六月の脇役 その五
「通して! 巫女姫様にお会いしたいの!」
「なりません。どうかお戻りください」
まだ幼さの残る声だ。多分タロちゃんと同じくらいの年の子供だろう。多分だけど。
……声だけじゃ年齢って判断しにくいよね。かくいう私の声も、セールスの人から掛かってくる電話の撃退には大活躍している。
半分くらいはあちらが私を小さい子供だと勝手に判断して、「お母さんいる~?」と優しく問いかけてくれるので、なるべく舌ったらずに聞こえるように意識して「いません」と答えるだけでいい。これはこれで屈辱だったりもするんだけどね!
まぁ、そんなことは置いといて。
「通してっ! 通しなさい! 私を誰だと思っているのっ?」
「いかん、お止めしろっ!」
なんだか穏やかじゃないことになってきたなぁ。
タロちゃんと竜胆君も、さすがに不毛なにらみ合い(というか、竜胆君は見つめてるだけのつもりなんだろうけど、いかんせん視線が強いんだよね)をやめて入り口の方をうかがっている。
「……ティティ?」
タロちゃんには心当たりのある声らしい。
ティティちゃんとやらは警備の人達をかなり困らせている。(「イテッ」とか「あっ!」とか聞こえてくるということは、きっと抑える人を引っかいたり叩いたりしてるんだろうなぁ)
「止めなくて良いのですか?」
そわそわと、私と声のほうに視線を行ったり来たりさせるタロちゃんに、私は助け舟を出してあげた。自分からは言いにくかろう。
「すまない。……っおい、ティティ!」
途端に、ぱっと表情が明るくなった。今までの、年にそぐわぬ落ち着いた態度をかなぐり捨てて走ってゆく。
あぁ、無理してたんだなぁ。ぎゃぁぎゃぁと、なにやら元気に騒ぐあの姿こそが彼の本性か。安心した。
さて、今のうちに竜胆君に釘を刺しておこうか。(日本語で)
「ごめんね、思っていた以上に月の騎士は悪者扱いされてたみたい。あまり正面から受け止めずに、流しちゃってくれる?」
相手は10歳の子供なんだから。さっきみたいに勝負を受けて立つみたいなセリフは控えてね~。(って、遠まわしに言ったつもりなんだけど、通じたかしら……)
元々無口で、視線と首の動き、そして時々「あぁ」だけで意思表示するようなあなたが、なんだって頑張ろうとしちゃったのさ。
「……盛沢」
てっきり今回も「あぁ」と言って頷くだろうと思っていたのに、竜胆君は珍しく首を振った。え、ちょっと、ほんとなんでそんなキャラ変わってんの。トリップの副作用?
「あいつは、真剣なんだ。理由はよくわからないが、真剣に、俺と戦いたがっている。だから」
入り口の方の騒ぎが収まり、しんとした展示室の中に彼の声だけがやけに響いた。
「だから俺も、きちんと向き合おうと思う」
覚悟を決めた武士のような目でそんなことを言って、私に一体どう反応を返せと?
とりあえず正直に言っていい?
……扱い辛い。
ティティなんとかちゃんは、オレンジの女の子だった。オレンジの髪、オレンジの目、そしてオレンジのワンピース。(ということは、成人していない年齢だ)
つんと澄まして、挑発的な目で私を見つめている。うふふ、そんな生意気な子にはニンジン娘とあだ名つけちゃうぞ~?
そういや二つの宗教が(名目上)和解して融合した現在、服の色の決まりってどうなっているんだろう? 私と竜胆君、そしてタロちゃんは黒を着ているし、私の世話係さんや護衛の皆さんは青系統だからすっかり頭から抜け落ちてた。(多分コレは、月の巫女姫に対する配慮ってやつだ)
太陽神信仰の貴色が何色だったのかわからないけど、そっちも当然取り入れてるよねぇ? 彼女のオレンジは、もしかするとそうなのかもしれない。侵入を止める警備のみなさんの反応からして身分は高そうだし。
「ティティ。クミ姫に何か話したいんだろう?」
「はい。巫女姫様とお話がしたいのです」
「姫と二人だけで話したい、ということか?」
「殿下、それは……」
護衛のリーダーっぽい人が、言いにくそうに口を挟む。そうだよねぇ、何かあってからじゃ遅いもの。子供にも警戒してこそプロだよね。だいぶ元気なお子様のようだし。
「ティティは大丈夫だ。クミ姫、聞いてやってくれるか?」
でもタロちゃんはプロではないので、アッサリ私に判断を委ねた。なんて答えにくい二択なんだ。イエスなら危機感が足りない、ノーなら心が狭いと思われそうじゃないか!
「あら、巫女姫様が、こ~んな小さな子供と二人きりになるのが恐ろしいとおっしゃるなら、騎士様もご一緒でかまいませんわ。誓って巫女姫様に危害を加えたりはいたしません」
どっちがマシなイメージだろうか、と我ながらせこい計算をしていると、本人から譲歩案が出た。
小馬鹿にしたような態度は鼻につくが、きっと生まれた時からわがままに育てられたお嬢様なんだから仕方ない。(自己暗示)
それよりも、ボディーガードにわざわざ竜胆君を指定してきたというのはつまり、どうしても話をしたいけれど、タロちゃんやこの世界の人達には聞かれたくない、ということか。
どんな話なのか興味が沸いた。よぅし、聞いてやろーじゃないか。
「いえ、二人でお話しましょう」
咎めるような竜胆君の視線を無視して、私はあえて彼女と二人きりになることを選んだ。挑発に乗ったわけじゃないよ?
城に戻って席を用意する時間がもったいない、とティティちゃんが言うので、ここの応接室を借りることになった。
館長さん自らお茶を持ってきて注いでくれたけど、手が震えるあまりお茶は半分以上がカップの外に注がれていく。おちついて! テーブルクロスはお茶を欲しがってないですよ!
「み、み、みこ、巫女姫様におかれましては、ごき、ごきっ」
多分「ご機嫌麗しゅう」とかなんとか言いたいのだろうけれど、震えが激しすぎて噛みまくっている。
まぁ、着ていたサマードレスどころか下着まで聖遺物扱いされるレベルのありがたがられっぷりだしなぁ。きっとこの人は信心深いんだ。宗教と無縁に生きてきた私にはわからない緊張だ。
幸いな事に館長さんはほぼ意識が飛んでいて、机にお茶を注いだ事や、噛みすぎて挨拶を言い切れなかった事にさえ気が付かず、カクカクとお辞儀してさっさと出て行ってくれた。うんうん、これでまた失礼をお詫びする口上やらなにやらが始まったらいつまでたっても肝心のお話が聞けないから助かったよ。
「では、あなたのお話を聞かせて」
本当はここで一口お茶を飲みたかったんだけど、カップを持ったら手が濡れてしまいそうなので我慢。お茶菓子もなかったから(まだ早い時間だったし、急だったから仕方ないけどさー)ナプキンもないし。
ティティちゃんは、改めて「ルクティティと申します」と気取った挨拶をしてみせると、きっぱりと言った。
「早く元の世界に帰って、二度と戻ってこないでください」
この世界は現在、「一の月の巫女姫」である穂積さんを女帝に戴き、「太陽の神子様」が王配殿下兼摂政として政治を執り行っている。
建国以前から二人に付き従っていた人々が帝国貴族となり、早期に降伏した国々は属国として残された。滅ぼされた国々の王族の生き残りは、一部は帝国貴族に列せられたが、多くは抵抗勢力として野に下った。(帝国貴族と属国の王族は、身分としては同等、ということになっているが、実際は側近として重用されやすい帝国貴族のほうが格上のようだ)
ティティちゃんは、元太陽信仰派の帝国貴族の娘なのだそうな。そして、なんとタロちゃんの許婚候補とゆー。
護衛の皆さんが危険視する理由がよぉくわかった。いつ私を暗殺しようとしても不思議じゃない立場の子だった。ってゆーか、若干殺気を感じる。
「はっきり申し上げて、今度の巫女姫様のご光臨には、皆困惑しておりますの。せっかく太陽と月、バランスよくつりあっていましたのに、今更月の巫女姫がもう一人いらっしゃるなんて。このままではまた無益な争いが始まりかねない、と父も心配していました」
タロちゃんに無理やり連れてこられた、という事実は無視ですか? それとも本当に知らんのか。そして月の騎士については問題視していないのか?
私を非難するティティちゃんに容赦は無い。
「この上殿下まで黒い目の魔法にかけられてしまったら、とっても困った事になるって、父が!」
うんうん、ぱぱがね。黒い目の魔法云々ってのはよく意味がわかんないけど、ぱぱが言ったのね。
「殿下は、おばかさんなんです。いつまでたっても、あの忌々しいフィフィーナの夢物語に夢中で!」
いまいましいって言った! あ、いや、でも、フィフィちゃんの美化されたお話には私も引いたよ。なんだあの「たおやかで儚げで、鈴振るような声で話すかわいらしい人」って。そんな生き物、今時いるの? 絶滅危惧種?
その点については大いに語り合えそうだなぁ、と頷く私に気付かず、ティティちゃんは、とうとう勢い良く立ち上がった。
「この世界を見捨てて逃げた巫女姫に、片思いするなんてっ」
そして興奮のあまり、彼女はテーブルにドンっ、と両手を叩きつけた。
がっしゃーん。
ティーセットが跳ね、ついでに中身も跳ね上がる。護衛の皆さんと竜胆君が、すわ一大事と部屋に雪崩れ込んでくる中で、彼女は拳を握り締め、叫んだ。
「わたくしが、私がいるのにっ!」
…………。なんだ、また久々に、恋の鞘当にまきこまれただけか。
「とりあえず、タオルとお茶をください」
私は、もはや手や服に滴が垂れようと気にせず、冷めたお茶を飲み込んで入り口の皆様に微笑んだ。