六月の脇役 その八
「あ、ほら、あちらです」
竜胆君のモテっぷりを目の当たりにした翌日。
私はお取り巻き達に(強引に)誘われて、訓練所とやらの見学に来ている。
このために早起きさせられたので、まだ頭が働かない。視界もなんとなくはっきりしない。足元もおぼつかない。ねむい。
私が見学する、というただそれだけのために、護衛用の人員配置やら、入場者のチェックなどという余計な手間まで発生させてしまったのも申し訳なくていたたまれない。ごめんなさいごめんなさい!
そしてこんな手間までかけて見に来たというのに、警備上、安全上の都合から、あまり近くには寄れないという。
……意味あるの?
「変わった構え方をなさいますのねぇ……」
この世界の剣はいわゆる曲刀に近い形をしている。
武道には詳しくないからわからないけど、普段は竹刀か木刀、もしかすると日本刀も扱ってるのかもしれないが、とにかく、剣道のお作法で戦うには、いろいろ大変なんじゃないかなぁ? アーチェリーと和弓だって、大分違うって言うし。
阻止するつもりではいるけど、もしも決闘が実現した場合大丈夫なのかしら、と余計な心配をしてじっと目を凝らしてみると、おやおや、光山君が腰に下げていたのとはなんだか違う剣ではないですか? 曲刀は曲刀だけど、あまり反っていないような。むしろサーベルっぽい形?
「あの剣は……」
「あれは王配殿下のご考案の、新しい剣でして……」
この訓練所の責任者さんが目をきらきらさせながら解説してくれたところによると、つまりあれは穂積さんの旦那さんが、元の世界から持ってきた剣をもとに作られた剣らしい。
曲刀に比べ鞘から抜きやすいので、若い世代に人気だとか。一方、保守的に曲刀を愛する人々も大勢いるので、訓練所にはどちらもそろえてあるのだそうな。
確か私のひいおじい様も、戦争の時は家宝の日本刀をサーベル仕様に誂えなおして行かれたと聞くし、きっと曲刀よりは竜胆君も馴染みやすかったんだろう。
ところで、気が付かないふりを通そうかとも思ってたんだけど、竜胆君と打ち合ってるのって、タロちゃんだよねぇ?
あれ、決闘って三日後じゃなかったっけ?
タロちゃんがぶんぶんと剣を振り回すのを、竜胆君が軽くいなす。なにやら言葉を交わして、タロちゃんが構えなおして、竜胆君が頷く。打ち合う。
……もしかして、お稽古? 剣道教えてるの? なんで?
「殿下も、騎士殿の不思議な剣術にすっかり魅せられたようでして」
「確かに、凛として流れるようですもの。常世では皆様あのような?」
「……色々と流派はわかれるようですが、一般的には」
ほぉ~、っと感心の溜め息がお嬢さん達から上がる。
しかしね、君達。私から見れば曲刀の扱いのほうが興味深いんだよ。つまり、異文化って魅力的でエキゾチックに映るんだよ。
いや、まぁ、竜胆君の身のこなしはきっと大したものなんだろうけど。運動音痴の私には、あまり判別つかんのだよ。
「殿下は母上様のお国に憧れが強くていらっしゃるのですわ。だって、お名前も常世風なのですもの」
「お父上から一文字とって子供に名前をつける、というのは素敵ですわ」
おや。モモタローというのは安直に、日本昔話からとったわけではないのか? そういやあの方はなんて名前なんだろう。い、いまさら聞けねぇ! モか。モがつくのか?
私はとりあえず曖昧に笑って、頷いた。
私の名前は祖母から一文字もらっている。祖母の名を実という。だからまぁ、その習慣も全くの嘘っぱちというわけではないけれど。異文化って、絶対歪むものなのだろうか。
「わたくしどもはむしろ恐れ多くて昔の慣習にしたがっておりますが、庶民の間では流行しているそうです」
「女の子には、陛下やクミ姫の名前をそのままつけたり、二音の名前にしたり」
「男の子には父親から一文字とって二回重ねて、そのあとにタローと。……父親を越える勇敢な人物になるように、というおまじないなのですって? 女の子を二音にするのは、どんな意味がありますの?」
しらん! とは言えない。な、何か考えなきゃ。ごまかさなきゃ。(あれ、それより二文字取ってタロー、の次の世代ってどうなるんだ?)
「私達の国では、文字がそれぞれ意味をもっているのです。マリ姫……陛下は、(たぶん)あまねく理を正しく学べるように。クミというのは、永久に実り豊かであれという祈りの意味です」
要は、食いっぱぐれたりしませんように、という、ある意味原点に戻った名前である。非常に実用的だと思う。
「まぁ、お二人ともなんて素敵なお名前でしょう」
「本当に。まさしく国を治めるのに相応しいお名前ですわ」
よかった、二音にする意味とやらからは話題がそれた。
「まぁ、月の世界は随分と風流なのですねぇ」
ちやほや、と口々に褒め称える声に、聞きなれない声が混じった。含んだような、いかにも少女漫画の悪役のような口調。
周りの女の子たちの顔に緊張が走る。自然と分かれてゆく人垣。お芝居みたいだ。
やってきたのは、オレンジの髪の……。
「ルクティティ様の姉君、ナナーリエ様です」
誰かがそっと耳打ちしてくれたけれど、それは言われるまでもなくわかった。だってそっくりだもん。一瞬本人が何かの拍子に育っちゃったのかと思ったくらい。
「ごきげんよう皆様。私達も巫女姫様とお話ししたいの。構いませんわね?」
ナナーさん(間違ってもナナちゃん呼ばわりできない。水橋さんとは大違いだ!)は、羽扇をゆったりと揺らしながら、やっぱりお取り巻きを引き連れて近付いてきた。
うわぁい、あっちはオレンジ、赤、黄色とドレスの色が華やかだよー、羨ましい。いい加減、この紺色の集団を何とかしたいなぁ。
「先日は妹がご迷惑をおかけしました。あの子、殿下の事になると見境がありませんの」
ほうっ、と吐くため息にさえ、何らかの意図を感じる。あー、こんなおねーちゃんがいたら、ティティちゃんだってキツくもなるわ。
「巫女姫方や殿下のお名前は、とても個性的だと常々感心しておりましたけれど、やはり現世で生きるこの身には理解し難くて……」
ここでナナーさん組の女の子たちが一斉にくすくす、と笑う。そうか、あの夕食の席で笑ったのはこの一派か。
「下々の者達には受けいれられたようで、ようございましたね」
う、うわぁ、毒々しい。
「けれども、わたくし心配でなりませんの。確かに月の都の風流さは素晴らしいですけれど、太陽神様のことをないがしろにする輩が、特に民草には多いように感じられますから」
まぁここ、元々月神信仰の聖地だし、大陸中央は月神信仰がメインだったんだから、どうしたってなぁ。
「ルクティティが后となればあるいは落ち着くか、とも思っておりましたが……。最近また騒がしくなっているようですね」
じろりとこちらを睨む目にナナーさんの本性を見た。怖い! ティティちゃんどころじゃない!
私も帰りたいのは山々なんだけどね。自力では無理なんですよ。
穂積さんが帰ってきたらお願いするとしても、あの異世界跳躍ってのは例の遺跡に溜まった謎のエネルギーを利用してるとかで、タロちゃんが使い切った今、また溜まるまで数年かかるとか言われちゃったしな!
頼みの綱の光山君は……いや、それ以前に水橋さんは今頃どうしてるんだろう。ふ、不安だ。
「時期が来れば、治まるべき形に落ち着くでしょう」
私だって、好き好んで年齢つりあってるカップルの邪魔なんかしたくないよ。
「そう、願っておりますわ」
ナナーさんは、また笑顔に戻って、立ち去っていった。
タロちゃんの婚約者の第一候補がナナーさんじゃなくてよかった、本当によかった、あんなんじゃ喰われちゃうよ、と思ったら、実はナナーさんもしっかり候補に入っているらしい。年齢のつりあいの都合で、第一候補じゃないだけで。
「あの方は本当に恐ろしい方ですの。巫女姫もお気をつけくださいね」
「ええ、本当に。まるで@*+#&*のような人です」
……今なんか、翻訳魔法で訳しきれない未知の単語が出てきた。浮かんだイメージは巨大な青紫色のウツボカズラに牙が生えたような何かが「きしゃあぁ」と叫んでいる図、だったんだけど、何アレ。植物? 動物?
「あの方よりは、ルクティティ様のほうがまだ……」
かわいげがある、と。
ティティちゃん、実は毎日ここに来ていて、タロちゃんの剣のお稽古を見ているんだってさ。
そういうところは健気だ、というのがお嬢さんたちの言い分だけど、一歩間違えたらストーカーじゃない?
ふと気が付けば竜胆君とタロちゃんの練習試合(?)は終わっていた。しまった、見逃した! 早起きした意味がないよ、いつもの午後のお茶会と変わらなかったよ!
これではあまりに虚しいし、タロちゃんはこの後時間が空いているというので、二人をお茶に誘うことにした。(今日の面会はキャンセルだ、キャンセル。質問攻めに疲れたから!)
と、いうわけで、軽食を兼ねたお茶会です。飲茶みたいなかんじ。
……あぁ、春巻きが食べたい。小龍包、海老団子、シュウマイ、桃饅頭、胡麻団子。か、帰りたいよぅ! と、いかん、意識が飛ぶところだった。目の前の二人に集中するんだ。
会ったばかりの頃とは、タロちゃんの纏う空気が違う。かなり穏やかになってるんじゃない? これならもしかして、決闘云々は流れるんじゃないの? よぅし、遠まわしに探りをいれてみよう。
「随分、打ち解けられたようでほっとしました」
私が社交で大忙しだった五日間に、二人になにがあったというのか。友情だか師弟愛だかに目覚めた経緯を、聞かせてもらおうじゃありませんか。