六月の脇役 その七
「クミ姫様、昨日の『月姫物語』のお芝居はいかがでして?」
「とても(思いもよらんナナメな解釈をされてて)面白かったです」
「わたくし、あの作品の劇作家と懇意にしておりますのよ。よろしければ明日、我が家で……」
「まぁ、ずるい! 明日は我が家の演奏会にいらしてくださいな」
ちやほやちやほや。
私は同じくらいの年頃のお嬢さん方に囲まれて、お茶を飲んでいる。
いわゆる「お取り巻き」というやつですよ。それぞれの思惑はともかく、見る人が見れば羨ましい状態だろう。
願わくば、みなさんの衣装の色がもうちょっとこう、色とりどりだったらなぁ。全員紺色じゃイマイチ盛り上がらない。部屋全体が暗い。怖い。パステルカラーを所望する。
このお嬢さんたちはつまり、月神信仰派の息の掛かっているお家の皆様で、タロちゃんの婚約者候補にティティちゃん(あの子ってばタロちゃんのパパの参謀だった人のお嬢さんなんだってさ!)を据えたくない、という意図の下に団結している。
とりあえず私とタロちゃんをくっつけとけ、という指示を受けているようだ。
あのさ、私もう18歳だし。タロちゃんはまだ10歳だし。私の倫理観では犯罪だから。
まぁ、ここもきっと早婚なんだろうけど、10歳児はちょっとなぁ。ロミオとジュリエットだって17歳と13歳くらいだったよね、確か。
そういえばジュリエットのお母様の「私があなたの歳には、もう母親になっていましたよ」というセリフにはドン引きしたっけ。なんてマセてたんだ、花の都ヴェローナ。
決闘カウントダウン開始より早5日。
私は思っていた以上に忙しくて、タロちゃん(の決意)をひん曲げて叩き折る時間を全くとれなかった。前回来た時は一日一回バルコニーから手を振る以外は食っちゃ寝、という生活だったのに、なんだこれ。
現在の私のスケジュールはこうだ。
朝はゆっくり起床。洗面からお着替えから何もかもを手伝ってもらって(というより、じっとしてると自動的に支度が終わっている)、ブランチ。
その後、午後のお茶の時間まで「二の月の巫女姫」に興味津々な神官やら帝国貴族やら遠路はるばるやってきた属国の王族、学者先生との面会。(質問攻め。毎回失言がないかとヒヤヒヤするよ、胃が痛いよ!)
お茶の時間は今のように貴族の奥様、お嬢様方が押し寄せて来る。
このあとは、面会が続行される事もあるし、観劇や音楽会なんかの娯楽に連れ出されることもある。今日は面会の続きだ。神学者の皆様の情熱がすごすぎてなかなか解放してもらえない。
いいじゃんか、私と騎士の関係なんかどーでも。(とは言えない)
次、夜の衣装にお着替えして月の儀式。てっきり宗教改革で省略されただろうと思っていたのにまだ残っていてびっくりした。
相変わらずものすごい量のお酒を神官が飲み干すのをぼーっと眺めるだけのこのお役目って、何か意味があるのだろうか。そして太陽の儀式ってあるんだろうか。
それから夕食。ここでやっとタロちゃんに会えるのだが、やはり二人きりにはなれないので差し障りのない話題だけで終わってしまう。
あとは、前回と一緒で、お風呂、マッサージ、夜着を着せられて就寝。
中世のヨーロッパと違って、夜は静かに過ごすのが好まれるらしい。だよね、ただでさえ夜は短いんだし、少しでも暗いうちに寝ておけって気分になるよね。
まぁとにかく、タロちゃんと二人っきりでお話して言いくるめるための時間がないというのが現状である。
夜中に訪ねていくのもなんだかなぁ、お子様は夜きちんと寝ないと背が伸びないというからなぁ。それに、夜、私が徘徊していたら護衛のみなさんにも迷惑じゃないか。世間体も悪いし。
とはいえ、このお嬢さん方とのお茶会、決してバカにはできない。噂話を集めるのがとても上手な子が何人か混じっていて、おかげでいろんな事がわかった。
まずは、タロちゃんとティティちゃんの関係。昔は兄と妹のように仲睦まじかったのに、5年前にある事件が起こって以来、ティティちゃんの態度が変わってしまったそうだ。
「あの時は、城中が大変な騒ぎでしたわ」
「ええ、本当に。兵士達が恐ろしげな顔で行ったり来たりして、生きた心地がしませんでした」
「無理もありませんわ。だって、殿下を害そうとした者を探していたのですもの」
5年前、タロちゃんが城の中庭で、とんでもないたんこぶを作って気絶していた、という事件があった。近くにいたのはティティちゃん一人で、他に目撃者はゼロ。
タロちゃんは事件前後の記憶を無くしており、ティティちゃんは頑なに口を噤み、結局何があったのかはわからず仕舞いだった。
「そのあと、ある噂がまことしやかに流れましたの。ルクティティ様が口を噤むのは、お身内を庇うためだ、と」
もともとティティちゃんのパパは、穂積さんではなく旦那さんを皇帝として即位させて、太陽信仰こそを唯一の宗教にしようと頑張っていた人なので、自分が主と仰いで付いてきた人が突如「黒い眼の魔法にやられて」(つまりこれは月の巫女姫に魅了されて、の意味だったのだな)自ら身を引いた事が気に喰わなかったらしい。一時期、謀反を警戒されるほど腹を立てていたそうだ。
……だからってタロちゃんぶんなぐって逃げるなんて、セコいマネするかぁ? 参謀なんて務め上げた人が、そんなことするわけないよね。噂ってこわいなぁ。
「以来、ルクティティ様は殿下に対して、その、不遜とも取れるような振る舞いをなさるように……」
「殿下はそれでも妹のようにかわいがっていらっしゃいますのに」
あとはティティちゃんの悪口大会。うん、不満があるのはわかるよ。生意気だしな。
でも相手は10にも満たない子供なんだからもうちょっとお手柔らかに。大目に見てやりなよ、たかがタロちゃんとのおしゃべりを邪魔されたくらい。
あの子だって必死なんだよ、きっと。
「ところでクミ姫様、騎士様は今どちらにいらっしゃいますの?」
一通り、要約すると「親父の権力嵩にきて調子に乗りやがってあの小娘、きいいぃぃ」的な話題が収束すると、また唐突に竜胆君の行方を聞かれた。
女の子の会話というのはとりとめもなくて、たまに脈絡なく飛ぶものである。
「お茶会に参加してくださったらよろしいのに。私、お話してみたいですわ」
私も、わたしも、と声が上がる。おおっと、竜胆君まさかの大人気。
しかし彼がこんなキャピキャピした空間に耐えられるとは思えない。絶対硬直する。最後まで固まったままうんともすんとも言わずに押し通すに決まってる。
そもそも、私も彼の行動は全く把握できていないんだ。いやほんと、どこでなにしてんの?
「午前中は、いつも鍛錬所でお見かけしますわね。遠目から拝見しましたけれど、剣の扱いがとても美しくていらっしゃって」
「まぁ、そうですの? 明日もいらっしゃるでしょうか……」
きゃっきゃ、と場の空気が色めく。
あのぅ、一応「月の騎士」は「二の月の巫女姫」の婚約者っていう前提があるんですけどね? 学者先生達にも、一応そういう方向で説明しちゃってるからね? でないともっとややこしくなるから。
「騎士様は、本や演劇で描かれているような方ではないようですね」
「昨日の演劇の騎士様も素敵でしたけれど、私は本物の騎士様のほうが……」
「凛としたあの黒い瞳で見つめられてみたいですわ」
本やら演劇やらに出てくる月の騎士はやたら饒舌だ。ぺらぺらと、これでもかというほど二の姫への愛の言葉をまきちらす。そして愛ゆえにコロっとダークサイドに堕ちる。
しっかりしろ、騎士の本分を思い出せ! と言ってやりたくなる。(でも騎士って恋愛モノによく出てくるからあんなもんなのだろーか)
とにかく、そんな性格に描かれているので、演劇における月の騎士の役者さんはちょっと愁いを帯びた優男である。竜胆君とはだいぶ違う。かといって光山君にも似ていない。
光山君は笑顔でごり押しするタイプで、もっと迫力があるからなぁ。
竜胆君はあまり表立ってきゃーきゃー騒がれないタイプだったから、こうして彼のモテ話を聞くのは新鮮だなぁ。
私は他人事のようにそのピンク色の空間を眺めつつ、微笑むのだ。