六月の脇役 その三
竜胆君の言葉に、私は「目をぱちくり」というのを素でやらかした。
オレハ、オマエヲマモレバイインダナ?
数秒反芻してその言葉の意味をやっと頭が理解する。と同時に、体温が急上昇した。
ひぃぃぃ、なんとゆー殺し文句を! やばい、今ので私の乙女心メーターの針は振り切れた! いやあああ、久々にベッドでゴロゴロのたうちたい! 思う存分枕をぺしぺししたい!
いやいや、しかしだね、落ち着きたまえ。今の会話からどうして「俺がお前を守る」云々になったの? むしろ色々気をつけなきゃいけないのは悪者の月の騎士認定されてる竜胆君本人なのに。
まさか「騎士→守る!」的に直結したんじゃあるまいね? (だって竜胆君ってたまに極端なんだもん)
「ま、まもる、って?」
「あの光山が、盛沢を連れて逃げるような事情があったんだろう?」
竜胆君からも「あの」呼ばわりされてるんだ、光山君……、というのは置いといて、なるほど、そういう思考過程がちゃんとあったのね。(ほっ)
あながち間違っちゃいないんだけど、あの時逃げ出したのは、潮時だったから、というのが真相だと私は思うんだ。
今は宗教の対立はなくなったはずだからそういう危険性はないはずだ。(表向きは)
でも、未だに裏では対立が続いているかもしれないし、そうでなくとも「現在のバランスを崩しかねないので、月の巫女は二人いてはいけない」なんて考える輩も出てくるかもしれないからなぁ。うわー、そう考えると私も危ないような気がしてきた!
「そうね、前回ほど危険じゃないとは思うけど、一応用心したほうがいいかも」
……あぁ、穂積さん、ほんとにちょっとでいいから直接話し合いたかったですよ!
竜胆君の言葉に赤くなったり青くなったりしていると、またもやお世話係の皆様がやってきて、私は久々にこちらの服に着替えさせられた。
わぁい、サイズがピッタリ! まさか私用の型紙が残ってたりする?
まぁ、あれだ。少なくとも今飲んでいた紅茶には何も混ざっていなかったし、そこまで悲観することはないよね。うん、ないない。だいじょーぶ、今夜の宴でいきなり毒殺なんて、きっとない。
怖くない、怖くない、と自己暗示をかけながら部屋から出ると、さっそくつけられた護衛のみなさんに混じって立っていた竜胆君が、私の姿を見て顔を赤らめた。
あー、私にしてはそうとう露出高い服ですからね。純情さんめっ。
涼しい顔で「似合ってるね」なんて言った光山君とはどこまでも反応が違うから、なんだか新鮮だなぁ。
……だめだ、からかいたい。さっきから、隙あらば竜胆君をからかいたい欲求がわいてくる。恋? いいえ、これは竜胆君の反応がかわいいのが悪い! 私の心のイケナイ部分を呼び覚ましてしまったのが悪い!
私は巫女姫モードの笑顔を浮かべて、竜胆君に右手を差し出した。
「エスコートしてくださる? 私の騎士様」
本来の私にはできない。でも、去年の二週間で私は女優になったのだ。巫女姫になりきってしまえばこんなのよゆーよ!
竜胆君はうろたえ、更に顔を赤らめて私を凝視していたが(まぁ、これはさっきのお返しのようなものだから許してね)とうとう覚悟を決め、手を取った。
あ、握るんじゃなくて、私の手をあなたの掌の上にのせる感じで引いていってください。
ぎくしゃく動く竜胆君(関節に油を差してあげたくなった)のエスコートでやっとこさ到着した宴の間には、相も変わらずとんでもなくカラフルな髪色のみなさんが勢ぞろいしていた。
……女帝陛下はご不在で、きっと旦那様も一緒に留守にしているはずだよね。この人達ってどういう基準で集められたんだろう?
「巫女姫」
殿下が立ち上がって隣の椅子をひいてくれたので、私達は内心の動揺はともかく、迷わずに自分の席までたどり着いた。昨年同様、私が座るまで全員立ちっぱなしなのは大変なプレッシャーなんですけど。怖いんですけど。そんなにみつめないで。
私が着席し、竜胆君が殿下の反対側の私の隣に移動すると、みなさんも腰を下ろした。これでやっと分析ができるってものだ。
ざっと見渡したところ、みなさん若い。20歳まで行ってないような見た目だ。殿下のご学友とか、そんな感じ? 男女取り混ぜて座っていて、まるで合コンのようだ。行った事ないけど!
うにゃうにゃと考えている私の目の前に杯が置かれた。そして、懐かしい香り。あの食前酒だ。
初めはクセが強くて、むせずに飲み込むのが精一杯だったけど、慣れるとこれはこれで……。(もごもご)
殿下が杯を持ち上げ(まだちびっこのくせになぁ)乾杯の音頭を取り、皆が一斉に飲み干すとお食事が運ばれてきた。そういや竜胆君は大丈夫だったのかな、とちらりと見てみると、彼はいつもどおりの無表情。わ、わからん……。
同席しているのが同年代のおかげか、それぞれが好きに会話をしている。これならあまり緊張せずに食べられるな。まぁ、きっとみなさまご身分が高くてお育ちもいいんでしょうけど。
「巫女姫……、いや、クミ姫。先程は失礼した」
食事が進み、空気がだいぶ砕けてきたなぁ、そろそろデザートのために調整に入ろうかなぁ、という頃になって、殿下が私に言った。
途端に、ぴたりと周りの会話がやむ。いやー、注目しないで! ほっといて!
「しかし、この期を逃せば次はまたいつ常世に渡れるかわからなかったのだ。許してくれ」
常世。なるほど、時間の流れが違いすぎて、こっちの人にとっては地球って時が止まってるように感じられるのかもなぁ。
でも私、不老不死じゃないんで。かなりか弱いので間違っても危ない事に巻き込まないでね?
「そういえばまだ名乗ってもいなかった。私の名は……」
殿下はそこで、一度口を閉じた。まるで名を口にするのを憚るように。もしかして尊い御名なのでやっぱり教えられないとか?
私が「ん?」と首を傾けると、テーブルの、遠くの方の席から、なぜかくすくすと笑う声が聞こえた。なんだあれ、感じわるっ。
「私の名は、モモタロー、だ」
ももたろうとなっ? 桃太郎。そういや絵本の穂積さんパートは、かなり桃太郎だった。犬、猿、雉が赤、青、黄色の筋肉達磨に置き換えられてただけで。……好きなのかな?
「それはまた、随分男らしいお名前ですね」
男らしいっていうか、漢らしい。潔い。縁起もいい。ちょっと古風ではあるけれど。金髪美少年にはちょっと違和感があるのは否めないけれど。
「本当かっ?」
殿下改めモモタロー君は、俯き気味だった顔をぱっと上げた。
「本当に、男らしい名だと思うか?」
「私の国では、おそらくもっとも有名な英雄のお名前ですよ」
民俗学専攻じゃないからわからんけど、日本昔話の中で言ったら三本の指に入るくらいメジャーだと思うんだ。
「そうか、母上のおっしゃる通りなのだな……」
モモタロ君は(どんどん省略しちゃうぞ!)うれしそうに笑った。
「皆、私の名を女のようだと言うのだが……、それを聞いて安心した。礼を言う、クミ姫」
桃太郎が女性の名前って、どういう感覚? と突っ込みそうになったが、思い出した。この世界って、女性名は同じ音を二回つなげる風習があるんだった。モ・モ、という部分が女性名っぽいってことか。
「この上なく男らしい名前だと思います」
タロちゃん(これでいこう!)があんまり嬉しそうに笑うので、私は念をおすように繰り返した。あの端っこで笑った意地悪な子に言い聞かせるように。
しかし、穂積さんよぅ、あんまりだぜ。そりゃ、故郷を思い出せる名前をっていう気持ちはわかるけど、少しは現在地の風習とか考えてあげようよ。
可哀想に、絶対陰口たたかれて傷ついてるよ、息子さん。
帰ってきたら一言文句言ってやろう、と思う。(でも旦那さんが隣にいたら怖くて言えないなぁ)
翌日。名前の件ですっかり私に懐いたらしいタロちゃんが、朝っぱらからやってきた。
「クミ姫、でかけよう!」
お子様は元気ですなぁ……。
早起きな竜胆君(剣道の早朝稽古してりゃ、そうなるよね)に合わせて予定外の時間に起こされた私は、ぼーっとした頭でパン(というかナンに似てる食べ物)を齧りつつ、頷いた。
*この小説は、未成年の飲酒を推奨するものではりません。