
「失礼致します。……あぁ、巫女姫様!」
たっ、と音をたてて駆け寄ってくる、真珠色の髪の……、あれ?
「お久しゅう御座います、巫女姫様」
あれぇ?
「フィフィーちゃん……?」
「はい、お懐かしい巫女姫様」
ニッコリと笑ったフィフィーちゃんは、凛々しかった。凛々しいって言うか、あれぇ? 誰かに似てない?
長い髪を横に流して下の方を三つ編みにしていた誰かさんに。あの人は薄緑色の髪だったけど。あー、まぁ、親戚だからなぁ。でもさ。
「男の子、だったの?」
「いいえ、巫女姫様」
フィフィーちゃんはクスっと笑った。か、かぁっこいいい~~!
そうか、フィフィーちゃんは男装の麗人さんになったのか。ユーシウス殿下にそっくりだけど、かっこいいよ! ユーシウス殿下から尊大なところが抜けた感じ。
「陛下をお守りするには、この方が動きやすいので。巫女姫様はお変わりなく」
私がトキメキにきらきらしている横で、タロちゃんがぷーっと膨れて言った。
「フィフィー、騎士殿はお前が言ったような悪者ではなかったぞ! とても立派な方だった!」
はっ、デレデレしている場合じゃなかった。やばい、どうしよう。
恐る恐るフィフィーちゃんの視線をたどり、それがまっすぐ竜胆君に向けられている事を確認し、もう一度戻す。頼むから、うま~く誤魔化して!
フィフィーちゃんはなんとなく含むように頷くと、竜胆君に頭を下げた。
「お久しぶりです、騎士殿」
タロちゃんを「お勉強の時間ですよ」と追い出して、ついでに人払いもして、私と竜胆君とフィフィーちゃんは密談を始めた。
「先程は失礼致しました。はじめまして、もう一人の騎士殿。フィフィーナと申します」
フィフィーちゃん、いや、もうフィフィーちゃんって呼んじゃだめか。フィフィーナさんか。寂しいけど。
フィフィーナさんは、私に手紙を二通差し出した。
「陛下と……カイト殿からです」
「えっ」
「モモタロー殿下が月の騎士を取り違えたとなれば、国の威信に関わります。どうか陛下のご提案に乗ってはいただけませんか」
そう言うと、彼女は「また後ほどまいります」と告げて出て行った。
ご提案ってナニ、と思いながらも頷く私と竜胆君。光山君が穂積さん達と一緒にいるらしい今、他にどうしろと?
「えっと、手紙、読むね?」
まずは光山君の手紙から。
「『おどろいた?』」
驚いたよっ!
一言目から思わず握り潰しそうになり、呼吸を整えるべく一旦お茶を飲んだ。クールに、クールに行こうぜ。
「『オレのところに連絡が来たのがだいぶ遅かったから、事態はかなり進んでいるだろうと思ってとりあえず穂積さんのほうにどう納めるつもりか確認に来たんだ。王配殿下はなかなか面白い人物で、意気投合しちゃったよ。それで、一芝居打とうということになった。詳細は穂積さんの手紙にあると思うけど……、楽しみにしててね?』」
ぜんっぜん楽しめそうにない雰囲気なんだけどな! なんだよ、王配殿下と意気投合とか、どんだけ恐ろしいタッグを組むつもりなんだ、光山君! 本気で魔王になるつもりなのか光山君!
「ふ、不安だね」
「そうなのか?」
残念な事に竜胆君にはこの恐ろしさが伝わっていない模様。あー、そっか、穂積さんの旦那さんを見たことないもんね。
穂積さんの手紙を読むと、その不安は確信へと変わった。
「なにこれ、なんなのこの大人たち!」
芝居の内容は、つまり少年の成長記だ。
生まれた時から帝王になるよう定められている少年。しかし彼は生まれつき孤独を抱えていた。孤独ゆえに人に認められることを渇望した。彼は神話の中の捕われの姫君を救い、英雄になろうと決心する。
ところが、実は神話の裏には隠された真実が……!
と、いうシナリオだった。
どんな顔してこのシナリオ作ったんだろう、あの人たち。自分の息子が、よくわかんないけど孤独に悩んでるの知ってたなら相談にのってやるなりするべきじゃないの?
あんなにウザ……失礼、しつこ……でもない、ええと、ストーカー紛い、でもなくて、とにかく幼馴染がいて、そうでなくとも蝶よ花よと大事にされて、私のかわいかった(過去形)フィフィーちゃんに絵本を読んでもらうような生活してたのに孤独を抱えていた、というのは理解に苦しむけどさ。
タロちゃんたら、わずか10歳にして大変な苦悩を抱えたものだ。まぁ、地球時間で換算すれば13歳の子と同じだけ生きているのだから、頭の中身はそれなりに育っているのかもしれない。
つまり穂積さん夫妻は、国民を巻き込んで芝居を打ち、タロちゃんに自信をつけさせようと目論んでいるのだ……!