六月の脇役 その六
ちょっとお茶が掛かったくらいでやれ医師を呼べ、風呂の支度をしろ、お着替えを早く、と大騒ぎになって、私は話の途中でティティちゃんと引き離されてしまった。もしかするとあれは前フリで、本筋はこれからだったのかもしれないのになぁ。すっきりしない。
あの続きが、実は国家を転覆させるような陰謀についてなんかじゃないことを切に祈るよ。郷に従って月神様と太陽神様に。
とりあえず「私が手を滑らせてカップを取り落とした」と言っておいたので(どう見たって犯人はティティちゃんだけど、こういうのは形式だからね!)、こんなつまらんことで関係者に処分が下ることは多分ないだろう。ないよね?
まぁそんなわけで、お医者さんに診てもらって、お風呂で磨きなおされて、お着替えをして、今度は竜胆君と2人で読書をしている。
読書してるって言うか、うん。竜胆君の腕輪にはさすがに文字を読む機能まではついてないそうなので、私がしばらく音読して聞かせてたんだけど、本人が「俺のことは気にしなくていい」というので(飽きたんだ。絶対そうだ)お言葉に甘えてます。
どっぷり自分の世界に浸りきって読んでます。(そういや竜胆君なにしてるんだろ? 室内なのでちょーちょや白兎を追っかけてるというわけにもいかんし、座禅でも組んでるのだろーか)
だって他にやることないんだもの。ティティちゃんはたぶんおうちに帰されてお説教されてるだろうし(まさか怒られないって事はないだろうさ)、タロちゃんはお勉強の時間だし。
竜胆君を外に立たせとくわけにもいかないし、かといって二人でお散歩というのもどうかと思うし。
護衛の皆さんだって、護衛対象がお部屋の中でじっとしてるほうがやりやすいだろうし! (護衛のしやすさ、という点を常に考えてしまうあたり、私はやっぱり小市民だと思うの)
何を読んでいるのかといえば、それはもちろん「二の月の巫女姫と月の騎士」に関する諸々の物語。
「私達が常世にいる間に、こちらで起こったことを詳しく知りたいのです」とお願いしたら、ものすごい数の本を運び込まれてしまった。
これ、全部読めってか? 代表的なもの数冊でよかったのに。いくら読むのが早い私でも、一週間はかかりそうだ。
というわけで、そんな一大プロジェクトはさくっと諦めて、興味のあるところだけ流し読みすることにした。
物語の大筋はどれもいっしょで、大まかに言うと三つに分かれている。「一の月の巫女姫パート」は、月神様から地上の平定を頼まれた穂積さんが、道中出くわした赤、青、黄色の従者を連れて国を統一するべく各地の戦場を行脚するお話。(……ってことは、傭兵さんだけじゃなくて第二王子と次期神官長さんも、結局合流したんだなぁ。もしかすると側近としてまだ生きてるんじゃないか? あの人達)
そして「太陽の神子パート」では、太陽神に遣わされた旦那さんが、ものすごいカリスマ性と知略を駆使して太陽信仰の国々を纏め上げ、その時点で穂積さんと出くわしてふぉーりんらぶした事になっている。
この出会いはもともと太陽神と月神の意図する所であった、ともされているが、これはうそっぱちだ。
だって私知ってるもん。本人から聞いたもん。二人が出会ったのはむしろ戦場で、刃を交し合ううちに恋が芽生えたって。(あ、旦那の方は一目ぼれしたんだっけ?)
そのほうがよりドラマティックな気がするんだけど、あまりに血なまぐさいのと、宗教をより統一しやすくするために操作したんだな、きっと。
で、私が本当に興味があるのはもちろん「二の月の巫女姫パート」なんだけど、これがまたなんとも……。本によって解釈が違うというのが大変興味深い。
多分、本人が不在だった上に、滞在していた国は滅び、真実を知っている人々は口を閉ざしてしまったからなんだろうけど。
神学会では(そんな部門があるんだなぁ)今一番ホットな話題、らしい。穂積さん達もわざと目くらましように放っておいてるんだな。くそぅ、ダシに使われてくやちい。
ある本では「二の姫と騎士は心の底から愛し合っていて(この部分は音読を自主規制させてもらったよ)、騎士は姫の危機にやむを得ず攫って逃げた」ことになっているし、またある本では「二の姫に邪な想いを抱いた騎士が(ここも自主規制。ってゆーか、個人的に検閲削除したい)無理に攫っていった」ことになっているし、「二人はこの世界を見捨てて駆け落ちした(むしろこのほうがスッキリしていてわかりやすい)」なんてのもある。
更には、「実は月の騎士という人物は実在しなかった」説や、「二の姫は既に死亡している」説や(縁起でもない!)、「姫はどこかの貴族に攫われて閉じ込められている」説なんかもあったりして、とにかくバリエーションが豊富だった。
よく見たら「二の姫はどこに消えたのか?」みたいな謎本っぽいものまで出てるよ? なにこれ、ちょっとおもしろそう。
どれどれ、と数ページ読んで、私はぱたんと本を閉じた。
……だっれが幼女じゃっ!
なにそれ、しつれーな! いくら型紙のサイズが小さいからって、そりゃぁこの国の人々はおっきいからそう見えるかもしれないけど! 確かにティティちゃんと変わらないサイズだったけど! 日本じゃ152センチもあれば、まぁ、お世辞にも背が高いとは言えないけど、十分なサイズだもの。きいい!
しかも、この著者はこの説を証明するためにわざわざ件の「南の小国が保管するという聖遺物」、つまり私の、し、下着を調査したいと嘆願書を提出中だそうだ。一生却下され続けますように!
ってゆーか、いっそアレは自然発火でもして自己消滅すればいい。燃えろ! 燃えてしまえ! (火事にならない程度に)
「どうした?」
「……なんでもないの。疲れちゃって」
私が本を閉じた音は思いのほか大きくて(まぁ、腹を立てたからね)、存在を忘れるほど静かにしていた竜胆君を驚かせてしまったらしい。
「ごめんね。色々捻じ曲げて書いてあるから、ちょっとね」
特に、恋愛色のやたら強い物語に仕上がっている本は身もだえするほど甘ったるかったしね! 二の姫と騎士の会話とか、にゃんだそれって感じだよ。シェイクスピアのお芝居みたいだったよ。(って思ってたらどうやら劇作家さん監修の本だった)
しかし、20年足らずでよくもまぁここまで歪んだものだ。当時のことを知っている人達だってまだ生きてるのに。いや、だからこそこんなにいろんな説が流布しちゃったのだろうか。みんなが断片的に知っている事をもらすから。
「ただ『二の姫と騎士は、王様に捕らえられそうになったので異世界へ逃げていきました』とだけ書けばいいのに、どれも競って大げさな話にしてるんだもん」
竜胆君はこくり、こくりと赤ベコみたいに頷くだけなので、傍から聞いてると独り言みたいになっちゃって少し虚しい。いいけど。こうやって声に出す事で考えも整理されるし。
「月の騎士がまるっきり悪役みたいに書かれているのもあるし。……竜胆君、ほんとに気をつけてね?」
もいちどこくり。
「……お茶、入れるね」
気分転換するべく、私は立ち上がった。
「正式に決闘することになった」
お茶を入れてテーブルにつくと、いきなり切り出された。
「は?」
一瞬何のことかと呆ける。この世界に来てからこんなことばっかりだ。もしかして竜胆君の翻訳機が暴走でもしてるんじゃないの? ほんとに竜胆君こんなこと言ってるの? と現実逃避しかけている私に、彼はさらに畳みかけた。
「あいつの両親の前で、俺を倒したいらしい」
あいつというのは、きっとタロちゃんのことだよね。なに、さっきの真剣勝負の話がそんなに発展しちゃってるの? 私とティティちゃんがお話している間に? と思ったけれど、どうやらその話は昨日の夜のうちに決まっていたらしい。
んのおおおおおおおおお!
「あいつは、『この世界のために』お前が必要なんだと言った。国のため、世界のために」
……深読みすると「殿下に懐かれていい気になるんじゃないぞ。あいつはお前が好きなんじゃなくて世界のためにお前を引き止めたがっているだけなんだぞ」という意味に取ることもできなくはないけど、きっと竜胆君のことだ。裏なんてない。無いと思いたい。
国語のお勉強の時だって行間を読むことを放棄していたような竜胆君が、そんな高等技術使いこなせるはずが……! (げほごほ)
「神の遣いはこの世界に留まって使命をまっとうするべきで、お前も今度こそはここに残ってほしいそうだ。絶対に帰さないと言われた」
た、たろちゃん、なんて怖い事を!
なるほど、それで「姫をこの世界に奪われたくなかった」に繋がるのか。
「邪魔をするなら殺す、と言うんだ。あんな、子供なのに」
なんて物騒な! 現代日本でもすぐ「殺す」とか言う子っているけど、そういうのとはきっとニュアンスが違うよね? もっと重いよね? 竜胆君も気の毒に。
決闘はタロちゃんの両親の前で。つまり御前試合。ということは、期日まで9日。9日経つ前に、私はなんとかして帰る方法を探すかタロちゃんの決心を曲げるか、どちらかをしなくてはならない。
帰る方法って言っても、何の力も無い私にはどうしようもない問題なので光山君を待つとして(他力本願で何が悪い?)、タロちゃんを攻略しよう。
懐柔して、曲げよう。ぽきっと。