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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
73/180

六月の脇役 その四

 この世界の基準は全て20。これは二十日に一回だけ「二の月」が昇ることに由来している。


 二十日に一回って、地球の月に比べたらなんちゅーぐうたらな衛星か。ちょっと私みたいじゃないか。(あ、今、私本当に二の月の巫女姫なのかもしれないなぁ、と頭によぎった。いや、ないない。無いから!)

 というわけで一日は二十の時間に分かれているし、一月は二十日。一年は二十ヶ月。つまり一年は400日。わかりやすい。


 最初は地球時間に換算してたから「タロちゃん、13歳にしちゃ幼いなぁ」と思っていたけれど、実際はまだ10歳なんですって。

 なるほど、やっぱり口調はともかくお子様なのだね。ちびたんなのだから、少々わがままで強引なのは仕方ないさ……。


 朝食の席に飛び込んできて、偉そうにふんぞり返って私をデートに誘ったのも、ちびっこ故の傍若無人さによるものだから仕方ない。許してやろう。


 連れて行かれたのは博物館のような施設だった。国宝を始め、貴重なものを広く民に解放する事で情操面の発育をなんたらかんたら、というタテマエで、入館料を稼いでいるらしい。

 なんでまたこんなところに連れて来ようなんて思いついたんだ、タロちゃん。


 まぁ、こういうところ好きだけど。宝石とか展示されてるのかなぁ? いわくありげな宝石とか、ぜひともあってほしい! 修学旅行のルートを決めるときにも、ホープ・ダイヤ見たさにスミソニアンの自然史博物館をゴリ押ししたくらいには、好きだ。


 竜胆君は……ダメだ、興味なさそうだ。博物館と図書館にはあまり縁のない感じの人だしなぁ。なのに付き合ってくれてありがとう。


 タロちゃんは私の手を引いて、順路などお構いなしにどこかへ誘導しようとしたが、私は遠慮なく興味を引いたものの前でいちいち立ち止まってやった。(朝から急げ急げとせきたてられて連れ出された腹いせ)


 持った者が次々と暴君と化す「呪われた女王錫」。

 永遠にお茶の時間が続く「呪われた時計」。

 うっかり齧ると背が伸びたり縮んだりする「呪われたキノコ」。


 ここは不思議の国かっ! というツッコミを一通り(心の中で)堪能した後、ようやくたどり着いたタロちゃんの目的地で、私は固まった。

「どうだ。絶対驚くと思ったのだ!」

 驚いた、というか、うん。


 その部屋は特別厳重に警備されていた。入るには更に「特別展示室入場料」が必要となるそうだ。(商売上手だなぁ)

 入って真正面に、私はとても懐かしいものを見つけた。


 黒地に白のハイビスカス。試着を除けば一回しか袖を通さなかった、私のサマードレス。それを着たマネキンが、浮いている。いや、よく見れば糸で天井から吊られているんだけど。


 入場した人たちを抱きしめようとするように両手を広げ、左足はつま先までまっすぐに伸ばし、そっと地に着く寸前といった感じだ。右足は少し折り曲げている。(あ、サンダルまで履いてる!)


 プレートには「二の月の巫女姫、御光臨の様子」と書いてある。なるほど、マネキンの背中から上に向かって伸びている銀色の糸は、翼と光を兼ねているのか……。

 私の記憶が確かならば、去年「御光臨」しちゃったときは、石の上で穂積さんと光山君の下敷きになってたんですがね? なにこの捏造。なにこの宗教画みたいなポーズ。


 マネキンにははっきりとした顔はない。鼻と、うっすら微笑んだような口があって、髪は黒い糸で作られている。ほんとなにこれ。ぜんっぜん私に似てないんですけど。

「普段はこの周りも警備の者が取り巻いている。残念ながら聖遺物を盗もうとする輩が絶えないのだ」

 聖遺物ですとおおお!


「こ、これは、私が着ていた服、ですよね?」

 たかが私のサマードレスが聖遺物とか、肩身が狭すぎる。思わず声が震えちゃったよ。

「残念ながら、その、姫のし、下着は、戦後の混乱に乗じて盗まれてしまい……、噂によると南の方の小国の神殿が保管しているそうだ。申し訳ない」


 ひぎゃああああ! セクハラだ、断固返還を要求する! 穂積さんもそこはなんとしても取り戻そうよ。でも取り戻したら焼き捨ててほしい。頼むから保管したり展示したりしないで。


 だいたい、入って真正面に私のマネキンとかおかしいでしょ。むしろここにあるべきは穂積さんの服でしょ? いや、そもそも何故こんなものが残ってるんだろう。ここって月の神殿の保守派が最後まで抵抗を続けたせいで激戦区になってたって、光山君が言ってた気がするんだけど。

 誰かがわざわざ持ち出したのかしら。


「フィフィーナが大切に持っていたそうだ。母上に付いて新しい製紙工場とやらの視察旅行に行ってしまったが、会いたがっていたぞ」

 ふぃ、ふぃふぃーちゃああああああん?


「フィフィーちゃんが? あの子、マリさんに保護されたんですね」

「フィフィーナはクミ姫より年上……、あぁそうか、姫は子供の頃のフィフィーナしか知らんのだな」

 タロちゃんは、ふむ、と頷いた。

 やめなよ、まだ子供なんだからもうちょっと子供らしく振舞おうよ。まんまお父上のコピーになってどうするの。


「フィフィーナはよくクミ姫のことを話してくれた。母上とは違い、たおやかで儚げで、鈴振るような声で話すかわいらしい人だったと」

 なんだかよくわかんないけどごめんなさいっ! 期待させてごめんなさいっ!

「私は、二の姫の話を聞きながら眠るのが好きだった」

 ……期待が重いよ。潰されそう。


「騎士殿についても、話してくれた」

 タロちゃんは、今までどう見ても無視していた竜胆君に視線をやり、きっとにらみつけた。

 いやいや、それほんとは月の騎士じゃないから。大人の事情を汲んでそういうことになってるけど、それ別人だから。


「騎士殿は、姫君を心から愛していた、と」

 や、それも誤解。フィフィーちゃんはあの頃とってもちっちゃかったから記憶が曖昧になってるんだよきっと。光山君の好意は、なんというか……そんな一途なものではなくて、もうちょっと歪んでる気がする。


 あぁぁ、もう、この心の声を全てぶちまけてやりたい!


「……けれども姫は、ときどき騎士殿を恐れているようにも見えた、とも言っていた。もしかしたら騎士殿は、姫の心変わりを恐れて攫ったのではないか?」

 どこの魔王様だ! 確かに、たまに「こわっ」と思ったりはしたけど。だって怖い夢みちゃったんだもん。

 でも、さすがにそこまで悪役にしなくても。フィフィーちゃん、けっこう光山君の事気に入ってたみたいだったのに。

 ……あー、でもそのシチュエーションもおいしいっちゃおいしいかもしれないなぁ。なにせこの場合、魔王は美形。フィクションでは結構人気のあるパターンだよね。


「姫……。本当は、騎士殿に囚われていたのではないか?」

 タロちゃんの手にぎゅっと力が入った。若干震えているのは気のせいではないと思う。そんなに怖いなら真正面からケンカ売らんでも。


 光山君ならむしろノリノリで「だとしたら、どうします?」なんて受けて立ちそうなシーンだが、竜胆君はただひたすらタロちゃんを無表情に見下ろしている。だめだー、私がなんとかしないと!


「彼女はとても小さかったので、きっと少し勘違いをしているのでしょう。彼は私を守るために、界を超えたのです。あの時は、他に手がなくて……」

 もちろん、あの時光山君が本当に手詰まりだったかどうかは私の知るところではない。(どうせ本人に問いただしても、ニッコリ笑って沈黙で答えてくれるに決まってるもの!)

「戻って来なかったのは、もうマリさん……一の姫の手に委ねるべきだと判断したからで」

「いや」


 なんとか丸め込んで、月の騎士の疑惑をグレーのままお茶を濁そうと必死な私を遮って、黙りこくっていた竜胆君が首をふった。


「盛さ……ひ、姫を、この世界に奪われたくなかったから、だ」

 そしてタロちゃんの神経を逆なでするような事言った! ちょっとちょっと、今はあなたお得意のだんまりをぜひとも貫いててほしかったんだけどなー? 空気読め!

 あと、せっかくなので噛まずに言ってほしかった、です。


「奪われるだと? 無礼な、そなたこそ……!」

「だから、必ず連れて帰る」

 ちょっとー!

 このままだと昨日の「どちらが巫女姫に相応しいか勝負だ」が実現しちゃうんですけど! 控えて。お願いだから控えて! このお年頃のお子様は、一回ムキになっちゃうと頑固で大変なんだからお取り扱いは慎重に頼むよ。


 ますます面倒にこじれてゆく関係を何とかしなきゃ、とため息をついた私の耳に、次の瞬間女の子の声が飛び込んできた。


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